第452話 氷野姉妹とチョコ
ポケットのスマホが震えた。
「すまん、鬼瓦くん。電話が。ちょっと席外して良いかな?」
「もちろんです。では、先輩の書類の確認をさせて頂いておきます」
「気が利くなぁ。じゃあ、ちょいとごめんな」
廊下に出て、通話ボタンをポチリ。
相手はちゃんと確認済み。
「はいはい、こちら桐島」
『お疲れ、公平。あんたさ、まだ学園に残ってる?』
「おう。残ってるよ。あとちょっとで終わる感じ。今日は女子がいねぇから、個人の引継ぎ資料作ってるだけだし」
氷野さんは、「ふぅーん」と興味のなさそうな返事をして、しばし無言に。
「あれ? 氷野さん? これ繋がってる? もしもーし! もしもーし!!」
『う、うっさいわね!! こっちが喋り出すタイミング探ってんだから、ちょっと待ちなさいよ! バカ平!!』
むちゃくちゃ怒られた。
多分空気が読めなかったんだと思う。
反省しようにも、原因が明確に見えてこないので、とりあえず空気のせいにして、俺もエア反省。
『あの、さ。私の方も、たまたま? たまたま、仕事が片付きそうだから、アレよ。……一緒に帰ってやってもいいわよ?』
まず確認しておきたいのは、俺の家と氷野さんのマンションは方向が全然違う。
それを踏まえて、俺はお伺いを立てることにした。
「いや、氷野さん。それってどっちかがめちゃくちゃ遠回りをし」
『こ、心菜も待ってるのよ! 良いから、ちょっとうちに寄って行きなさいよ!!』
「うん! 寄って行くよ!!!」
『なぜかしら。イラっとしたわ。ものすごく』
心菜ちゃんが俺を待っている。
その事実だけで俺は強くなれるし、例えば世界を敵に回しても構わない。
心菜ちゃんが正義であり、それに歯向かう世界は悪に違いないのだから。
「鬼瓦くん、帰ろうか!」
「なるほど。その様子ですと、どなたか女子からのお誘いでしたね?」
「おう、すげぇな。なんで分かったん?」
「先輩は僕を何だと思っているんですか。分かりますよ」
「さすが、情報処理能力が高いなぁ!」
「桐島先輩は、そろそろ、何と言うかですね。いい加減にしておかないと、多方面からものすごく怒られる日が来ると思います」
「え、マジで? それは困る」
とりあえず広げた書類と資料をかき集めて、片方は棚に収納。
書類の方は明日も使うから机の引き出しに。
そうこうしていると、ドアがノックされた。
「はいはーい」
「あら、まだ片づけてたの? あ、気にしないで良いわよ。時間かかるなら、ソファで待ってるから」
氷野さんがなんか優しい。
どうしたんだろう。年賀状のお年玉くじでも当たったのかしら?
「桐島先輩。どうぞ、お先に帰られて結構です。あとは僕が施錠しておきますから」
「そりゃあ
「いえ、氷野先輩をお待たせする方がナシです。あと、桐島先輩は今日、これからが本番だと思われますので。お時間は効率的に使って下さい」
鬼瓦くんがそこまで言うのなら、お言葉に甘えようか。
そう思っていると、氷野さんが立ち上がった。
ちょっと、このタイミングで蹴りはヤメて下さい。
持っている書類が舞い散らかります。
「なんだか気を遣わせちゃったみたいで、申し訳ないわね。鬼瓦武三」
「いえ。後輩として当然の配慮だと思います」
「来年の生徒会も安泰ね。これ、あげるわ。まあ、あんたも本命が待ってるだろうから、安ものでも文句ないでしょ?」
「あ、これはお気遣い、ありがとうございます」
氷野さんから鬼瓦くんへ、チョコレートが渡された。
「良いなぁ、鬼瓦くん! ねぇ、氷野さん!? 俺にはないの!? ねぇ、氷野さん! ねぇ、ねぇ、氷野さん!? 氷野さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ」
チョコレートの代わりに、尻を思い切り蹴られた。
実にビターである。
「う、うっさいわね! ほら、さっさと帰るわよ!!」
「あああ! 引っ張らんといて! ちゃんと歩くから!! ああああ! 鬼瓦くん! また明日な! あああああああ!!!」
「桐島先輩。ご武運を」
そして校門を出て、バスに乗り込み、いざ氷野さん宅へ。
道中、彼女はなんだかソワソワしていて、危うく「トイレなら1度降りようか?」と口に出しそうになったが、第六感が働いて寸前で中止した。
俺の中の危機管理システムが「ええ加減にしときなはれ」と警告を出す。
順調に走るバスは俺たちを乗せて、もう見慣れた氷野さんのマンションが見える最寄りの停留所まで安全運転。
降車した俺を待ち受けていたものは。
