第449話 チョコレートを作ろう!

 さて、逆チョコ大作戦を打って出る事に決まった、桐島・鬼瓦連合軍。

 あと6日もあるんだから余裕だろうとたかをくくっていたのだが。


 全然余裕じゃないのである。


 まず、サプライズと言う性質上、女子たちに気付かれては台無しなのは当然。

 つまり、作戦会議も内密に行わなければいけないのだが、学園生活でそれは至難の業であると思い知る。


 トイレくらいでしか鬼瓦くんと二人きりで話せない。


 しかも、1回ならまあ目立たないが、日に3回も4回も一緒にお花を摘みに出かけていたら、怪しさが匂い立つ。

 お前ら、花束でも作るつもりなのですか、と。


 最悪よからぬ噂まで立つ。


 サプライズを試みて、てめぇに良くないサプライズが起きるなんて。

 そんな切ない未来は誰も望んじゃいない。


 え? 見たい? ゴッドさ、ちょっと実家に帰省しててくれる?

 そんで、代わりにヴァレンティヌスさん呼んで来て。

 そうそう、バレンタインデーに縁のあるキリスト教のなんか偉い人。


 とにかく、こうなると作戦会議も下校したのち、夜になるのだが、バレンタインデーまで残り5日の段階で、既に雲行きが怪しくなり始めていた。



「えっ!? ちょっと待ってよ、鬼瓦くん。チョコレートが一袋なに6個ってのは分かった。それを、10袋も作んなきゃいけねぇの!?」


 俺は彼に抗議した。

 それはいくらなんでも準備が過剰じゃありませんか、と。

 俺、巨人の星は知らないけど、巨人の星のクリスマス回は知ってるんだ。


 知らない人がいたら、ぜひ確認して欲しい。

 過剰な準備が空振りに終わった時の心を刺すような虚しさを。


 しかし、電話の向こうの鬼瓦くんは穏やかに俺を諭す。


『桐島先輩。こんな事言いたくないのですが、僕しか言う人間がいないので言いますね。……正直、10袋じゃ心許こころもとないです』

「ははは! いくらなんでも、そいつぁ担がれないぜ? だって、俺だよ?」


『先輩。謙虚と言うのは美徳ですが、それも過ぎれば愚か者と変わりません。お願いです。僕に言葉のピストルを抜かせないで下さい』



 なんか鬼瓦くんが『24』みたいな事言いだした。



「お、おう。そんじゃ、鬼瓦くん。君の意見を聞こう。俺はどれくらいチョコを用意すりゃ良いのかね?」

『少なく見積もっても、15……。安心するには20は欲しいです』


 俺はいつからプレイボーイになったのか。


「鬼瓦くんが俺の事を好いてくれるのは嬉しいが、マジでそりゃあ過剰も過剰、日本語がおかしくなるけど、過剰が過ぎるってもんだぜ?」

『では、こうしましょう。もしも作ったチョコが無駄になったら、先輩には僕の筋肉を差し上げます』



 どういうことなの?



「お、おう。そうか。分かったよ」


 自分でも何を納得したのかは判然としなかったが、鬼瓦くんが筋肉を賭けるとは、これはよほどの事である。

 野球選手が利き手の指を賭けてギャンブルするようなものである。


 もはや、納得するしかなかった。



 翌日から、早速チョコを作る運びとなった。

 まずは毬萌を家に送り届けにゃならん。

 こればっかりは誰に代わってもらう訳にもいかない、俺の使命だから。


「コウちゃん、コウちゃん! 見てーっ! にゃんこがいるーっ!!」

「おっ、マジじゃねぇか! よし、撫でよう!」

「えーっ? ヤメときなよぉー。コウちゃん、引っ掛かれるよー?」

「大丈夫だ。こいつ、たまに見かけるんだよ。首輪してるし、どっかの飼い猫だと思う。つまり、人に慣れてんだ」


 その証拠に、俺がしゃがんでやると、猫は「にゃーん」と鳴いて、膝の頭にすり寄って来る。

 ふふふ、これは甘えている仕草なのだよ、毬萌くん。

 お前はネコミミを装備すると実に可愛いのに、猫の生態については詳しくないようだな。


 やれやれ。困ったものだ。


「よーしよし。お前、どこの子だ? おー。お腹出してひっくり返ったぞ! 見てみろ、毬萌!」

「おおーっ! コウちゃんがにゃんこを手なずけたっ! すごい!」

「ふっ。もっと褒めると良い。なんだ、お腹撫でて欲しいのか? よーしよしよしよしよあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ」


 ちなみに、猫はお腹をモフり散らかすと、気まぐれに噛みついてきます。

 中にはガチ噛みする子もいるので、慣れないにゃんこを撫で散らかす時には、覚悟を持って臨みましょう。


 撫でなければ良い?


