バレンタイン編

第447話 バレンタインデーと言う名の戦争

「ヒュー! グッドモーニングだぜぇー、公平ちゃん! ヒュー!!」

「おう。おはよう、高橋今日もげん……お前、どうしたその頭」

「ヒュー! ちょっとした変化に気付くなんて、意外に目ざといぜぇ、公平ちゃーん! ヒュー!!」

「気付くよ。バカにしてんの?」



 クラスメイトが一晩でリーゼントになってたらな!!



「昨日、近所の理髪店でキメてもらったんだぜぇー! ヒュー!!」

「お前、氷野さんにぶっ飛ばされるぞ? 悪い事言わんから、帰ってワックスで七三分けにしてきなさい」

「ヒュー! 公平ちゃんは安いどら焼きみたいだぜぇー! 甘すぎるってな! ヒュー!! 校則には、リーゼントを禁止する条項はないんだぜぇー?」

「マジで?」


 生徒手帳をパラパラと捲る。

 『度を過ぎた頭髪は禁止する』との文言を発見。


「おい! 余裕で記載されてんじゃねぇか! お前のリーゼントは度を過ぎるって言うか、常軌を逸してんぞ!!」


 しかし、余裕の高橋。

 ヒューヒュー口笛を吹き散らかしている。

 なんだか腹立つな。


「だから公平ちゃんのヘッドはハードなんだぜぇー! その下を読んでくれよ、ヒュー!! おったまげるぜぇー?」

「その下って何も書いちゃあれ!? なんか、小さい字で書いてある!!」


 そこには、『ただしイベントの際は例外とする。弾けちゃいな!』と、むちゃくちゃ目を凝らしたら見えるレベルのフォントで特記事項が書いてあった。



 詐欺師の手口かな?



「イベントって、何のことだよ?」

「ヒュー! そんなの決まってるぜぇー! バレンタインデーだぜぇ?」

「いや、まだ7日じゃん! 来週だぞ!? やっぱお前、ぶっ飛ばされるな」


 ところがどっこい、この日高橋は、氷野さんと廊下で2度エンカウントしたにも関わらず、命を落とすことはなかった。

 どうやら、俺が知らないだけで、学園内はイベント状態に突入しているらしい。



 放課後。

 生徒会室。


「あー、もう! イライラするわねぇ!!」

「氷野さん、落ち着いて。と言うか、イライラするなら風紀委員の男子でも蹴飛ばしたら良いじゃない」

「はあ? 公平、あんたバカなんじゃないの? そんな事したら可哀想じゃない!!」


 氷野さん、すっかり成長して……!!


「おお、おう。氷野さん、見た目は全然変わってねぇのに、春先から考えるとすごい変わったね……。ホント、見た目は全然変わってないのに」

「一応聞くけど、あんた、どこ見てんの?」

「胸」


「ふんっ!」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ」


 素晴らしいローキックが俺の尻を捉えた。

 これで彼女のストレスが発散されるなら、安い犠牲さ。


「そもそも、おかしいのよ! なんでバレンタインデーとホワイトデーの前後1週間だけ、校則が緩くなるのよ!」

「おう。その点に関しては同意しかない。なんでだろうね?」


「コウちゃん、お待たせーっ!」

「そこで毬萌先輩と会いましたぁ! あ、マルさん先輩! お茶淹れます!」


「あら、悪いわね。冴木花梨」

「毬萌さ、どう思う? バレンタインデーの校則緩和について」


 ここは、生徒社会の頂点に立つ者の意見を聞こうじゃないか。

 そして、それをルールにしよう。

 氷野さんも、無言で頷いた。


「んーっ、そだねー。わたしは、たまになら良いと思うな! 期間も決まってるワケだしー! 男の子も気合が入る気持ちも分かるし!」

「そうね! やっぱり、校則でガチガチに拘束した学園生活なんて、息が詰まるものね!! さすが毬萌だわ! 言う事が違うもの!!」


 氷野さんが早々に陥落した。

 高速で。校則と拘束でいんまで踏んで。


「まあ、言う事が分からんでもないが。そんなに良いものかね、バレンタインデーってのは。むしろ、クリスマスとかの方が盛り上がるんじゃ」


 毬萌が「みゃーっ……」とため息をつき、花梨が呆れた顔でお茶を持って来た。


「コウちゃんはコウちゃんなんだよね……。クリスマスはさ、違うんだよっ! バレンタインと! そもそものハードルの高さが違うの!」

「言ってる事がサッパリ分からん」


「公平先輩……。良いですか? クリスマスと言うのは、お誘いをしないと何も発展しません。でも、恥ずかしがり屋な人にはその壁がすごく厚いんです!」

「お、おう」


 熱のこもった花梨。

 そして、バトンは毬萌が引き取る。

 体育祭の時のようにバトントスはもうミスらない。


「バレンタインってさ、チョコを渡すだけで、好きだよっ! って、伝えられるじゃん! だから、男子もオシャレして、チョコを渡しやすくするのは、合理的なんだよ! それに、うちの学園が変わってるのは今さらなのだっ!!」


