第456話 毬萌とチョコ

「ちょっと待っててねっ! 冷蔵庫から色々持って来るーっ!!」

「俺も手伝おうか!?」

「んーん、平気ー! コウちゃんは今日、接待される側だもんっ!」


 そして階段を駆け下りる毬萌。

 足を滑らせたりしなければ良いのだが。


 それにしても、毬萌の心の寛大さには救われた。

 本当に、久しぶりに心臓が冷えた思いだった。

 人の好意を無にするなんて、絶対にやっちゃいけない事である。


「ただいまぁー! コウちゃん、まずはこれをお鍋の中に入れてー!」

「これ、鍋だったのか。いや、確かにそう言われたら鍋だけども。おう、この泥水を入れたら良いんだな?」


「むーっ! 泥水じゃないもんっ! チョコレートだもんっ!!」

「えっ!? あ、ホントだ、甘い!」

「あーっ、コウちゃん、お行儀悪いよぉー!」


 ついつい人差し指ですくって舐めてしまった。

 これは俺としたことが。テーブルマナー違反である。

 「すまん、つい……」と、反則切符を受け取る。


「じゃあね、コードを刺して、スイッチを入れるとー! はいっ!!」

「お、おう!? なにこれ!? えっ、どういうアレなの!?」


 鍋の中央部が変形して伸びたかと思えば、ポンプでも付いているのだろうか、ポンポンと軽快な音を立てて、チョコが吸い込まれて行く。

 そしてそのチョコは、中央の変形した部分から、噴水のように吹き出す。


「あああ! なんかこれ、見たことあるぞ! シャレオツなヤツじゃん! たまにテレビのグルメ番組とかで見かけるヤツ! あの、アレだ! ダメだ、出て来ねぇ!!」


 ほら、アレだよ、でゅふふふふ、みたいなヤツ!!


「ぬっふっふー! これはねー、チョコフォンデュくん2号なのだーっ!!」



 そう! チョコフォンデュ! 俺の予想はかすりもしなかった!!



