第461話 松井さんとおつかい

 まさか今日も屋外からお送りする事になろうとは。

 生徒会室に久しく行っていない気がするのは気のせいか。

 うちは生徒会を売りにしているのではなかったか。


 何を言っているのかって? おう。本当だ。


 何を言っているんだろうね、俺は。売りって何だ。教えてよ、ヘイ、ゴッド。



「すみません。私のおつかいだったのに、桐島先輩と鬼瓦くん、お二人にお付き合いさせてしまって」

 眼前には松井さん。またの名をみのりん。


「いやいや。平気だよ。俺、今日は仕事の戦力になれねぇ日だったから」

 後ろをついて歩くのが俺。


「ゔぁい!」

 そして殿しんがりを務める鬼神。



 参ったよね。

 女子部から同時に2件も部室の不備を訴える陳情が来るんだもの。


 もちろん、俺はすぐに現場に向かおうとしたさ。

 そしたらね、うちの女子たちが言うの。


「みゃーっ……。コウちゃん、女子の部室がどうなってるか知らないでしょ?」

「そうです! 先輩は入っちゃダメなところなんですよ!」


 それでも食い下がる俺。

 だって、女子だけに仕事をさせるのは気が引けたから。


「コウちゃん? 女子の部室ってね、普通に制服とか、下着とか、あるんだよ?」

「もしかして公平先輩、そういうの覗きたいタイプの人ですか!?」

「みゃーっ……。いっつもわたしの部屋に来て、興奮してたんだね、コウちゃん」

「あたしは、うん! 頑張って耐えますから! 先輩の趣味がアレだったとしても!!」


 これ以上の討論は、てめぇの首を絞めるだけだとハッキリ理解した。

 そして、しょんぼりしていたところに、髪を揃えて美人に磨きがかかった氷野さんがやって来て、言うのである。


「悪いんだけど、手の空いてる人っているかしら? 出来れば力がある方が希望」


 スッと手を挙げたのが俺。

 そして、鬼瓦くん。


「じゃあ、鬼瓦武三。うちの松井の付き添い頼める? 生徒会長選挙で使う投票用紙を受け取って来て欲しいのよ」

「氷野さん……。俺ぁ、ここでもいらない子扱いなんな? 悲しいのん」


「なんか知らないけど、その不愉快なモノマネ、ヤメてくれる? なんかキモい」


「帰るのん……」


「あー! 分かったわよ! あんたは番犬って事で着いてって良いから! だからそのモノマネをヤメなさい! ほら、さっさと行く!」


 こうして仕事を得た俺たちなのであった。回想終わり。



「しかし、桐島先輩。投票用紙、とは? 普通にコピー用紙なりを切って整えたら良いのではありませんか?」

 相変わらず、鬼の目の付け所はシャープ

 鬼神きっちり。


「選挙管理委員に推薦された優秀な時期風紀委員長候補のみのりん、教えてあげて?」

「も、もう! ヤメてくださいよ!」


 ——ぺしっ。


 俺は今すぐゴリさんに告げたい。

 女子が照れ隠しに男子を叩くヤツ、あれは大変良いもので、俺も大好きなんだけども、その威力についてたった今みのりんが最適解を出した。


 この、軽く肩に触れる、柔らかなインパクト。

 これがね、男子が萌えるシチュエーションなの。


 間違っても、——ゴッ!!! とか言う音はしちゃダメなの。


「桐島先輩? もしかして、痛かったですか?」

「ううん。みのりんのちょうど良いペシンに思いを馳せてた」

「は、はあ。まあ、先輩が満足そうなので、それで良いってことですね」


 最近みのりんの俺のあしらい方、氷野さんに似て来た件。


 前はもっと、俺に過保護であってくれたはずなのに、いつからそんなにドライになってしまったのか。

 俺は悲しい。


「あの、それで、理由をお聞きしても良いのでしょうか? もしかして、門外不出の理由があって、知ったものは始末されるのですか?」

「うん。それは君んちの暗殺拳の話だな」


「えっとですね、前はコピー用紙で投票していたんですけど、不正があったらしいんです。生徒会長って権限が強いじゃないですか、うちの学園」


 よし、この辺りでセリフを引き取ったら、デキる男っぽいぞ。


「ですから」

「だからな。あ、ごめんなさい。みのりん続けて」



 本日の俺の出番、今終わったよ、多分。



「ですから、専門の印刷業者さんに、名刺の2倍サイズの投票用紙を発注しているんです。それを受け取りに行くのですが、重たいので……」


「そこで俺たちの出番って訳だ! なあ、鬼瓦くん!」

