第459話 花梨とラーメン

 今日は平日なのに生徒会活動はお休み。

 それどころか、学園の授業も午前中で終了。


 なんでも、水道管のメンテナンスとやらで、業者さんが入って大規模な点検とか修繕なんかをするらしい。

 そのため、学園内の全域で断水するのだ。


 断水と言う名のボーナスタイムをゲットした俺は、例によってコタツでぬくぬく。

 昼ご飯はカップラーメンでも食べよう、そんな事よりプライムビデオで何見よう。

 ごちうさを見直すか、約束のネバーランドの二期も手を付けていないし、いっその事、ドラマに食指を伸ばして孤独のグルメと言うのもある。


 なんと悩ましい。

 そんな俺の思考を邪魔するように、玄関の呼び鈴が鳴った。


 なんだろうか、新聞の勧誘だろうか。

 母さんはパート、父さんは競艇に行っているため、家には俺ひとり。

 無視すると言う手もあるが、宅配便だったりすると、あとで母さんに何を言われるか分かったものじゃない。


 渋々コタツから抜け出して、玄関に向かう俺。

 ああ、寒い。

 新聞の勧誘だったらすぐにドア閉めてやる。


「へーい。どちらさまでー」

「せーんぱい! 来ちゃいました!!」


 白い息を吐きながら、笑顔の後輩がそこには居た。

 何はともあれ、俺は思った。



 無視しないで良かった!!



「おう。寒かったろ? まあ、お入りなさいよ」

「はい! お邪魔しちゃいます! あ、これ、パパが持って行けってうるさくてー」


 うわぁ、メロンだぁ!


「ごめんな、重たかっただろ?」

「あ、いえいえ、そこまで車で来ましたので! 全然へっちゃらです!」

「……毎回思うんだけど、よくあのリムジンでうちの前のほっそい路地を走れるよな? 運転手さんは特殊な訓練でも受けてんのかな?」


「んー。あたしは運転できないので分からないですー。ちなみに田中さんが運転してくれましたよ!」

「おう。そうか。何となく、謎が解けた気がするよ。さあ、狭くてきたねぇ我が家へようこそ。コタツついてるから、入ったら良いぞ」


 すると花梨は子供のようにはしゃいで、コタツにご入来。


「わぁー! あたし、コタツって大好きかもです!」

「おう。俺も大好きだ。すごいよな、これ発明した人って」

「先輩、先輩! せーんぱい!」

「どうした?」


「コタツとあたしだったら、どっちが好きですか?」

「………………花梨かな」


「なんだか間があったのが気になりますが、まあ良しとしておきましょう!」


 そう言った花梨のお腹がうにゅーっと可愛く鳴った。

 どうやらお嬢様は空腹のご様子。


「なんか食べるか?」

「も、もぉー! こーゆうのは、聞かなかったふりをして下さい! 先輩のバカぁー!」

「おう。俺は何も聞いてない。ちょっと待っててな」


 台所に降り立つも、俺の昼飯用に買って来たカップヌードルシーフードが1つあるだけで、パンもなければ炊飯器に飯すらなかった。

 カップヌードルを2人で分けるか? と一瞬愚考するも、本当に愚考であり、愚行でもある。


 花梨ママにこの話が伝わったらどうなるのか。

 あのロシア軍人みたいなパパ上を尻に敷くゴッドマザー。

 考えただけでも恐ろしい。


「すまん、花梨。食い物がない! 外になんか食いに行こうか? せっかく来てくれてすぐにってのも慌ただしくて申し訳ないんだが」

「行きます、行きます! 先輩とお昼ご飯デートですね!? ぜひ行きたいです!」


 こっそりと財布の中身を確認。

 千円札が4枚ある。


 フレンチのコース料理が良いとか言われたら、無言でATMへダッシュだな。


 とりあえず、上着を羽織って俺たちは家を出た。



「さて、駅前まで出て来たのは良いが、花梨、何食べたい?」


 フレンチは嫌だ。フレンチは嫌だ。フレンチは嫌だ。フレンチは嫌だ。


「実はですね、1度入ってみたいお店があったんです! でも、ひとりだと勇気が出なくて……。公平先輩となら安心して入れるんですけどー」


 な、なんだ!?

 焼肉か!? それとも回らないお寿司か!?

 ひとりで入る事の出来ないお店ってなんだ!?


 ヤダ、どの想定でもATMダッシュだよ!?


