第458話 毬萌とイヤホン
「コウちゃん、来たよーっ!!」
「おう。まあ入りなさいよ」
久しぶりのパターンである。
が、別に言っていないだけで、このパターンは頻発している。
そんな事もう知ってるから言わなくて良い?
さすが、俺に付き合ってくれてもう長いもんね、ヘイ、ゴッド。
「コウちゃん、お菓子持って来たー!」
「おう、マジか。珍しいな、毬萌が持参するなんて」
俺の部屋の一角にはカラーボックスがあり、その棚の上2つは毬萌のお菓子収納所となっている。
追い出された俺の持ち物はその隣の段ボール箱にぶち込まれている。
まったく酷いことをする。
「チョコフォンデュの残りなのっ! ポテトチップスと、マシュマロと、ポテトチップスと、マシュマロ!」
「またカロリーの高いもんばっかり……」
「わたし食べても太らないから平気だもーん!」
「マジでそれ、花梨の前でだけは言うなよ!?」
「むしろ、食べた分だけおっぱいが大きくなる事が分かったから、いっぱい食べるのだっ! コウちゃんもおっきいおっぱいの方が好きだもんねっ!」
「す、好きじゃないし……」
「コウちゃん、ダウトー! 嘘つくとすぐ視線が下を向くのだっ!」
断っておくが、俺は本当に、ゴッドに誓って、胸部の大きさで優劣をつけたりするようないやらしい男ではない。
デカかろうが、小さかろうが、それは全て個性である。
えっ? 無乳の場合はどうなのかって?
ちょっと待ってね。考える……。
まったく無いのはちょっとなぁ! ははは!
遠くの方で、
「コウちゃん、コウちゃん。これの続きはー?」
毬萌は現在、ベッドに寝っ転がって俺の漫画コレクションを読んでいる。
ポテトチップス食いながら。
ヤメろよ、お前。油のシミがつくじゃんよ。
「それは本棚の奥にあるな。最近本棚が狭くなって来て、仕方なく重ねて並べてんだ」
「エッチな本、捨てたら良いのにー」
「本棚にゃ入れてねぇよ!」
「にははっ、そう言えばクローゼットの中だったー!」
そうとも、俺の宝物はクローゼットの一番上の棚の
隠すのはもう諦めた。
だって、みんながこぞって宝探ししてくるんだもん。
ただし、毬萌の身長だとクローゼットの一番上の棚までは手が届かない。
さらに念のため奥の奥まで突っ込んであるから、俺も手が届かない。
何と言う完璧な布陣。
バレてるから意味がない?
違うね。バレていても、手に取られなければ意味はあるのだ。
さて、毬萌が魔法陣グルグルに夢中なので、俺も自分の時間を過ごそうと思う。
実は、ヨルシカのEPを入手したのだ。
そしてスマホに全曲同期済み。
まったく、スマホってヤツは便利でとってもステキ。
ステキを通り越していっそセクシーである。
「コウちゃーん。マシュマロ食べるー?」
「ん? おう。じゃあもらうわ。ありがとよ」
ちなみに、毬萌の読書の邪魔にならないように、俺はイヤホンを装着している。
なにゆえてめぇの部屋で毬萌に配慮せにゃならんのかは、もうこの際置いておこうと思う。
考えたって答えなんて出て来ないのだから。
「コウちゃん、コウちゃん!」
「なんだよ。うるせぇな」
「わたしがお部屋に来てるのに、音楽ばっかり聴くのはひどいと思うっ!」
「漫画ばっかり読んでたお前がそれを言うのか!? グルグルどうした!?」
「もうハッピーエンドだよー! ラストバトルのニケくんがカッコ良かったのだ! 涙で水の剣を作るって言う発想がグッとくるよねーっ!!」
こいつ、ちゃんと読んでやがる!
毬萌の読書スピードは速い。
どうやら、天性のスキルに速読が備わっているらしく、2時間ちょっとで魔法陣グルグル、全16巻を読破してしまったようである。
俺なら5時間はじっくりかけて読むと言うのに。
このチート系柴犬女子め。
「ねね、コウちゃん、何聴いてるの? エッチなヤツ?」
「お前は最近、何かとすぐに俺とエッチなものを結び付けようとするな? 声優さんが耳元で囁いてくれるヤツとか、全然興味ねぇし! ヤメてくれる!?」
「ふぅーん? 詳しいねー?」
「く、詳しくねぇよ!? ばっ! おま、ホント、ばっ!!」
スマホに保存してあるヤツ? へ、へぇ、あれって、そういうアレなんだ?
