第455話 ご機嫌斜めな毬萌さん
時刻はもう午後8時。
何と言う長い1日だっただろうか。
しかし、まだ終わってはいない。
俺だって、そこのところはちゃんと弁えている。
大事な幼馴染のターンがまだ残っているのだから。
それにしても、連絡してこないな、毬萌のヤツ。
もしかして寝てんのかな?
仕方のないヤツめ。起こしてやるか。
そんな事を思いながら、スマホを手にすると、そこには。
ひ、ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
毬萌の名前で埋め尽くされた着信履歴が!
お、おかしいぞ!? 確かに、冴木邸に着いた時にマナーモードにしたけども!
ちゃんと震えないとか、スマホ、お前酷いじゃないか!
確認すると、ミュートになってやんの!
なにゆえこのような事になったのか、俺は脳内で会議を開いた。
記憶中枢が意見を出す。
「学園にいた時点で、マナーモードにしていませんでしたか?」
それを受けて、俺は得心する。
なるほど!
バイブの状態で更にマナーモード設定したから、ミュートになったんだね!!
やっべぇ! 完全に俺の過失じゃないか!!
毬萌で埋め尽くされた着信履歴に改めて目を落とす。
直近の履歴は、今から30分前。
それまで5分おきに着信があったのに、それを最後に音信が途絶えている。
俺は慌ててスマホをポチリ。
ああ、指が震えて上手く押せない!!
いつも3コールで電話に出る毬萌。
今日は10を過ぎてもまだ出ない。
た、多分、アレでしょう? トイレとか、いや、飯食ってるのかも!
『……みゃーっ』
あ、繋がった。
そしてダウナーな
「も、もしもし!? もしかして、ご飯食べてたか!?」
『……食べてないよ』
「じゃ、じゃあ、アレだ! トイレ行ってたんだな!?」
『……行ってないよ』
「お、おう。そんじゃ、なんで電話になかなか出てくれなかったのかなぁ……?」
『……出たくなかったからだもん』
あかん! 毬萌さんがお怒りであらせられる!!
「ち、違うんだ! 聞いてくれ、毬萌! これには深い事情があってだな!!」
『……なぁに?』
「おう、あのな、氷野さんと会っててな、そこから花梨の家に行ったんだけど、うっかりマナーモードをミュートにしちまってな! 意外と話も盛り上がっちまったりしたもんだから、スマホ見る機会もなくてさ! いやぁ、参った参った!」
——プツン。
「あれ!? 毬萌!? もしもーし!? お、おう。手が滑ったのかな?」
俺は、再び毬萌に電話をかける。
やっぱり呼び出し音が10を過ぎてから、やっと毬萌の声がする。
『……なぁに?』
「いや、なんか切れちゃったからよ! あ、あれかな? 電波が悪ぃのかな?」
『……わたしが切ったんだけど』
「そ、そうかー。
——プツン。
ひぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
毬萌がキレてる!
かつてない程の勢いでキレてる!
電話も切れたけど、毬萌はもっとキレてる!!
と、とりあえず、直接顔を見て謝ろう。
そうだ、誠意を持って謝れば、きっと毬萌だって許してくれるさ。
よし、毬萌の家までダッシュだ。
「は、はひぃ、はひぃ、ひぎぃ……。お、おし……。計算よりも早く着いたじゃねぇか……。よ、よくやったぞ、俺の足と肺……」
とりあえず、呼び鈴をポチリ。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
既視感のある痛みが、俺を襲った。
指の先にはトラばさみみたいになった呼び鈴。
これ『ガウガウコウちゃん1号』じゃねぇか!
いや、違う! 前はもっと遠慮のある痛みだった!
そうだよ、前のはネズミ捕り型だったじゃん! なにこれ、進化してる!!
毬萌、待ち時間を利用して『ガウガウコウちゃん2号』作っとる!!
「あら、外が賑やかだと思ったら、コウちゃん? どうしたの?」
「あ、ああ、すみません、おばさん。ちょっと指が、アレでナニしまして」
「まあ、そうなのー? 寒いからかしらねぇ? 上がってちょうだい」
「お邪魔します」
とりあえず、毬萌の家に侵入成功。
「あの、毬萌って部屋ですか?」
「そうなのよー。あの子、晩ごはんも食べないで。ダイエットかしら?」
毬萌が
思い出されるのは、去年の5月。
毬萌に涙を流させた俺は、彼女を引き籠りにしてしまった事があった。
「す、すみません! ちょっと俺、部屋に行ってみます!」
「あらー。悪いわねぇ、コウちゃん」
今回は悪いのが俺なんです、おばさん。
ああ、なんて事をしでかしてしまったんだ、俺ってヤツは。
チョコをたくさん貰って良い気になって、大事な幼馴染をないがしろにしちまった。
ちくしょう、俺なんか頭ぶつけて死ねばいいんだ!