「ゔぁあぁぁぁぁぁっ! 僕は先輩に嘘をつきたくない! でも、嘘つかないと先輩が傷ついてしまう!! ゔぁあぁあぁぁぁぁっ!!!」


 鬼瓦くん、俺によく聞こえる声で二律背反にりつはいはんについて苦しむ。


「おう。気にすんな、鬼瓦くん。俺だって身分をわきまえているよ」

「あ、いえ。桐島先輩にもちゃんとお役目、ありますよ?」

「えっ、マジで!? 要所でリアクション取ったりツッコミしたりじゃなくて!?」


「ありますよー。先輩は、第三者の見届け人役です」


「そ、そうか!」


 ちょっとみのりんが何言ってんのか分からなかったけど、とりあえず頷いた。

 すると彼女は、全てを察した顔になり、ひとりごとを言う。


「選挙管理委員の人間のみでも不正は行われる可能性がありますし、鬼瓦くんは次期生徒会役員候補なので同様。つまり、桐島先輩がいて、はじめて公正な状態が保たれるんですから。ちゃんと目を光らせていてください!」


 まさか、この俺にそんな秘められた任務があったとは。


「しかし、松井さん。俺だって当代の副会長だぜ? 鬼瓦くんは直属の後輩な訳だし、結託して不正するかもしれんよ?」

「ふふ、するんですか?」


「いや、しねぇけども」


「それを学園の全生徒が理解しているから、大丈夫です。見届け人の欄に桐島先輩の名前を書いたの、氷野先輩ですし。先輩、自分のお名前、忘れてません?」

「ゔぁあぁあぁぁぁっ! 公平でず!! 全てにおいて公平な、公平でず!!」


 絶叫される俺の名前。


「そう言う訳ですので、各々がちゃんと役割を果たしましょう。さあ、着きましたよ。地図だと、ここの印刷所の出張所さんで受け取るみたいです」


 よく来る駅前だが、こんな店もあったのか。

 花梨と行ったラーメン屋もそうだが、意外と知らない場所ってあるものだなぁ。



「どうも、こんにちはー。花祭学園の者ですが、今、よろしいでしょうかー?」


 年長者として、俺がご挨拶。


「ああ、はい。花祭学園さんね、承っていますよ。用紙、500枚ね」

「ありがとうございます。お会計は滞りないでしょうか?」

「おたくの学園長からちゃんと振り込まれているよ。あの人は期日守らない代わりに、やたらと色を付けてくれるからねぇ。邪険にできないのさ」


 店番しているおばちゃんの言葉から学園長の処世術を垣間見た。

 金にものを言わせていたのか、あのチョビ髭。

 とりあえず、いい年したおっさんは期日守りなさいよ。


「桐島先輩、用紙の確認終わりました。バッチリです」

「それじゃあ、お忙しいところお邪魔しました。来年もよろしくお願いいたします」

「あいよ。気を付けて帰るんだよ」

「うっす。失礼します」


 投票用紙500枚、無事ゲット。

 鬼瓦くんが「トレーニングにちょうど良いです」と言いながら、親指と人差し指だけで掴んで運搬している。


 時期生徒会長選挙は、一年生、二年生の在校生400人で行われる。

 そして、何かトラブルがあった時の予備が100枚。

 色々いい加減な癖に、リスクマネージメントだけは優秀なチョビ髭。



 帰り道も談笑しながら。

 まったく、今日は楽な仕事だった。


「でも、寂しくなりますね。私、会長と言えば神野先輩で、副会長と言えば桐島先輩以外考えられないですから」

「おう。嬉しい事言ってくれるなぁ」


「ぎりじばぜんばい、留年しましょう!!!」

「鬼瓦くんはむちゃくちゃ言うなぁ。気持ちは嬉しいが、俺は後進に譲る準備、できてるよ」


 かつて、土井先輩が俺にそうしてくれたように。


「俺だって、毬萌だって、氷野さんだって、やっぱり寂しいなって思うところはあるんだよ。だけど、引き継いでくれる人に期待もしてるんだ。俺たちは三年生として、そいつらの世話になるんだからな。結構ワクワクもしている」


 少し早口になってしまった。

 いかん、いかん。先輩としての威厳と余裕を見せなければ。



「だから二人とも、来年度のことはまかちぇたじぇ!」



「…………」

「…………」

「…………大事なとこで噛んだ俺が悪いから、気を遣って黙らんでくれ。軽く死にたくなってくるから」



 もう約1か月後には、生徒会長選挙が行われるのである。


 毎日を大切に生きようと静かに誓う俺なのだった。

 あと、家に帰ったら発声練習しよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る