いや、もう俺ってば全然そういうのに疎いから。本当に、マジで。
ASMRって言うんだ? へぇー? そうなんだ。
もう俺が悪かったからヤメて! 許して、ヘイ、ゴッド!!
「ヨルシカのEP買ったんだよ! それ聴いてんの! ……EPってそういえば何なんだろうな。アルバムの仲間?」
「んっとね、Extended Playの略称だねっ!」
「え、えぐ……? 余計に分からん」
俺からマウントを取るべく、毬萌のアホ毛がピンと伸びる。
へにょっとしてないアホ毛なんて、もうアホ毛じゃないではないか。
「元々はドーナツ盤って呼ばれてた、シングル盤よりもちょっぴり長いレコードを指した言葉だよっ! それが言葉だけ残って、今ではシングルよりも長いけど、アルバムよりは短いよって言う作品の呼称になったみたい!」
「ほへぇー。全然知らんかった。毬萌は何でも知ってるなぁ」
「何でもは知らないのだっ! 知ってる事だけなのだぁ!」
怒られそうで怒られないギリギリのラインでジャズる俺たち。
多分これはパロディのセーフティーゾーンだから危機回避。
「じゃあ、今聴いてるのわたしにも聴かせてよーっ!」
「やれやれ。イヤホンで聴くのが良いのに。待ってろ、スピーカーに切り替えるから」
「あっ! 待って、コウちゃん! いい方法があるよっ!」
そう言って俺の横に座る毬萌。
距離感が近すぎやしませんか。
「それで、こっちの耳のイヤホンを、わたしが借りるのだっ!」
「いや、それだとお前、片方しか鳴ってない音とか聴き取れんだろ」
「もうっ! いいのーっ! だって、さ。なんか、こーゆうのって、良いじゃんっ!」
「いやいや、音楽は
毬萌の手刀が俺の首筋を捉えた。
今、彼女が本気だったら、俺は死んでた。
「コウちゃんのバカっ! わたしがいいって言うんだから、いいんだよぉ!!」
「なんかガキ大将みてぇな事を言い出した。分かったよ、どうぞお好きなように」
「やたっ! コウちゃんが一番好きなの流してーっ!」
また難しい事を言いおってからに。
どの曲も素晴らしいクオリティで、全曲ヘビロテしている俺に対してなんと残酷な注文か。
「んー。強いて言えば、春泥棒かな。イントロからだんだん盛り上がっていく感じが良いんだよ! 特に大サビが最高でな! ああいや、アウトロがバシッと決まるところも聴いていて気持ちよくてな!」
「んふふー。コウちゃん、興奮しててちょっと可愛い!」
ぬかった。俺としたことが。
これは結構、かなり、めがっさ恥ずかしい。
「い、良いから! 聴くんだろ! ほれ、流すぞ!!」
「はぁーい! ふんふん、おーっ!」
曲のリズムに合わせて毬萌の頭が揺れる。アホ毛は踊る。
そして、密着しているので、肩もコツコツと当たる。
「お、おう!?」
そして、不意に俺の手に毬萌の手が重なった。
どういう意図なのかと思い、慌てて彼女の顔を見るも、毬萌のヤツは目を閉じてノリノリである。
だったら、俺だけ意識して指摘するのは負けのような気がする。
そうだ、別に、手と手が触れる事くらい、今までだって何回もあったじゃないか。
意識したら負けだ。
意識したら負け。
そして数分ののち、気持ちのいいアウトロで曲が終わった。
「んーっ! この曲好きーっ! コウちゃん、CD貸してっ!」
「お、おう。良いぞ。ちょっと待ってろ」
やっとこさ手が解放される口実ができる。
危ないところだった。手の平が高温多湿警報を発令していたのだから。
これがうっかり毬萌にバレようものなら、何を言われるか。
「あ、そだそだ、コウちゃん」
「おう。なんだよ。ほれ、CD」
「ありがとーっ! あのね」
言葉を切る毬萌。
こういう時には、たいてい心臓に悪いセリフが待っている。
「さっきのイヤホン半分ことか、さり気なく手を重ねたのとか、なんだか恋人みたいだったねっ! コウちゃんもドキドキしてたみたいだしっ!」
そら見たことか。
全部バレてやんの。
「もう2度としねぇからな」
「えー。次の曲も聴こうよーっ! ねっ、コウちゃん!!」
「……次の曲までだから。ぜってぇだぞ?」
天才には敵わない。
久しぶりに再確認する、俺の幼馴染の厄介だけど、ちょっとだけ好きなところ。
今日はそんなお話。
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