第451話 公平と止まぬチョコの嵐

 昼休みになり、俺は生徒会室へ。

 理由を言わなければならないのだろうか。


 なんかカップルが教室で大量発生してたから。


 もっと決定的な理由があるだろうって?

 あるけどさ、それ、ここだけの話にしてくれる?



 堀さんが俺の席で隣の高橋と楽しそうに飯食ってたからだよ!!



 「ちょいとお嬢さん、俺の席からおどきなさいよ」とか言えってか!?

 ゴッ! ってされるわ! 分かってて言うんじゃないよ、ヘイ、ゴッド!!


 もうこれ以上ゴッ! ってされたら、俺の肩が外れちゃう。

 俺は生徒会室で静かに昼飯を食べるのだ。

 購買部でパンも買って来たし、飲み物も紅茶花伝をゲット済み。


 昼休みが終わるまではここでゆっくりしておくに限る。



 サンドイッチのハムがものすごく薄い事に腹を立てていると、誰かがドアをノックする。

 毬萌か花梨か、鬼瓦くんか。

 いや、あの3人ならわざわざノックなんてしないのでは。


「へーい。どうぞー。開いてますよー」


 とりあえず、俺はここに居るぞとお返事。


「桐島先輩。生徒会室にいらっしゃったんですね。お会いできて良かったです」

「おう。小深田こぶかたさん。俺に何か用事だった?」


「もう、今日が何の日か知っててそういう事を言うんですか? 先輩って、意外とイジワルですね。ふふっ」

「ん? んん? もしかして!?」


「はい。チョコレートを作って来ました。もしよろしければ、受け取って下さい」

「マジか。ありがとう! テニス部のヒロインからチョコ貰えるなんて、こいつぁ光栄だなぁ! 嬉しいよ!!」


「先輩、振った相手にそんな風に言うのは、ルール違反ですよ?」

「あ、ごめんなさい」


 何も考えずに感想を述べてしまった俺のすっとこどっこい。

 そりゃそうだ。彼女の言い分が正しい。


「ふふっ、冗談です! イジワルの仕返しをしてみました」

「おお、勘弁してくれよ。肝が冷えたぜ。ああ、そう言えば、告白してくれた彼とはどうなった?」

「お友達として、お互いを知ろうと言うことになりました」

「そっか。じゃあ、前向きな感じなんだ?」


「そう、ですね。一応、この後、その彼にもチョコレートを渡しに行きます。でも、お友達としてのチョコですけど」

「どんなチョコでも、男ってのは貰えると嬉しいもんだよ」


 実際俺は嬉しい。

 どんな形であれ、自分の事を嫌いじゃない人がいるって証明は、なんだか誇らしくもある。


「先輩にはお世話になったので、その感謝の気持ちと、あとは」

「おう?」


「やっぱり好きですから、先輩の事。愛情も少しだけ入れておきました。先輩が失恋したら教えてくださいね。私、頑張っちゃうかもしれません」


「小深田さんも人が悪ぃなぁ。終わった恋より、今の恋を大事にした方が良いって分かってるだろ? 君は頭も良いんだし」

「はい。今は、先輩の言う通りだと思います。それじゃあ、失礼します!」

「おう、待った! これ、俺からお返しな。口に合えば良いが」

「…………。やっぱり、先輩って優しいですね。大事に食べます! では!」


 またチョコが増えてしまった。

 いや、でも、まあ、さすがにこの辺りが頭打ちだろう。

 凄まじい戦果。良くやったよ、俺。


 しかし、まだ勢いは止まらないのだから、もう頭がバグりそう。



「失礼するぞ! ああ、桐島くん! やはりここに居たか! 教室を覗いたのだが姿が見えなかったものでな!」

「あ、天海先輩!? あれ!? 今って三年生、自由登校ですよね!? と言うか、教室に行かれたんですか!? す、すみません!!」


 何と言う失礼を。

 いや、待て、前生徒会長がおいでなさったら、とりあえずお茶をお出しせねば。

 慌てて立ちあがる俺を、彼女は手で制す。


「いやいや、お気遣いは結構! 実はこの後、すぐに土井くんのところへ行かなければならないのでな! ゆっくりする時間はないのだ!」

「そうでしたか。もうすぐ卒業ですもんね」


 天海先輩は、いつものように堂々とした態度で、鞄から包みを取り出した。

 これはもしかして……。

 いや、もう今日の流れからして間違いないだろう。


「これは、私と土井くんからだ! 君には色々と世話になった! あまり大仰おおぎょうだと君に恐縮されるだろうし、バレンタインデーはちょうど良いかと思ってな!」