「ま、毬萌ー? いるんだよなー? は、入っていいかー?」
そしてとりあえずドアノブを持って、引いてみると。
やっぱり開かない。
これも経験済み。
毬萌の部屋には鍵がない。
つまり、セルフロック。向こうでドアを思いっきり引っ張っているのだ。
「毬萌! すまんかった! 今回ばかりは全面的に俺が悪かった! 許してくれ! もう2度としないから!! この通りだ! あ、見えてねぇかな!? 今、土下座してんだけど! 毬萌さん! ホントにごめん!! 許して! せめて土下座だけでも見て!?」
「おや、どうしたんだい、コウちゃんは。毬萌に何かしたのかい?」
「なんだか浮気を謝る亭主みたいねぇ。微笑ましいわー。うふふふ」
ちくしょう。毬萌の両親の生温かい視線が痛い!
しかし、俺が対峙すべきは毬萌であり、引っ張り出すのは己の良心!
「頼む、毬萌! 許してくれぇぇぇぇ!! 何でもするから! そうだ! お前の欲しいもの、何でも買ってやる! なっ!?」
すると、ギギギと扉がほんの数センチ開いた。
やったか!?
「……もので釣るとか、サイテーなのだ」
そして再び締まるドア。
すげぇ冷たい目で見降ろされた!
「あらあら、あなたが接客を伴う夜のお店に行ったのを謝る時と同じこと言ってるわよ、コウちゃんったら。うふふ」
「分かるなぁ。本人はとりあえず許して欲しいだけなんだけど、何かを対価にしちゃうと、本心じゃなくて、そっちに比重が移っちゃうんだよなぁ」
毬萌の両親の冷静な分析が心に刺さる!
しかし、とにかく毬萌の心を傷つけたのは俺であり、少々刃物が心に刺さったくらいで怯んでいては男の名折れ!
「毬萌ぉぉぉ! 許してくれぇぇぇぇ!! 俺が悪かったぁぁぁ!! お前の事を俺ぁ、居てくれて当然のものだと思っちまってて、その関係に甘えてた! こんな大事な日に、色々準備してくれてただろうに! ホントにすまん!!」
すると、先ほどよりもほんの数センチほど大きくドアが開いた。
もう淡い期待はしない。
許してもらえるまで、ここで頭を下げ続ける構えである。
何時間でも、朝になろうとも。
「……みゃーっ。……コウちゃん、反省してる?」
「お、おう! すげぇしてる! タイムマシンがあったら、数時間前のてめぇをまず蹴り倒しに行く事を誓う!!」
「……もう、わたしの電話を無視したりしない?」
「ぜってぇしない! スマホのマナーモードも、2度とミュートにしない!! 朝礼の最中だってブルンブルン震わせてやる!!」
「……わたしの事、大事に思ってる?」
「世界で一番大事な幼馴染だと思ってる! マジで!! 本当に! 嘘偽りなく!!」
そして開かれるドア。
そこには、モフっとした笑顔の毬萌が……!
「もうっ! じゃあ、今回だけ許したげるっ! コウちゃん、入ってーっ!」
「ありがとうございます! ありがとうございます!! ありがとうございます!!!」
「それは良いからっ! 準備して待ってたんだよぉー。お腹ペコペコなのだ!」
毬萌の部屋のテーブルには、なにやらしゃぶしゃぶの鍋みたいなものが。
「これは何でしょうか? 毬萌さん?」
「んっふふー! 今日のためにね、作ったんだぁー!」
「お、おう。何すんの? あれ? もしかして、俺を撃退する装置!?」
「違うよー! コウちゃんと、チョコレートを楽しむための装置なのだっ!」
「そ、そうか! 何なのかはさっぱり分からんが、楽しみだな!!」
「コウちゃん、お腹空いてる?」
「おう。走ってきたせいで、かなり空いてる!」
「そっかぁ! じゃあ、始めよー! チョコレートパーティーなのだっ!!」
こうして、バレンタインデー最大の危機を乗り越えた俺である。
先に待っているのは、甘いチョコレートなのだろうか。
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