 やっぱりよく分からん理屈だったが、反論しても勝てる見込みはないと思われ、俺は黙って首を縦に振った。

 なにより、最後に関しては完全に同意できるからである。


 花祭学園に2年も通って、今さら何を言っとるんだ、俺は。

 ほんわかぱっぱとしているのが、もはやうちの校風じゃないか。


「すみません。遅くなりました」

「おう。鬼瓦く、鬼瓦くん!? どうした、その、シャツ!!」


 どうしてビリビリに裂けて胸元があらわになっているの!?


「あ、分かってしまいましたか?」

「分からないと思われているなら、ちょっと心外だなぁ」

「真奈さんがですね、ちょっとオシャレをしたらどうかと言うものですから。少し、ワイルド系を意識してみました」


「ワイルドが過ぎねぇか!? ホストだってそんなに胸元開いてないよ!?」


 鬼瓦くん、右の大胸筋をピクピクと動かす。

 そして鬼神にっこり。


 筋肉で返事するの、ヤメなさいよ。


「ほらね! こうやって、イベントを楽しめるのも、うちの学園の良いところなんだよっ! コウちゃんもお年寄りみたいに若者を邪険にするの、ヤメよ?」

「俺がおかしいみてぇに言うな!! ちくしょう、社会に出て困るのは浮かれてるヤツらだかんな!! ちくしょう!!」


 なんか知らんが、完敗した俺であった。



「それにしても、騒ぐほどのことか? バレンタインデーってのはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 ちょっと今の不意打ちは効いたなぁ。

 氷野さん、ひどいじゃないか。


「ごめんなさい。毬萌がやれって言ったら、私は僧侶でも蹴り飛ばす覚悟を持ってるの。許して、公平」

「毬萌の差し金かよ! 何だってんだ!?」

「コウちゃんがバカだからだよぉー!! もうっ、ホントにコウちゃんは!!」


 なにゆえ俺が怒られているのか。


「公平先輩、あたしも今の発言はちょっと良くなかったと思います」

「僕は桐島先輩の味方です。たとえ、先輩がおかしな妄言を吐いたとしても!!」


 そして仲間がいなかった。


「あのね、コウちゃん。バレンタインデーは乙女にとっての戦争なんだよ! ライバルとしのぎを削り合い、愛と言う名の爆弾に火をつけるのっ!!」

「そうです! 毬萌先輩の言う通りです! 聖戦ですよ、聖戦!!」


「氷野さん?」


「ば、バカ、なに私を見てるのよ!? わ、わわわ、私だって? ええ、そう思ってるし? そりゃあ、校則だって緩くなるわよ?」


 おかしいな、氷野さんが憤慨するところから生徒会室のシーンが始まったはずなのに。

 氷野さんにとって、相変わらず毬萌が法律らしい。

 何と言う独裁者。


「ははあ、戦争ねぇ。分かったよ。覚えとく」

「それで良いのだっ! コウちゃんも少しずつ、レベルアップしていこうね!」

「ちなみに今の公平先輩は、つかまり立ちを覚えた赤ちゃんくらいです!」


「すげぇ危うい時期じゃん! マジか! 分かったよ、俺も真剣に考える!!」


「そ、そそそ、そうよー? 乙女にとって、バンアレン帯は、聖戦なんだからー」

 氷野さんだけは俺寄りな立ち位置を再確認。


 ちなみに、バンアレン帯とは、地球の周囲にあるドーナツ状の放射線帯のことらしい。

 耳慣れない単語だったので、ググってみたらそう書いてあった。


 氷野さん、インテリな誤魔化し方をするなぁ。

 さすがお父さんが大学教授。天文学が専門なんだっけ?


「さて、お喋りはこの辺にして、仕事すんぞ! あと1ヶ月ちょいしかないんだからな! 引継ぎ準備をせにゃあならん!!」

「はーいっ!」


「じゃあ、私も引継ぎの書類書きに戻るわね。お茶、ごちそうさま」

「あ、はい! マルさん先輩も、お疲れ様ですー!」

「桐島先輩。書類に不備があります。ご確認を」



 この時の俺は知らなかった。

 まさか、バレンタイン戦争に、自分が巻き込まれる事になろうとは。

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