 天海先輩のチョコレートは巨大なハート型。

 うっかり勘違いしてしまいそうな手作りチョコだが、そこは完璧主義の彼女であるからして、手抜かりはない。


 大きくホワイトチョコで『感謝』と書いてある。


「ありがとうございます! 先輩に認めてもらえたみたいで、嬉しいっす!」

「はっはっは! 何を言うんだ! 私も土井くんも、君の事は最初から認めているよ! 1年の頃に神野くんの手助けをしていた時分じぶんからな!!」


 何と言う身に余るお言葉だろう。

 俺は、返礼品の逆チョコを差し上げて、もう一度頭を下げた。


「先輩方が卒業されると、寂しくなりますね」

「それは私たちも同じだよ! もっとこうして、君たち当代生徒会と過ごしていたい! だが、卒業しても再会はできるし、絶対に1度は顔を合わせるだろう!」

「おう。と、言いますと?」


「私と土井くんの結婚式だよ! もちろん、来てくれるのだろう?」


 少し照れくさそうに、だけども威風堂々と。

 天海先輩の未来の空は、きっとどこまでも晴れ渡っているだろう。


 「ぜひ招待して下さい」と言うと、「では、また会おう!」と天海先輩は、俺の渡したチョコのお礼を告げて去って行った。

 これはまた、特別なチョコレートを頂いてしまった。



 そして放課後にかけて、休み時間の度に俺を困惑させるバレンタインデー。


 同じクラスの女子がチョコをくれたかと思うと、机の中にいつの間にかチョコが入っており、顔も知らない下級生からチョコを貰った時にはさすがに面食らった。


 前世で積んだ徳を、俺は今日1日で使い果たすのではないか。


 そして帰りのホームルームを終えて、俺は再び生徒会室へ。

 毬萌と花梨はお休みである。

 事前に今日の分の仕事を済ませてある周到ぶり。


 なんでも、準備があるんだそうな。


 いくら鈍感な俺でも、何の準備かくらいは見当がつく。

 そのうち然るべきタイミングで連絡が来るだろう。


「桐島先輩。もういらっしゃいましたか。どうでした、バレンタインデーは」

「鬼瓦くん……。君ってヤツは、預言者の素質も持っていたのか」

「先輩、それは違います。僕にできるのは計算だけです。これまでの先輩の行いを元に、普通の計算をした結果を先にお伝えしたのです」


「お、鬼瓦きゅん!!」


「そうでした、真奈さんを呼んでも構いませんか?」

「おう。それを止める必要性を探すのには、骨が折れそうだ」

「そう言って頂けると思って、実はもうドアの外で待ってもらっていました」

「マジかよ。寒いだろ。早く入れてあげて!」


 そして登場、勅使河原さん。

 最近「勅使河原さん」って呼ぼうと思って「鬼瓦さん」って呼びそうになる事があるんだけども、これは俺のせいではないと思う。


「桐島、先輩! これ、私から、です!」

「おいおい、サプライズかよ! 2人とも、人が悪ぃなぁ!」

「桐島先輩の事を大切にしたわせて頂いている後輩が、ここにもいるのです」


 まるで売り物のような勅使河原さんのチョコレート。

 これは俺が逆チョコするのが恥ずかしくなるレベル。


「ごめんな、俺のチョコ、これしかなくて。ネタバレしてるし、恥ずかしいなぁ。受け取ってくれるかい?」

「良いのですか? 数が足りなくなったりしませんか?」

「足りなくなったら後日またリトルラビットで補充させてもらうよ。君らに感謝の逆チョコをここでしない俺は、理想の先輩じゃないだろう?」



「ゔぁあぁぁあぁっ! ぎりじばぜんばぁぁぁぁぁぁい!!」

「うふふふ! 天井が近いや!!」



「ヤメて下さい。大きな声が廊下まで響くじゃないですか。ホントにヤメてもらえます? 常識的に考えたら分かりますよね?」

「すみませんでした」


 キレ河原さんにしっかりとキレられて、俺たちの抱擁は終わる。

 その後、鬼瓦くんと2人でお仕事。


 聞いてくれる? 今日俺が貰ったチョコの数。


 13個。嘘みたいだけど、これね、本当の話なんだよ。


 なんで舌打ちするの? ヘイ、ゴッド?

 たまには良いじゃないか、俺が報われるパターンがあったって。



 そして、日暮れと共に、バレンタインデーは加速する。

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