第448話 公平と鬼瓦くんの逆チョコ共同戦線

 生徒会の仕事を終えた後、俺と鬼瓦くんで鍵を返しに職員室へ。

 その道すがら、彼が言った。


「桐島先輩。バレンタインが盛り上がりそうですし、僕たちも参加しませんか?」

「おう。そりゃあ良いな。イベント事は大切にしねぇと」

「さすがは僕の先輩です! 二つ返事で快諾して下さるなんて!!」

「よせやい。鬼瓦くんの言う事に反論すると思うか? 俺が」

「ゔぁあぁあぁぁぁっ!! 先輩! ぜんばぁぁぁぁぁい!!!」


 あははは。お空が近いや。

 鬼瓦くんの高い高いはアレだね。

 俺の体と心に優しいアトラクションだね。


「ふう。それでですね、言い出したのは僕なので、一応、案を考えて来たのですが」

 高い高いが終わると、普通のトーンで作戦会議。


「マジでか。聞かせて、聞かせて。多分反対するはずはないと思うから」

「恐縮です。あのですね、これは一種のサプライズなのですが」

「おう。良いじゃない。サプライズ。俺、好きよ」


「逆チョコをしてみると言うのはどうでしょう?」

「逆? どういう事? チョコをカカオに戻すのかな?」



 俺と鬼瓦くんの間には、埋めがたいモテ男要素の差があった。



 職員室にて。


「ああ、逆チョコね。僕が結婚する前、妻と付き合っていた頃にやったよ。懐かしいなぁ。あれって、案外喜ばれるから、する方も嬉しくなるよね」


 浅村先生に「さすがにアラサーはそんなシャレオツな儀式知らんやろ」と聞いてみたところ、模範解答が返って来た。

 何なの? 逆チョコってのは、そんなに一般的な行為なの?


「ちなみに、生活指導の先生的には、バレンタインデーのチョコの持ち込みってどうなんですか?」

 話を逸らして己の無知を隠す戦法に打って出た俺。


「そうだねぇ。一般的な公立の高校だと、やっぱり表向きは禁止するだろうね。まあ、黙認しちゃうけどね、僕の場合は。ははは!」

「あれ? その言い方ですと、まるでうちの学園はオッケーみたいに聞こえますけど?」


「うん。容認しているね。と言うか、むしろ学園長が、ガンガンやって、青春したら良いよ! って言うからね。バレンタインデーは実質フリーパスだよ」

「マジですか。俺、去年も一年生としてかよってたのに、そんな事になってたなんて、知らんかった……」


「まあ、相手がいてこそのバレンタインデーだからね。ははは!」


 今日は傷口に粗塩をすり込んで来るスタイルの浅村先生。

 悪気がないのは分かっていますが、この場合悪気がない方が心にきます。


 そして、鍵を返して挨拶をしたら、生徒会室の前で震えているであろう女子たちの元へと戻るのである。

 ただし、道すがらの時間は有効活用する。


「つまり、あいつらがチョコくれるタイミングで、俺らもチョコ出して、ビックリしただろ!? と、そう言うワケなんだな?」

「はい。そう言うワケです」

「あのさ、根本的な事を聞いても良いかい?」

「はい。もちろんです」


「俺、チョコ貰えるのかな?」



「何言ってるんですか、先輩。さすがの僕でもちょっと引きますよ」



 鬼瓦くんにちょっとどころか、ドン引きされた。

 いや、だって、俺バレンタインデーにチョコ貰ったことないんだもの。

 毬萌? あいつもくれたことないよ。


 自分用にチョコを大量に買って、金使い果たすんだもん。毎年。

 俺にはチロルチョコ一個すらくれない。


「断言しますが、今年の桐島先輩のバレンタインデーは、荒れます」

「えっ!? 荒れるの!? なにそれ、怖い!」

「本命、義理、それらを合わせたら、多分えらい事になると思われます」

「またまたぁー。そんな事ないだろう?」


「僕はたまに、先輩の自己評価の低さに泣きたくなることがあります」

「ヤメてよ。真顔でそんなこと言わんとって」


「もう着いてしまいますね。とにかく、先輩は逆チョコを遂行すべきです。でないと、ホワイトデーにとんでもない目に遭います」


 鬼瓦くんのガチ目の予言は、外れると言う想像さえもさせてくれない真実味があり、俺が覚悟を決めるのに時間はほとんど必要としなかった。


「分かった。鬼瓦くん、俺をチョコレート戦士に育ててくれるか?」

「もちろんです。僕は心を鬼にして、先輩をしごきます」

「えっ。いや、いつものハートフルな感じが良いな?」


「先輩。そんな甘い考えでは、命を落としますよ? 甘いのはチョコレートだけにしておいてください」


 とりあえず、鬼瓦くんの鬼神モードでチョコレート訓練が近いうちに開催される事が決定した。

 でも、そんな事いいながらも彼は優しいんだ。あたい、知ってる!


