第445話 花梨と誕生日の前日

 金曜日の生徒会室。

 節分祭も終わって、通常業務体制に戻った俺たち。

 そこまで仕事もない事であるし、今日はちょいと話題にしなければならない事もある。


「花梨ちゃん! 明日だねっ! お誕生日!!」



 毬萌さん、何でそれを俺より先に言ってしまうん?



「おまっ! 俺が言おうと思ってたのに!!」

「にへへーっ、コウちゃん、好機と言うのはのんびりしていると逃げて行っちゃうものなのです! わたしの勝ちーっ!!」

「ぐぅぅぅっ! 勝負じゃねぇのに、なんだろう、この敗北感は!」


「あはは! お二人とも覚えてくれてたんですね! 嬉しいです!」

「おう、そりゃあな」

「大事な花梨の事なんだから、忘れるワケねぇだろ」


「毬萌さん。さっきから何なの? 俺の役を横取りしたかと思えば、今度はセリフを被せてきおって! ヤメて! 誰のセリフか分かんなくなる!!」


 ちなみに俺のセリフは「おう。そりゃあな」のみです。


「べっつにー。ただ、コウちゃん、わたしの誕生日は特別にお祝いしてくれなかったなぁって思ってさー」


 毬萌の誕生日は12月21日。

 クリスマスが近いため、毎年クリスマスと一緒に祝ってやるのが慣例。


「ちゃんとクリスマスの時に盛大にお祝いしたろ!?」

「ふーんっ! お誕生日もお祝いしてくれなかったコウちゃんなんか知らないっ!」

「あれ買ってやったじゃん! ローソンの高いカップに入ったケーキみたいなヤツ!!」

「コウちゃんの愛情の小ささに愕然としたのだっ!」


 今日は毬萌さんが面倒くさいパターン。

 お前「みゃっ、良いのっ!?」とか言って、アホ毛振り乱しながら食べてたじゃん。


「まあまあ、お二人とも。ところで、公平先輩のお誕生日はいつなんですか?」

「俺? 7月だよ。30日」

「えー! もう過ぎてるじゃないですかぁ! どうして言ってくれないんですか!!」

「えっ? 別に良いかなって。あれ? 言った方が良かった?」


「当然ですよぉ! もしかして、毬萌先輩と二人っきりでお祝いしたんですか!?」

「いや? おめでとーってラインでメッセージ送ってきたな。柴犬のスタンプと一緒に。それだけ」


「花梨ちゃんが知らないところでズルなんてしないよっ!」

「毬萌先輩……っ!」


 なんか、2人が見つめ合って手を取り合っているので、俺はボーイズトークへと移行することにした。


「鬼瓦くんは誕生日ってもう過ぎた?」

「はい。僕は4月2日です」

「マジか! 早いな!! 新年度とほぼ同時に年が増えるじゃん! でも、アレだな。それだとクラスメイトとかにお祝いしてもらえんか」

「良いんですよ。慣れていますから」


「今年の誕生日は、むちゃくちゃ派手に祝おうな!」

「桐島先輩……!! ゔぁあぁぁあぁあぁっ! 僕は、僕は嬉しいです!!」

「はははっ! よせやい、鬼瓦くん!」


 そうして俺は高い高い。

 なんだかこの流れもルーティーン化して来た気がするけど、うふふ、天井が近いや!