「マジか、こんなオシャンティーなもん、よく作ったなぁ。つーか、2号?」

「にははー。1号は噴射の力が強すぎたのだっ! 天井見てー」


 天井に茶色いシミが残っている。

 どうやら、このチョコレートの噴水は天まで伸びたらしい。


「それでね、このチョコにね、色々つけて食べるんだよっ! はいっ!」

「すげぇ! マジで色々ある!」


「まずはねー、フランスパンでしょ。それからね、イチゴとキウイとマシュマロはマストなんだって! あとは、チョコと言えばバナナ! まだまだあるよー」


 塩辛い味との対比がクセになるらしい、ポテトチップス。

 毬萌が愛してやまないお菓子、パイの実とトッポ。

 さらにフルーツ軍の助っ人、缶詰のパイナップルと黄桃。

 腹を太らすならこれと、ちっこいバームクーヘンにシュークリーム。


「よくこれだけ準備したなぁ! すげぇ美味そう!」

「これは全部買ったのを切ったりしただけなの! あ、メロンもあるよっ!」

「マジか! むちゃくちゃ嬉しい!」


「あとはね、これが隠し玉なのだっ! 夕方に作ったんだーっ! 綺麗にできたと思うんだけど、どうかなぁ?」

「おう。こりゃ、白玉か?」


「うんっ! おしるこに入ってるんだから、チョコにも合うと思ったのだ!」

「なるほど、確かに興味あるなぁ。……毬萌、食っていい?」


「もちろんだよ! わたしも食べるっ! いただきまーす!」

「おう、いただきます! さて、何から攻めるか。いきなりメロンは張り切り過ぎか。うーむ。よし、無難にバナナでいこう! まり……もう食っとる」


「あーむっ。んーっ! おいひー! コウちゃん、メロン美味しいよーっ!」

「しかもいきなりメロンに手を出しとる! 足変わらず、すげぇ采配だなぁ。つーか、材料費どうしたんだ? 高かっただろ? お、バナナうめぇ」


 ざっと見ただけでも、数千円は余裕と思われる豪華メンバーたち。


「んっとね、おかーさんと一緒に買いに行ったら、半分出してくれたのだっ! あーむっ! だからね、気にしないで良いよーっ! あーむっ」

「いや、そういう訳にゃいかんだろ。じゃあ、その半分出すよ。イチゴとキウイもうめぇ。フランスパンは言うに及ばず!」


「いいよぉー。だってさ、コウちゃんはいつもわたしのためにお金使ってくれるじゃん?」

「そりゃあ、お前。俺は男だから」

「あーっ! 今の発言はね、言ったら怒られるヤツなんだよっ!」


 確かに、失言だったかもしれん。

 謝罪して、訂正いたします。


「でも、ほれ、俺ぁ好きで金使ってるワケだからよ」

「コウちゃん? わたしも、好きでお金使ったんだよ?」

「お、おう」



「コウちゃんの事が大好きだからね、お金だってなんだって、あげられるものは全部あげるのっ! わたしの心も含めて、みんな、みーんなコウちゃんのものだよっ!」



 お前、毬萌よ。


 そのセリフは反則だろうが。


 チョコレート食ってて甘いはずなのに、その甘さが感じられなくなるくらい、実に甘い毬萌の告白であった。



「みゃっ!? あ、あのね、今のは、そーゆう心構えだって言うだけだから!!」

「自分で照れるなら言うなよ! 俺だって恥ずかしいの我慢して聞いてんのに!!」


「だってぇー! バレンタインデーは好きだよって言わなきゃダメだって、堀さんが言ってたんだもんっ!」


 ゴリさん。



 ——ま・た・君・か。



 うちの毬萌に変な入れ知恵するの、ヤメてもらえねぇかなぁ。

 困った人だよ、あの人は。

 ああ、メロンにチョコって合うんだなぁ。


「こ、コウちゃん? あのね?」

「おう。どうした?」


「堀さんが教えてくれたんだけどね?」

「ちょっと待って! 嫌な予感しかしねぇ!」



「わ、わたしにチョコ塗って、な、舐めても良いんだよ!?」



 ちょっとゴリさんに電話して来る。



「ば、ばっ! お前はホントにばっ!! どこでそんな事を覚えてくんの!?」

「堀さんが言ってたもんっ」


「そうだった! ゴリさん! ちくしょう、彼氏ができて浮かれてやがる!! これは厳重注意だぞ! 高橋のヤツも呼んで説教だ!!」


「指とかね、あ、あと、胸とかにも塗ったらいいよって」

「良い事あるかい!! えらい事になるわい!!」


「みゃーっ。コウちゃんはそーゆうの嫌いなのかなぁ?」



 なんでこの子、こんな純粋な目でそんな不埒ふらちな質問してくんの!?



 甘いもの食ってんのにロマンティック・アホの子モードだよ!

 ここに来て、アクロバティックなモードチェンジを覚えてるんじゃないよ!!


「き、嫌いじゃねぇ、けど! 早い! 早いんだよ、そういうのは!! まずな、踏むべき段階ってヤツがあんの! 大事なんだよ、そっちの方が!!」


「良かったぁー」



 どういうことなの?



「堀さんがね、こーゆう事言って、本当に迫って来る男の子は、悪い子だから気を付けた方が良いよって教えてくれたの! コウちゃん、信じてたよぉー!」

「……お前。なんつー、悪辣あくらつな罠を仕掛けて来るんだよ」


「にははー。ごめん、ごめん! お詫びにね!」

「なんだよ」


「もう少し大人になったら、わたしの好きなとこにチョコ塗っても良いよ?」


「ばっ! ばっ! お前、ホントにばっ!! もう、ホントに! ちくしょう!!!」


 毬萌の電話を無視してしまった時点で、今日のイニシアティブは握られていたのだ。

 そこにこんなアホの子を装った天才によるハニートラップ。

 俺の精神力がごっそりと削られた。


 アレだよ、SAN値ピンチってヤツ。

 バレンタインデーの最後にやってくれたな、ヘイ、ヴァレンティヌス様。


「コウちゃん、コウちゃん! 白玉チョコ一緒に作ろーっ!」

「……おう。そうだな! 色々と思うところはあるが、今は毬萌が作ってくれたチョコフォンデュのターンだった! おう、美味い!」


「にへへーっ! やっぱり! 絶対においしーと思ったんだよぉー! あーむっ」



 そして、2人で用意された食材を残さず全部食べ切ってやった。

 ストップ食品ロス。出されたものは全部食う。


「おう。そう言えば、毬萌。忘れるところだった」

「ほえ? なぁーに?」


「これ、逆チョコってヤツだ。隠したって仕方ねぇから言うけど、鬼瓦くんの発案でな、チョコくれたみんなに配ってたんだよ。ほれ」

「わぁーい! ありがとーっ!」


「言っとくけど、結構気合入れたヤツだかんな、それ」

「どゆこと?」


「お前と花梨にあげたのは、最後に作った、一番出来の良かったヤツなんだよ。特別製だ。精々、味わってやってくれ」


「……コウちゃんっ! うん、大事に食べるねっ! ねね、コウちゃん!」

「おう。なんだ?」



「今度は、わたしだけの特別なチョコ、作ってね!」



 とびきりの笑顔でそんな事を言われると、否定する材料がすぐになくなる。

 なんと言う資材不足。


 仕方がないので、俺は少し乱暴な言葉で答えをにごす。



「……おう。気が向いたらな!」

「にははっ! 約束だよぉー!」



 濁した答えを即座に約束へと再構築されてしまうのだから、天才と言うのは実に厄介な、しかしとても可愛い生き物なのである。

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