 そして、女子たちのところへと戻ってきた。

 話はここで一旦終わる。



「寒いねーっ! そだ、みんなで帰りにコンビニ寄ろうよ! 買い食いするのだっ!」

「お前は生徒会長として言っちゃダメな事を平然と言うなぁ」

「それ、とってもステキです! 考えてみたら、帰りにどこかに寄るってこれまでなかったですもんね!」

「花梨まで。やれやれ。生徒の見本にならにゃいかんのに、嘆かわしいなぁ」


「じゃあ、コウちゃん以外で行こーっ!」

「はい! 分かりましたぁ!」


「ちょっと!? 俺も行くよ! なんで思い出のアルバムから俺をハブるの!?」


「皆さんの家の方向を考えると、少し行ったところにあるセブンイレブンが立地的にちょうど良いかと思われます」

「おおーっ! 武三くん、さっすがーっ!! じゃあ、行こ! コウちゃん抜きで!」

「はーい!!」


「ちょっとー? 毬萌さんに花梨さん? 俺も行くよー? ねえー?」


「にははっ、ちょっとイジワルしてみたのだっ! 男女の仲は押し引きが重要なのだよ、コウちゃんっ!」

「ですねー! さっきまで、毬萌先輩と一緒に雑誌を読んでいて学んだんです!」


 とんでもねぇ雑誌だ。

 そんなもの、有害図書だよ。


 そして、みんなでセブンイレブンに到着。

 さっきのイタズラに反撃すべく、俺は妙案を思い付いた。


「おう。みんな! じゃんけんで負けたヤツが肉まん奢るってのはどうだ!?」


「いいね、いいねーっ! やろう、やろう! わたしね、ピザまんとあんまん!」

「負けませんよ! あたしはですね、チーズ肉まんって言うのがいいです!」

「桐島先輩、すみません。僕は肉まんを3つ良いですか?」



 なにゆえこの子たちは既に勝った気でいるのか。



 世の中にはお約束と言うものが存在するが、そんなものが毎回発動していたら、人類は平等の理念に反するじゃないか。

 絶対に勝ってやる。


「じゃあ、いくよーっ! せーの、じゃんけんっ!」


「「「「ぽん!!」」」」



「はい。毬萌がピザまんとあんまんで、花梨はチーズ肉まんね。鬼瓦くんは、肉まんとりあえずあるだけ買ってきた。5個で足りる?」


「わぁーい! コウちゃん、ありがとーっ!!」

「ご馳走になります、せーんぱい!」

「桐島先輩、6個も頂くわけには。1つ差し上げます」


「1個は俺のヤツだよ! ちくしょう、なんで全員グー出すんだよ!!」


「だってぇー。コウちゃん、じゃんけん弱いんだもんっ! 出す前から人差し指と中指がちょっと動いてたからさーっ!」

「あたしは毬萌先輩に教えてもらいましたぁ!」

「僕はその情報が耳に入って来ました」


 なんだか、かなり昔にもじゃんけんで全員に一瞬で負けた記憶がある。

 ちくしょう。じゃんけんなんか大嫌いだ。


「あーむっ! おいひー! ねね、みんなで買い食いするの、美味しいし楽しいね!」

「あたし、初めて下校中にお店で食べ物買いました! コンビニの前で食べるのも初めてです! なんだか、青春って感じで良いですね!」

「ゔぁい! 僕は、皆さんと一緒に行動できるだけで幸せです!!」


 その点に関しては、俺も反論するつもりはない。

 財布は軽くなったけども、思い出はまた一つ増えたワケであるからして、この出費にも意味があるのだ。


「まあ、生徒会の任期もあと少しだし、たまにゃこのくらいの違反行為も良いか。少しくらい悪いことしねぇとな。マジメ一辺倒じゃ色気がねぇし」


「はい! 今のコウちゃんの発言で、全責任はコウちゃんに移譲しましたーっ!! これでバレても怒られるのは副会長さんだけなのだっ!」

「やっぱり公平先輩は頼りになりますね! あはは!」

「ゔぁい!! 僕は一生、桐島先輩に付いていきます!!」



 チョコレートも良いけども、みんなで食う肉まんもなかなか悪くない。


 と言うか、結構、かなり、そこはかとなく上々に。

 格別な味だった。

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