「兄さまー! 待ってたのですー!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 心菜ちゃはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
天使であった。
そうか、ここが天界か。
「ったく、この男は……。大声出すんじゃないわよ。恥ずかしいでしょ!」
「おっと、これは俺としたことが。ごめんよ、心菜ちゃん」
「兄さまと姉さま、遅いのですー!」
よもや、心菜ちゃんに待ちぼうけをさせていたとは。
どうやって罪を償おうか。
片腕で足りるだろうか。いや、この際、両腕でも良い。
「ごめんよ、心菜ちゃん。早速おうちに行こうか! 寒いもんな!」
「姉さまー?」
「ここで良いのよ! ほら、そこの広場にベンチがあるから! 座りましょ!」
今日も2月らしい気候で、日も傾いて来たためかなり冷える。
氷野さんたちの体を冷やす訳にはいかない。
「じゃあ、とりあえず飲み物買おう! 温かいヤツ! 心菜ちゃんはココアが良いかな? 氷野さん何にする? ああ、紅茶好きだったよね。それで良い?」
「……はあ。ホントに、あんたって男は、いつでも自分を後回しにするわよね。なんで飲み物2つしか買わないのよ」
言われてみれば、おっしゃる通り。
「これは俺としたことが。ついつい、うっかりしてたよ。抜けてんなぁ。はは!」
「もっと自分も大事にしなさいよね」
「あははっ! 兄さま、優しいのですー!」
そして飲み物片手に、ベンチへ着席。
すると、電光石火の展開が俺を待ち受けていた。
「兄さまー! はっぴぃばれんたいん、なのです!!」
「こ、こここここ、心菜ちゃん!? 俺に、くれるのかい?」
「はいなのです! 美空ちゃんと一緒に、今日学校で作ったのです!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ありがとう! て、手作りなのか!! いやぁ、これは参ったなぁ! でゅふ、でゅふふふ!」
「うわぁ、キモい……。あんた、欲望は後回しにできないの?」
「これはまたしても俺としたことが。心がぴょんぴょんしてしまった。心菜ちゃん、ありがとう! 神棚に飾るね!」
「食べなさいよ!」
すると心菜ちゃん、「美空ちゃんがおうちで待ってるから、先に行ってるのですー」と、駆けて行ってしまった。
ははあ、恥ずかしがり屋さんだもんなぁ、心菜ちゃんは。
そして残された俺と氷野さん。
「……公平さ、聞いたわよ? 今日、チョコたくさん貰ったんですって?」
「おう。なぜそのことを!?」
「松井とか、あと堀さんとか。色々と耳に入って来たのよ」
「これはお恥ずかしい。いやぁ、みんな、多分貧相な俺に情けをかけてくれたんだよ。優しいよなぁ」
そんな俺を見て、ため息をつく氷野さん。
「公平ってホント、バカね。みんな、あんたの事が好きなのよ。恋愛感情とか抜きにして、人間としてのあんたが」
「えっ、マジで? 俺、そんな人格者にレベルアップしてた!?」
「ふふっ、バーカ。あんたは会った時から、ひとつも変わってなんかないわよ」
「なんだ。やっぱりそうか」
「周りがあんたに感化されて、変わっちゃうのよね。ホント、変な男。私、男なんて大嫌いだったのにさ。いつの間にか、私まで……」
「おう。確かに氷野さん、変わったよね。優しくなった」
「だから、それはあんたのせいなの! もう! ほら、これ! あげるわよ!!」
それは、リボンの巻かれた赤い箱。
さすがに今日の流れを振り返れば、これが何かくらいは分かるとも。
「まさか氷野さんからチョコが貰えるとはなぁー! ありがとう!」
「ほ、ホントにそうよ! 私が公平にチョコあげるなんて……! こ、これは、一時の気の迷いなんだから! 勘違いして、本命だとか思うんじゃないわよ!!」
「そんな大それたことは思わな、あれ!? 氷野さん!? ちょっと!?」
ツカツカと早足でマンションに向かって歩き出す彼女。
最後に振り返って、いつものぶっきらぼうな口調でこう言った。
「ら、来年は、手作り……用意してやっても良いわよ! バカ平!!」
彼女なりの親愛の言葉を受け取ったからには、投げ返さなければ。
大急ぎで氷野さんに追いつき、俺は逆チョコ。
もちろん、心菜ちゃんと美空ちゃんの分も合わせて。
「じゃあ、今年は俺の手作りって事で! 来年、楽しみにしてる!」
「……バカ。真に受けるんじゃないわよ。……気が向いたらね」
すっかり日は沈んだが、不思議と寒さを感じなくなっていたのは何故だろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます