第444話 男たちの節分大会

 花祭学園・大節分祭。

 名前だけならばなんだか歴史と風格すら感じさせる響き。

 しかし、その実体は。


 代表者を鬼に見立てて、全生徒でスナイプすると言うクソゲー。


 学園長が10年ほど前に思い付きで始めたと、保健室の大下先生が言っていた。

 10年前に戻って、学園長の頭を引っ叩きたい。


「みんな、今日は集まってくれてありがとう」


 俺は、自分のツテを精一杯頼って、本日の鬼役をかき集めていた。

 生徒会役員と各委員会の長が鬼役をする訳であり、ならばなにゆえ鬼役を集める必要があるのか。



 女子にそんな危ない事やらせるワケにゃいかんでしょうが。



 どうするんだ、嫁入り前の娘が生傷でも作ったら。

 氷野さんとか堀さんなら平気?


 そう言う差別はいけない。


 氷野さんだって、乙女! ゴリさんだって、お、乙女!!

 乙女に鬼役なんてさせられない!


 彼女たちには裏方に回ってもらう。

 万が一にも誤射されては敵わないので、用のない時は生徒会室にこもって、約束のネバーランドでも見てもらう事になっている。

 鬼なら真っ先に出て来る鬼滅の刃であるが、約束のネバーランドだって鬼だらけである。


 実写映画のデキはどうなのだろうか。


 ずっと真夜中でいいのに。の主題歌と、渡辺直美の配役だけはガチだったと、ネットの感想をチラ見したのだが。

 漫画の実写版はなかなか原作ファンを納得させられない事が多いので、ひそかに応援している。


 ヘイ、ゴッド。今、ハリウッド版のドラゴンボールの話してないでしょ!?



 さて、俺の呼びかけに応えてくれた、イカしたメンバーを紹介するぜ。

 まずはこの人。呼ぶ呼ばない以前に、同じ生徒会の男子。

 彼が出張らない理由を聞きたい。


「皆さん、僕が精いっぱい囮になりますので、ご安心ください」

 鬼の中の鬼。

 鬼瓦くん。


 そして、彼女のピンチに立ちあがった似非えせアメリカン。

 節分からはほど遠いキャラであるが、その意気や良し。


「ヒュー! ジュエリーに危ないことはさせられねぇぜぇー! 豆鉄砲はピースフルだから安全だぜぇー! 鳩が喰らうくらいだしな! ヒュー!」

 こいつは飛んできた豆を華麗に避けそう。

 高橋。


 こちらも俺の友人枠からの出場。

 情に厚く、頼んだら断らない。最近は出番が少なかったのでちょうど良い。


「まさかオレが運営側に回る日が来るとは。でも、桐島のピンチだって聞いたら放っておけないな。力になれるよう頑張るよ」

 こいつは女子人気が高いので、黄色い悲鳴と乙女の銃弾は任せる。

 茂木。


 「余った豆あげる、好きなだけ食べて良いよ」と言ったらホイホイ乗ってきた男。


「ごっつぁんです! 豆と言うのは、どのタイミングで食べたら良いでごわすか? キャッチしても良いでごわすか? お腹が空いたでごわす」

 機動性に難がありそうなので、的になってくれそう。

 相撲部からやって来た、大結おおむすびくん。


 そして今回の隠し玉。教職員から毎年1人ほど助っ人に来るらしいのだが。

 どうやら学園長に何らかの弱みを握られた模様。


「君たちねぇ、ボクは思うんだけどねぇ。こういう日本の伝統をだねぇ、悪ふざけみたいな企画で汚すのはねぇ、どうかと思うんだよねぇ。ねぇ、桐島くん?」

 こちらは機動性に難がある上に、多くの生徒から無条件で標的にされそう。

 犯行動機は恐らく怨恨えんこん。教頭先生。本名は山崎。どうでも良いか。


 そこに俺を加えた、6人で学園内を駆け回る。

 30分と言う、アニメ1話よりちょっと長い時間だが、その間、常に生徒たちから狙われ続けると言うのは結構ヘビー。


「皆さん、着替えられましたかー?」

「おう、花梨。全員着替えたよ。んじゃ、メイク頼むぜ」


 俺たちは、色違いの全身タイツに身を包んでいる。

 学園長が自費で揃えたらしい。

 さすがはドリフ世代。鬼と言うより雷様である。


「じゃあ、これからわたしたちがお顔を塗りまーす!」

「学園長が言ってたけど、ちょっとくらい涙が流れても落ちない塗料らしいから、あんたたち、めいっぱい泣いて良いわよ!」


 顔面までタイツと同じ色に染めようと言う準備の良さ。

 学園長も参加すれば良いのに。ちくしょうめ。


「コウちゃん、動いたらダメだよー! 目に入っちゃうよ!」

「マジか!? 頼むから慎重に塗ってくれよ!」

「任せてーっ! ぺたぺたーっ!」


「失礼します! 神野先輩、進行表を持ってきました!」

「あーっ! 松井さんだ! ありがとーっ!!」

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁっ!! おま、お前、目に! 目に入ってる!! 塗料どころか、筆がダイレクトに!! 誰かー!! 助けてー!!」


 そんなこんなで、準備中に残機が減ったりもしたが、いよいよ節分祭のスタートである。

 俺たちは、体育館でその時を待つ。


『みなさーん! 今年もこの日がやって来ましたぁ! 節分祭の開始をお知らせします! 6人の勇気ある鬼が立候補してくれましたーっ!!』


「……誰も立候補してねぇんだよなぁ」

「桐島先輩。せんき事です」

「そうね。まさにその一言に尽きる」


『30分だけ、学園の各所に設置してある豆を、鬼にぶつけて厄を祓いましょう! 今年の健康と安全を祈願して、バッチリ楽しい1年のスタートにするのです!』


「ヒュー! この感じ、試合の前みたいでワクワクして来たぜぇー! ヒュー!」

「今年はオレたちカバディ部も飛躍の年にしたいな!」

「もうお腹ペコペコでごわす! 恵方巻は飛んでこないのでごわすか?」

「……ガールズバーがねぇ。あの奢りさえなければねぇ。後悔先に立たずだねぇ」


『それでは、鬼退治の30分、スタートです! 鬼のみんなー、逃げてーっ!!』



「おっし。始まった。とりあえず、バラけようぜ。みんな、健闘を祈る」


 体育館から一目散に逃げ出す鬼たち。

 しかし、一歩足を踏み出せば、そこは戦場。


「痛っ!? ちょ、マジか! おい、2階の渡り廊下からは反則だろ!? いだだだだだっ!! こ、こりゃあ堪らん! ちょまっ、まーっ!!」


 嬉々として投げつけられる豆袋。

 俺は何のためにあんなに努力して豆を袋に詰めたのか。

 その結末が高所からの不意打ちショットだなんて、あんまりじゃないか。


 俺以外の鬼も苦戦しているようで、あっちこっちで声が聞こえる。


「はい、次は右に行きますよ! はい、それでは次、左の方、どうぞ! 良いですね! では、後ろと前から同時にどうぞ! ああ、良いですよー!」


 鬼瓦くん、全方位から豆をぶつけられながら笑顔。

 鬼神にっこり。今はあそこに近づくべきではない。

 愚策も愚策である。


「ヒュー! オレっちを捉えられるのは、愛のある豆だけだぜぇー! ヒュー!!」

「おっ、これは良いトレーニングになるな! どんどん投げてくれ!」


 普通に豆袋のショットガンを回避してトレーニングし始めるカバディコンビ。

 おい、打ち合わせ通りに仕事しろよ。


「ごっつぁんです! ごっつぁんです!! ごっつぁんです!!!」


 大結くんに至っては、普通に豆を浴びながら、浴びるように豆を食ってる。

 いい加減にしろよ。鬼が豆まきの豆食うヤツがあるか。


「いだだだだだだっ! マジか、俺、みんなに結構好かれてると思ってたのに!!」

「おい、副会長だ!」「いたぞ、殺せ!!」「非モテの敵め!!」「囲め、囲め!」



 君たちに俺ぁ何をしたって言うんだね。



 とりあえず、このまま集中砲火をあと25分も浴び続けたら、体に穴が空いてしまう。

 どうにか、対処法を考えなければ。


 そんな俺の前に、よく太ったデコイが現れた。


「き、桐島くん! どうにかしてくれるかねぇ! みんなして、ボクを狙っている気がするんだけどねぇ!!」


 誰かの犠牲の上に存在する安全に価値はあるのだろうか。

 普段の俺ならば、議論の必要すら感じない問いであるが、今は別。


 今は別! 緊急事態!!


「ああ! 教頭先生じゃないですか! えっ!? 教頭先生、鬼役なんですか!? じゃあ、どんなに全力投球で豆ぶつけられても、何も言えないんですね!!!」


 俺のこの日一番を計測した大声が中庭に響いた。


「おい! 教頭がいるぞ!」「殺せ!」「日頃の恨みを晴らすのだ!」「殺せ!!」


「や。やめないか、君たち! か、加減と言うものがあると思うんだがねぇ! ああああっ! ちょっと、ヤメ、ヤメてくれないかねぇ!? き、桐島くん!?」

「すみません、教頭先生。俺は今、鬼なので。血も涙もないのです!」


 そして俺は戦線を離脱。

 そのまま持ち前のステルススキルを発動して、屋上前の踊り場までエスケープ。


 そのままタイムアップと相成った。



 その後、女子たちに猫なで声で労いの言葉を受けた俺たち。


 俺はちょっとだけ節分が嫌いになった。

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