「あの、ラーメン屋さんに行ってみたいです!」

「いや、すまん、そこは俺には早すぎ……る? おう。ラーメン屋って、例えばあそこにあるちょっと寂れた感じの、あのラーメン屋かな?」


「はい! まさにあんなお店です! 風情があると言うか、風格があると言うか! いつも興味はあるんですけど、入れずにスルーしちゃうんですよぉー!!」


 風情と言うか、建物が古いだけではないだろうか。

 穴の開いたひさしは雨が降っても機能しそうにないし、小汚い暖簾のれんは「これは昭和の頃に作られたものですね」と鑑定士をうならせるだろう。


「あそこで良いの? すげぇ名前だぞ。ラーメンこんちくしょうって」


 よく自分の城である店に『こんちくしょう』とか名付けたな!

 店主は名前を決める時に酩酊めいていしていたのかな?


「はい! 先輩がよろしければ、ぜひぜひ! 実はお腹も空いちゃってます! えへへ」

「そうか。まあ、昼時だから、よその店行っても待たされるだろうしなぁ。んじゃ、入ってみるか」


 一応駅前に店を構えるくらいなのだから、それなりの店なんだ。

 そうに違いない。


「こんにちはー」

「……らっしゃい」


 店の中には、お客が1人だけ。

 そのお客も今まさにお会計を済ませようとしている。


 昼の1時過ぎにこの客の数。なるほどなぁ。

 駅前に店を構えたんじゃなくて、店の前が駅前になったパターンだな!


「先輩、何にします? と言うか、何を頼んだらいいですか? あたし初心者なので、先輩と同じものにします!」

「お、おう。そうね……」


 俺だってこの店での正解は分からないよ?

 しかし、さっきから花梨の腹がみゅーみゅー鳴いている。

 猶予はないのだ。


「あ、あの、こんちくしょうラーメン、2つお願いします」


 なんて名前のラーメンだ。

 でも、店名が入っているし、値段も比較的高いし、これが正解のはず。


「……あいよ。チャーシュー麵ね」



 こんちくしょうラーメンじゃねぇのかよ! ちくしょう!!



「……へい。お待ち。熱いから気を付けな」

 そして2分くらいで出て来るラーメン。


 もしかして、作り置きしてましたかと聞きたくなるようなタイムである。

 決して「バリカタで!」とは頼んでいない。


「花梨、あんまり期待しねぇで食べような?」

「美味しそうですよ! いただきます! ふー、ふー」


 髪を耳にかけてラーメンをふーふーする美少女は大変よろしい。


「んー! 公平先輩!」

「なんだ!? どうした!? 店主の指でも入ってたか!?」


「すっごく美味しいですよ! 先輩も食べてみて下さい!!」

「えっ、マジで? ……うわぁ。うめぇ。チャーシューが肉厚なのにしつこくない!」


 塩味のチャーシュー麵だが、スープにはコクがあり、シンプルなネギと煮卵のトッピング、そして主役のチャーシューが5枚。

 実にハイクオリティな味が構築されていた。


 全然関係ない話だが、トッピングにメンマがなかったのを確認した時に、不思議と父さんの顔が頭に浮かんだ……。


「おいおい、花梨。そんなに急いで食わんでも」

「え、でも、ラーメン屋では早く食べないと罰せられるってネットで」


「それは多分、一部のお店だけだと思うよ!」


 すると店主のおじさんが動く。

 しまった、うるさくし過ぎたか。ギルティなのですか。


「……ゆっくり食べな。……これ、余ってたからサービスだ」


 まさかの餃子のサービス。

 店主、やる気がないのかとばかり思っていたのだが、考えが浅いのは俺だった。



 ここは頑固おやじの経営するラーメン屋である!!



 店構えや宣伝に一切の気を遣わす、ただ美味いラーメンを作る事だけに特化した、レア中のレアなラーメン屋!

 まさか、宇凪市にもあったなんて。


「はぁー。美味しかったですー! すみません、先輩、お待たせしちゃいました!」

「いや、構わんぞ。気に入ったみたいだな、ラーメン屋」

「はい! 先輩にワガママ言ったかいがありました! えへへ、また連れてきてくださいね! せーんぱい!!」

「おう。お安い御用だよ。大将、お勘定をお願いします」


 こんちくしょうラーメンは、800円。

 俺は千円札を二枚取り出して、カウンターに置いた。


 すると、一枚突っ返してくる店主のおじさん。


「……千円で良いよ」

「え、でも」


「……釣り切らしてんだよ。……遠慮するくらいなら、また来な」



 お、おやっさん……! 次はミシュランの人連れてきます。



「とっても良いお店でしたねー!!」

「おう。マジでな。また行こう」

「はい! 約束ですね!」



 俺の街の駅前には、店主は不愛想だけど最高のラーメン屋がある。


 長く住んでいても、知らないことは多いものだなぁと思う俺であった。

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