「まあ、せっかくなんだし、花梨の誕生日を祝おうぜ?」

「コウちゃん、鈍感なくせに今回は良い事を閃いたね! 偉い、偉い!」

「お前はさっきから何なのさ。帰りにローソンでプレミアムロールケーキ買ってあげるから、機嫌直せよ。2つ買ってやるよ」

「みゃっ!? ホント!? ……別に、怒ってないけど、コウちゃんがそう言うなら、買わせたげる!」


 コンビニスイーツで機嫌が直る安い子で助かる。


「みゃーっ……。なんか失礼な事を想像されている気がするのだっ」

「そんなことより、明日は花梨、暇か? あ、もしかして、パパ上がパーティー開いたりする? だったらそっち優先して貰って良いんだけど」


「えっ!? 何かしてくれるんですかぁ?」

「いや、皆で花梨の誕生日をお祝いできたら良いかなと。まあ、思い付いただけで、何をするとかは全然考えてねぇんだけど」


 すると花梨、グイっと顔を近づけて、興奮気味にこう言った。


「じゃあ、うちでお誕生会するので、皆さんで来てくれますか!?」


 俺たちはもちろん首を縦に振る。

 仮に予定があったとしてもキャンセルする気概である。

 ……ないけれども、予定なんて。


「わぁー! とっても楽しいお誕生日になりそうです! じゃあ、明日! お待ちしてますね!!」


 その後、生徒会の雑事を片づけて、5時に帰宅するまで、花梨の顔はほころんだままであった。



 そして、2時間後。

 晩飯を食ってやって来たのは、リトルラビット。

 またの名を鬼瓦家。


「ごめんな。夜遅くに。あ、お父さんとお母さんも、すみません」

「気にしないで下さい。先輩ならいつでも大歓迎ですよ。ねえ、父さん、母さん」


「あぁたりまぇだぁよぅ! 桐島くぅんは、うちの従業員もぉう、同じだからねぇい! そしてぇ、従業員てぇのは、家族もぉう、同じだからねぇい!!」

「いつも武三がお世話になっているのに、気遣いはなしよ! お腹空いてない? お赤飯炊きましょうか?」


 パパ瓦さんとママ瓦さんの優しさに感謝。

 お赤飯を辞退して、俺は厨房に入った。


「さっき連絡した通りなんだが。俺にケーキなんて作れるだろうか?」

「もちろんです。桐島先輩はお菓子作りの基礎ができていますし、僕も一緒にいますので、分からない事があれば何なりと聞いて下さい」

「すまんなぁ、色々と。そもそも、鬼瓦くんがプレゼントに困っちまうよな」


 鬼瓦くんは、先ほどからカップに何やら液体を注いでいる。


「いえ。僕はこの、アロマキャンドルにしようかと思っていましたから。7層仕立てで、使うにつれて香りが変わるようにしています」


 鬼瓦くんの相変わらずな女子力の高さに脱帽。

 鬼神うっとり。


 そこから、俺とケーキの、甘いものをキノコ汁で洗う闘いが幕を開けた。

 鬼瓦くんによると、だいたい3時間もあればできるらしいが、果たして俺が彼の想定している技量を持ち合わせているのか。

 そこが甚だ疑問である。


「鬼瓦くん。こんな感じでどうだろう?」

「良いですね。スポンジの生地としては、限りなく100点に近いかと」

「おいおい。身内判定で甘くするのはヤメてくれよ。甘いのはケーキだけで頼む」

「実際に素晴らしい出来ですよ。さあ、どんどん工程を進めていきましょう」


 鬼瓦くんの褒めて伸ばすケーキ教室の居心地はバツグンであり、俺が女子だったらば、これはもうトゥンク案件であるかと思われた。

 そりゃあ勅使河原さんも好きになるわい。


「そう言えば、毬萌先輩は何を贈るんですか?」

「ああ、あいつな。なんか、俺にも内緒だとか言って、駅前のショッピングモールに出掛けて行ったよ。女子のやる事はよく分からん」

「そういう時は、黙っておくのが最良かと思います」

「あ、やっぱり? 俺もそう思って、何も言わんかったよ」


 オーブンから、焼けたスポンジを取り出す。

 とりあえず焦げてはいないようで一安心。

 鬼瓦くんに確認してもらったところ、これまた一発OKが出る。

 将来、マジでリトルラビットに就職しようかしら。


「鬼瓦くん、クリームの固さ、こんなもんで……なにそれ、すげぇ」


 そこには、虹色のアロマキャンドルが鎮座していた。

 しかも、綺麗な円錐えんすい形をしており、売り物だってこんなクオリティのものにはなかなかお目に掛かれないだろう。


「ええ。バッチリですよ」

「鬼瓦くんの方がバッチリだよ。何をどうやったらそんな発想ができるんだ」

「ははは、桐島先輩は褒め上手なんですから!」


「違うよ、ガチだよ。あと、ちょっとだけ出来栄えに引いてるよ」


「そうそう、桐島先輩。先輩の持ち込みの品、確認しました。じっくりと砂糖に漬けてあって、クリームとの相性も良さそうだと父も褒めていましたよ」

「何から何まですまんなぁ。今度、店を手伝わせてもらうから」


 そして、フルーツと秘密の隠し味を切り刻んでクリームと混ぜて間に挟んでやったら、残すはデコレーション。

 美術のスキルが低い俺であるからして、もちろん出来栄えはミシュランシステムの査定ならば、ギリギリ一つ星のレベル。


 それでも、一応の完成には辿り着いた。


「やれやれ。やっぱり素人が作ったらこんなもんかね」

「何をおっしゃるんですか! とても上手く出来ていますよ!」

「そうかな? そうあって欲しいけど」


「桐島くぅぅん! 箱はこいつを使うとぉ良いよぉう! リトルラビットの箱じゃあ、サプライズ感がぁ、薄れるかぁらねぇい!」

「ああ、これはどうも。お気遣いいただきありがとうございます」



 こうして、シャレオツな箱にケーキを叩き込んだら準備完了。

 保存もプロにお任せすることにした。

 至れり尽くせり。


 明朝、1度リトルラビットに寄って、冴木邸に突撃である。

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