第454話 花梨とチョコ

「公平くん、そろそろチョコが食べたいんじゃない?」

「そ、それ、たった今パパが言ったんだけどなぁ……」

「パパ? 今、私が公平くんと喋ってるんだけどー?」


「控えております。許してヒヤシンス」



 パパ上の霊圧が消えた。



 そして、お会いしてからまだ少ししか経っていないが、分かった事がある。

 花梨ママと花梨パパの力関係?

 それは玄関の時点で分かってたよ。ヘイ、ゴッド。


 花梨さん、ママ似だ。


 話している時の仕草や、ちょっとした表情。

 花梨ママから感じられる、何となく見慣れた雰囲気。

 ああ、なるほど、普段の花梨がそっくりなんだと実感。


 花梨ママの見た目が超絶若いので、ちょっと年の離れた姉妹にすら見える。


「先輩、せーんぱい! 実はですね、結構頑張っちゃったんですよ、あたし!」

「お、おう。と言うか、普段から頑張ってるじゃないか、花梨は」

「えへへー。そうですかぁ? でもでも、今日はとっても頑張ったんです!!」


「そうかぁ。偉いなぁ、花梨は」

「頭撫でてくれても良いですよ?」


 そこで気付く、ママ上の視線。


「あ、私の事は気にしないでいいから、続けて、続けて!!」

「ですって、せーんぱい!!」


「お、おう。か、花梨は偉いなぁー。よーしよしよし」

「あはは、嬉しいです! じゃあ、チョコ持ってきますね!」


「きゃー! 微笑ましいー!! なんだか、見てるとキュンキュンしちゃうね!!」

「きょ、恐縮っす」



 やり辛いったらないね!!



 このままでは、花梨が頑張ってくれたチョコもちゃんと味わえない。

 そんな焦りにも似た感情が湧き出して来たタイミングで、あの人が動く。


 花梨パパ?

 違うよ、パパ上はさっきから、膝ついてギリシャの彫刻みたいになってる。


「奥方様! 先ほどより、スマートフォンが何度か鳴っております!」

「えー? そうなの? せっかくこれから甘いシーンなのにぃー!」

「とは言え、奥方様。もしかすると、火急の知らせやもしれませぬ! そうであった場合、恐れながら奥方様のキャリアに傷が……!」


「はいはい。相変わらず田中さんは優秀ねー。パパにはもったいないんだから。それにしても、誰よー。時差があるでしょー。あっちって早朝じゃない?」

「奥方様、長電話になりますと充電が不安ですので、あちらのお部屋でおかけになられるがよろしいかと!」

「そうねー。ごめんねー、公平くん。ちょっとだけ席を外すねー」


「桐島様。これがそれがしにできる、精一杯でございます。では、ご免!」


 この世で最強なのは、多分だけどしのびの者。

 そしてその考えは間違っていないと思う。


「くっくっく。ママの圧迫面接によくぞ耐えたな、息子よ」

「お父さんは結構早い段階で脱落されてましたね?」

「くくくっ、言いよるわ! それでこそ我が冴木グループを背負って立つ男よ!」


「はい、パパうるさい! 邪魔だから、あっち行ってて!」


 今日のパパ上の扱いにはさすがに同情。


 そしてパパ上、切なそうな表情で退室。

 入れ替わるように、花梨がでっかい箱を持って登場。


「先輩、先輩! 見ててくださいね! 開けますよー? じゃじゃーん!!」

「おお……。こりゃ、すげぇな」


「えへへー。冷製ガトーショコラですよ! きっと先輩、今日はいっぱいチョコを貰うと思っていたので、変化球で攻めてみました!」

「マジですごい! 売り物みたい……って言うか、こんなの売ってるとこも見たことねぇよ! 花梨が考えたの!?」


「そうです! ……って言いたいところですけど、実は磯部さんたちに相談に乗ってもらっちゃいました。えへへ、ちょっぴりズルいですよね」


 イタズラがバレた時のように舌を出しておどける花梨。

 その様は大変可愛らしく、なんだか自分の体温が上がっていくような気になる。

 耳が熱いな。赤くなってたら恥ずかしい。


「相談に乗ったと申しましても、我々はお嬢様のアイデアを少し現実的にならしただけでございます。……紅茶をお持ちいたしました」

「磯部さん、ありがとうございます! レシピはみんなで考えたんですけど、作ったのはあたし一人ですよ! 頑張りました!!」


「そうかぁー。……よし、じゃあ食おうぜ! って、どうやって食べたらいいの?」

「あはは! 切り分けますねー!」


 料理なんて全然できなかった花梨が、俺のためにこんなに頑張ってすげぇケーキを作ってくれるなんて、思わず涙が出そうになるサプライズである。

 俺が作ったケーキなんて、比べ物にならないクオリティ。

 ん? ケーキ?