 猫を前にしてそんな残酷な事を強いられるとは思わなかった。

 猫がいたら撫でるでしょうよ。正気なの? ヘイ、ゴッド。


「送ってくれてありがとー! また明日ね、コウちゃん!」

「おう! 今日も冷えるから、暖かくするんだぞ」


 こうしてミッションを終えた俺は、自転車に飛び乗り、リトルラビットへ。

 もちろん、制服は着替えた。

 猫の毛が付いているだろうから、当然の配慮である。


 洋菓子店に動物の毛を持ち込んだら大事だよ。

 天空破岩拳てんくうはがんけんで粉々にされても文句は言えない。

 そもそも粉々になっているのでやっぱり文句は言えない。



「こんばんはー。鬼瓦くん、今お暇ですか?」

 到着時刻は午後6時半。

 リトルラビットは今日も繁盛していたらしく、陳列棚にお菓子の姿は既にほとんどなかった。


「ぶるぅあぁぁあぁあぁっ!! 武三ぅぅぅぅっ! 桐島くぅんがぁ、来ぃてぇ、くれたぁよぉう! チョコレイトを作るぅんだろぉう?」

「ゔぁああぁぁあぁぁっ!! 父さん、そんな大きな声で言わないでよ! これはサプライズなんだよ! ゔぁああぁぁあぁっ!!」

「ぶるぅああぁぁぁああぁっ!! これは父さん、やっちまぁったねぇい!」


 鬼と鬼の咆哮の共鳴。

 空気が振動している。


「騒がしくてごめんなさいね、桐島くん。今、お赤飯出すわね」

「うっす。お構いなく、お母さん」


 鬼瓦家に来たら、お茶の前にお赤飯が出て来る。

 これはもう、常識のレベルである。

 勅使河原さんと先週この話題で盛り上がったもの。


 ちなみに、彼女はあらかじめ昼ご飯の量を減らしておくらしい。

 デキた妻瓦かのじょさんだよ。


「あ、桐島、先輩! こんばんは。チョコ、ですよね?」


 噂をすれば妻瓦てしがわらさん。

 そして、サプライズが既に漏洩している件。


「ああ、先輩。真奈さんにはお手伝いをお願いしています。なにせ、量が多いですから。安心して下さい、口の堅さは保証します」

「おう。そりゃあ良いんだが。むしろ、鬼瓦くんの逆チョコがバレてる事の方が俺、気になってる」


「真奈さんにはサプライズなんてしませんよ。堂々と渡します。だって、好きだってもうバレてますから。これ以上の秘密はありませんよ。あははは!」

「もう、武三、さん! 恥ずかしい、よ!」



 これはチョコも溶けますわ。



 そして、始まるチョコ作り。

 お品は鬼瓦くんプレゼンツ、簡単なのに見た目は本格的なトリュフチョコ。


 この日はとりあえず、ベーシックな生クリームとココアパウダーで試作品作り。

 もう、リトルラビットの厨房のどこに何があるのか覚えてしまった。

 ついこの間も花梨の誕生ケーキ作ったばかりだし、当然と言えばそうなのだが。


「おっし。こんなもんだろうか」


 1時間半で作成。

 鬼瓦夫妻のジャッジを伺う。


「……はい。とても良くできていますね。さすが桐島先輩」

「と、とっても、美味しいです、よ!」

「2人にそう言われるとものすごく安心するな。しかし、これを120個も作らにゃならんのか……」


「あ、先輩。同じものではなく、6種類のバリエーションを付けましょう」


「えっ」


「わ、私、レシピ、作っておきました! これ、どうぞ!」


「えっ」



 断れる空気じゃないことだけは分かった。



 この日から俺は、夜な夜なリトルラビットに通い、毎日チョコを作り続けた。

 1日1種類では既に間に合わなかったため、相当なピッチで仕上げる。

 しかし、鬼瓦くん、菓子作りに一切の妥協ナシ。


「先輩。もう一度、最初から頑張りましょうか」


 言葉遣いは穏やかでも「てめぇ、何作ってんだ、粉々になるか? おおん?」と言う強い意志が瞳から伝わって来て、俺は毎日必死だった。


 そして、バレンタインデー前日。


「で、できた……。どうにか、20袋。作ったよ、鬼瓦くん」

「やりましたね! やっぱり僕の先輩はすごいや! あははは!!」

「おいおい、よせやい! 天井が近いや! うふふふ!」


「やめて下さい。ほこりが舞うじゃないですか」


 キレ河原さんに一喝されるワンシーンはご愛敬。

 俺と鬼瓦くんは、速やかに土下座をした。

 不死鳥土下座と鬼神土下座、夢の共演である。


「しかし、マジで無駄にならんと良いのだがなぁ……」


「それは絶対にありませんので、ご安心を」

「はい。桐島、先輩、明日は、きっと大忙し、ですよ!」



 ここまでやったからには、結果がどうあれ文句はないさ。


 バレンタインデー。来るなら来やがれ。

 こっちは準備万端じゃい。

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