第453話 花梨ママのよく分かる娘の恋人チェック

 氷野さんがくれたチョコレートを眺めて「うふふ」と笑っていると、またしても震える活きの良い俺のスマホ。

 釣りたてのお魚かな?


「おう。こちら桐島。どうした、花梨?」

『公平先輩! お疲れ様です! ……でも、はないですよー?』


 花梨の言う通り。

 さすがに、用事の内容は分かっている。


「チョコレート貰えるのかな?」

『えへへー。そうですよ! 可愛い後輩から、愛情たっぷりのチョコレートをお渡しします! それとも、あたしの方が良いですか?』


「ヤメなさいよ! お父さんに聞かれたらどうすんの!」

『あ、パパならそこにいますよ』



 聞かれてたー。



「おい、マジでヤメようぜ? 気まずいじゃんか」

『でも、パパは、孫はたくさん欲しいとか言ってます!』



 そうだったね。君のパパ上はそんな人だった。



『先輩、今どこですかぁ?』

「おう。氷野さんのマンションの前にある広場だよ」

『むむー。マルさん先輩に先を越されましたか……! じゃあ、迎えを行かせますから、そこで待っていて下さい!』


 「そいつぁ申し訳ねぇよ」と遠慮する俺に「だってそこからあたしの家まで歩くんですか? 先輩死んじゃいません?」と正論で応じる花梨さん。

 既に主導権を握られている気配を感じて、花梨には勝てないなぁとため息。


 結局お言葉に甘えることにした。


 そして、10分で、見慣れた冗談みたいに長いリムジンがやって来た。

 すげぇ目立つわ、嫌だわね。


 とりあえず、お待たせするのも悪いので小走りで駆けよる俺。

 田中さん辺りが来てくれたのだろうか。


「くっくっく。待たせたな! 息子よ! このワシみずから出迎えに来てやったぞ!」


 まさかのパパ上登場。


「な、なんか、すんません。お父さんに来てもらえるとは思いませんでした」

「くくくっ。相変わらず、控えめな男よ! まあ、乗るが良い! 外は寒かろう!」

「うっす。失礼します」


 リムジンの中は実に快適な温度と湿度が保たれており、「あ、これは普通に住めるな」と俺に確信させる。


「息子よ。まずはのどをうるおすが良い。外は乾燥していただろう」

「あ、申し訳ないっす。って、お父さん、これシャンパンじゃないですか!」

「くっくっく。ワシのグラスは確かにシャンパンだが、貴様のグラスはこれだ!」


 シャンメリー!!


「あ、ホントだ。全然お酒じゃないっすね」

「くっくっく。法令は順守せねばなるまい?」


 見た目はゴツいが中身はキッチリ花梨パパ。

 そんな俺たちを乗せて、リムジンは走る。


「しかし、なんでまたお父さんが出張でばって来られたんですか? いえ、嬉しいっすけど、お話なら、お宅に俺が伺ってからでも出来たのに」

「くっくっく。まっこと、聡明な男よ! ……実は、家に居づらいのだ!」


「ああ、花梨に邪険にされたんですか?」

「くくくっ。半分は正解だ。しかし、もう半分はさすがの貴様とて想像がつかぬようであるな!」

「ずいぶんと含みのある言い方ですね。花梨以外にお父さんを追い出せる人っているんですか?」


「……妻が帰国しておるのだ」

「えっ!? 花梨のお母さんっすか!?」


 話には聞いていた。

 花梨のお母さんは、海外でファッションブランドを経営していて、たまにしか日本に帰って来ないと。

 何と言うタイミングだろう。


「まずハッキリさせておくが、家庭内でのワシの序列は最下位。妻、花梨ちゃん、そしてワシだ! であるから、ワシの援護射撃は期待せぬように!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 俺、何されるんですか!?」


「妻が、噂の公平先輩を見定めると張り切っておったのだ!」

「あ、ああ。そう言う事ですか。ビックリさせないで下さいよ」



「ちなみに妻は先刻ワシに向かって、ファービーよりうるさいから、あなたちょっとどっか行っててくれる? と言い放った!」

「ふぁ、ファービー……!!!」



「お屋形様。到着いたしました」

「ご苦労、田中。では行くぞ、息子よ。……命の危機を感じたら、迷わず逃げよ」


 すげぇ行きたくなくなった。

 バレンタインデーの甘い空気は一体どこへ?