「なぁ、もしかして、このチョコレートケーキってさ、この間の誕生日に俺の作ったケーキとなんか関係してたりする?」

「……えへへ」


 あれ? 自意識過剰だったかい!?


 丁寧に切り分けられたケーキを俺の前に差し出して、花梨は笑う。

 今度は、自分の子供が百点の答案を持って帰ってきたのを喜ぶ母親のようである。


「もぉー。先輩って、こーゆう時は鋭いですよねー。いつもいつも、ここぞと言うところで、あたしのハートを射抜いてくれるんですから、困っちゃいます!」

「おう。そりゃあ、申し訳ない」


「そうですよ! 公平先輩がお誕生日のケーキをくれた時から、絶対にバレンタインデーにはケーキでお返ししようって決めてました!!」

「やっぱりそうだったか。なんか、嬉しいな。こういうのって」

「はい! あたしもとっても嬉しいです! ステキですよね。同じものを贈り合えるのって! えへへー」


「おっし。いただきます!」

「はい、召し上がれ!」


 冷製ケーキと言うからには、アイスみたいに固いのかと考えた俺の発想力の貧困さよ。

 フォークがスッと、実に簡単に刺さっていく。

 それを口の中に入れると、冷たいチョコが文字通りとろける。


「美味い! すげぇ美味いよ! 花梨も食ってみろって! むちゃくちゃうめぇ!!」

「あはは! 先輩、なんだか子供みたいです!」

「だってこんなの食った事がねぇんだもん! いや、熱い紅茶にも合うなぁ!」

「……こんなに喜んでくれるなんて、ホントに嬉しいです。あたし、先輩のそういうところも、大好きですよ?」


 それから、2ピースもおかわりしてしまった。

 こんなに美味いものを出されて、甘い言葉まで告げられたらば、そりゃあ食べる手も止まらない。

 そして2杯目の紅茶を飲んで、花梨と談笑。


 他愛のない話が盛り上がる、なんだか不思議な感じ。

 しかし、居心地は大変よろしい。

 これもバレンタインデーマジックだろうか。


「そうだ。忘れねぇうちに。これな、逆チョコってヤツなんだけど。いやぁ、花梨のケーキ食った後だと、出しづれぇな。ははは」

「わぁー! 公平先輩の手作りですか!?」

「おう。一応な。実は、鬼瓦くんに監督して貰ったんだ。俺の方がズルしてるな。すまん!」


「じゃあ、あたしたち、やっぱりお揃いですね!」

「おう。そうだな。お揃いだ」


 そうして、また笑い合う俺たちであった。



 それからまた少し時間が経って、花梨ママが戻ってきた。


「ごめんね、花梨。公平くん。仕事が入っちゃったから、今からまたイタリアに戻らなくっちゃ! 春休みには戻って来るから!」

「ママ、気を付けてね! あと、無理しちゃダメだからね!」

「あらら? 昔みたいに、ママもっと居てー、帰らないでーって言わないの?」


「も、もぉー! あたし、もう子供じゃないもん! 先輩の前で、ヤメてよー!!」

「そうねー。こんなにステキな先輩が傍に居てくれたら、花梨も寂しくないわね。ママ、とっても安心しちゃった。公平くん?」


 急に呼ばれて、慌てて振り向く。

 俺がフクロウだったらそれで問題なく首だけ回転したのだが、悲しいかなエノキタケ。

 首の可動域には限度があり、モギョっと音がした。


「なんでしょうか?」

 平静を装う俺。なんて健気なんだろう。


「花梨とこれからも仲良くしてあげてね」

「もちろんです!」

「あはは、いいお返事! あ、それから、2人とも?」


「なに?」

「なんでございましょう?」


「ふたりの結婚式は、ぜひ私のデザインしたスーツとドレスを着てね! 今から楽しみにしてるから!!」


「も、もぉー! ママ!!」

「いや、これは、参ったな」


「じゃあね、また会いましょう! パパ! すぐに飛行機を手配して!」

「かしこまりー! 空港まで送っていくね! 田中ぁ!!」

「はっ。既にお車はご用意できております」


 慌ただしく出かけていく花梨のママとパパ。

 俺もこのタイミングでおいとますることにした。


「じゃあ、また学校でな!」

「はい! 先輩、気を付けて帰って下さいね!」

「おう!」



 気付けばすっかり夜のとばりがおりている。

 2月の寒風も、火照った体にはそれなりに心地の良いものである。


 花梨と一緒に居ると、いつも新しい発見が待っているのだから、退屈しない。

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