「いらっしゃい! あなたが公平先輩!? もぉー、やっと会えた! きゃー! 聞いてた以上にイケメンじゃない! さあさあ、上がって、上がって!」


 玄関を開けたら、ラスボスである花梨ママが待っていた。

 俺はパパ上に耳打ちする。


「えっ!? あの、お母さん、若くないですか!? どう見ても20代にしか見えないんですけど!?」

「くっくっく。息子よ、ああ見えて妻はよんじゅぶるすこふぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 パパ上が、変な声出しながら横にすっ飛んで行った。


「公平くん? 今のは嬉しい内緒話だったから許してあげるけど、女性の年齢を話題にするのはマナー違反よ?」



「す、すみませんでした!!!」

「すぐに謝れる子は好きよ。さあ、リビングに行きましょ!」



「あ、公平せんぱーい! お待ちしてましたぁ!」

「お、おう。お待たせして申し訳ございません。花梨さん」

「ん? なんですか、その喋り方。何かの遊びですかぁ?」


「いや、花梨さんに失礼があっちゃいけねぇと思って、いや、思いまして、いやさ、愚考ぐこうしたしまして」


「もぉー! ママのせいで先輩が恐縮しちゃってるでしょー!」

「えー。そうなの? 公平くん?」



 そうなんですけど、「そう」って言ったら俺もファービーパパ上みたいになるんでしょう?



「滅相もございません」

「あー。ヤダなー、こんな他人行儀! 私、聞いてるよ? 公平くん、花梨と将来の約束しているんでしょ? だったら私、君のママじゃん!」


 か、花梨さん!? ママ上に何て言ってんの!?


「もぉー! ママってば、話盛り過ぎだよ! 先輩とは、まだ恋人以上、夫婦未満なんだから!」

「え、いや、あの、花梨さん?」

「そっかぁー。花梨ちゃんにも恋人が出来たんだねぇー! ママは嬉しいなぁー」

「は、はい、あの、お母様?」


 ハッキリと誤解ですと申し上げなくては。

 このままの流れは間違いなく危険。

 俺の経験と、第六感と、危機管理シミュレーションシステムが、同時に警報を鳴らす。


「俺たちは、まだそんな関係じゃ……」


「あのね、公平先輩ってば、誕生日にカリンのケーキ作って来てくれたの!」

「わぁー! それはもう、恋人の域は越えてるね! すごい、公平くん、やるじゃん!!」


「う、うっす。恐縮です」



 パパ上ー。助けてー。



 願いが通じたのか、なんかいつもよりも覇気のないパパ上が俺の危機に見参。

 悟飯のピンチに駆けつけてくれる劇場版のピッコロさんみたい!


「ママ? あのね、公平先輩はね、花梨ちゃんとね」


 頑張って下さい、パパ上!

 俺がめいっぱいの譲歩をしても、「後輩以上、恋人未満」が俺たちの関係性を示す最大値です!!


「パパは花梨ちゃんと公平くんの仲に入って、よく邪魔してるんだって? ヤダよねー、かまってちゃんなおじさんって。ねぇー、公平くーん?」


 パパコロさん! 助けて!!


「パパ、飲み物淹れてくるね! 公平先輩も、立ってないで座って座って!」


 パパコロさん、俺を見捨てる。

 そう言えば、劇場版のピッコロさんも、駆け付けた瞬間がピークで、割と普通にやられる事が多かったわねと思い、納得。


「公平先輩! ママはですね、ずっと先輩に会いたがってたんですよ!」

「だってぇ、花梨が電話の度に公平くんの話ばっかりするんだもん! そりゃ、興味持つよー! 娘の初恋の人だよー?」


「もぉー! ママってば、先輩の隣に座んないでよ! 隣はあたしだもん!」

「えへへ、ごめんごめん! 公平くんって、花梨の入試の時に、家の鍵を探すために全身傷だらけななってくれたんだったよね!?」


「えっ!?」


「それから、初めてのデートで遊園地に行った時には、ナンパして来た悪者を理詰めで追いこんで、最後は背負い投げ決めてやっつけたんだよね!?」


「えっ!?」



 なんか、思い出が美化されてるー。



「か、花梨さん?」

「えへへ。どれもステキな思い出です! 今でもすぐに思い出せますよ!」


 記憶障害かな?


「はーい! パパ、飲み物持って来たよぉー! 花梨ちゃんとママはコーヒーね! 公平先輩は、メロンジュース!」


 パパ上! 助けて下さい! 助けて下さい!!


「そうだ、花梨ちゃん、そろそろ先輩にチョコを渡したらどうかなぁ?」

「お、お父さん!」


「ちょっと、今、ママが公平くんと話してるんだけど?」

「ごめんなさい。許してヒヤシンス……」



 チョコ貰いに来たのに、これは一体どういうことか。

 俺は生きて冴木邸から帰れるのだろうか。


 唯一頼れるパパ上は、目が死んだ魚みたいになってる。

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