第442話 大寒波と生徒会室と鍋

 暦の上で大寒と言う日がある。

 二十四節季にじゅうしせっきの一つで、すっげぇ寒ぃぞとアピールしてくる日であり、だいたいこの辺りが一年で一番気温が低いとされる。


 その大寒が過ぎて数日。

 大寒波が日本列島に襲来していた。

 話が違うじゃないか。



「みゃーっ……。寒い……コウちゃん、寒いよぉ……」

「これでもエアコン稼働してんだけどなぁ。こいつじゃカバーし切れんか」


 生徒会室のエアコンはもう設置されてから15年は経つらしいでぇベテラン。

 メンテナンスは定期的に行われているので、性能に問題はないが、やはりそこはご老体である。

 ここまで冷えると、暖める力が寒気に負けてくる。


「桐島先輩」

「おう。どうした、鬼瓦くん」

「僕はちょっとお花を摘みに」

「ああ、行って来ると良いよ。ついでに、まだ学園内に残ってる生徒を見かけたら、とっとと帰るように言ってくれる?」

「了解しました」


 現在の気温が既に氷点下であり、お時間まだ5時過ぎ。

 西日本としては異例の寒さ。大盤振る舞いが過ぎる。


 先ほどから、雪が降ったり止んだりを繰り返しており、今夜は積雪が多いところで10センチを超えるとか天気予報師が言っていた。

 このクソ寒い中、屋外の運動部なんかは体調崩しちゃいけないって事で、今日は速やかに皆でお帰りなさいよと学園からも号令が出ている。


「公平先輩、マルさん先輩から連絡来ましたぁー。校内の見回りを松井ちゃんと一緒にするらしいです。それが終わったら、あたしたちと一緒に帰ろうって」

「そうか。とりあえず学園内の生徒が全員帰るまでは我慢だな」

「みゃあぁぁぁぁぁぁ……。寒い……」


 毬萌は寒さに弱い。

 普段の寒いさですら、布団に籠城して、毬萌ロールにトランスフォームして、毎朝俺をてこずらせている。

 さすがに、ここまで寒いと、俺も口には出さないが、震えてしまう。


 どうにかあと1時間くらい耐えてもらうしかない。

 ああ、天候の前にゃ人ってのは無力だよと、何もできない己を嘆いていると、鬼瓦くんが帰って来た。



 デカいストーブを抱えて。



「桐島先輩。浅村先生が、生徒会室の空調じゃ寒いだろうからと、ストーブを貸し出して下さいました」

「マジか! それは嬉しい! 毬萌、これで助かるるぞ!」

「みゃあぁぁぁぁ……。ストーブ、暖かい?」


 いかん。毬萌の語彙が寒さにやられつつある。

 鳴き声の他には、単語しか呟かなくなってきた。

 原始人かな?


「それでは、つけます」


 それから5分後。

 さすがはデカい石油ストーブ。

 エアコンちゃんには悪いが、実力の差は歴然。


「はぁー! 暖まりますねー」

「うんっ! やっぱり寒い時はストーブに限るねぇ! みゃーっ」


 とりあえず、女子2人を優先的にストーブにあたらせる。

 だって、このクソ寒いのにあんなに短いスカート履いてるんだもの。

 そりゃあ、男の俺らよりよっぽど冷えるでしょうよ。


「乾燥するといけねぇから、ヤカンでも乗っけとくか。俺がやるよ。ええと、デカめのヤカンが確か、棚の奥の方に……おう?」

「どうしました? 桐島先輩」

「いや、なんか知らんが、土なべがあった。こっちの棚なんてめったに開けないから気付かんかったが、こんなものが生徒会室にあったとは」


 乾燥は女子にとって大敵であり、男子にとっても大敵である。

 お肌はかさつき、喉がイガイガして、あと空気中のウイルスとかがナニするんだったか。


 よし、鍋に水入れて乗っけとこう。

 こっちの方が早く湿気が充満してくれるだろう。


「桐島先輩」

「おう。湯が沸いたらお茶にしよう」

「いえ。実は今日、調理実習がありまして。偶然、余った野菜とお肉がここにあるのですが。しかもカットされています」



「そんな偶然ってある!?」

「僕も驚いています」



「そういやぁ、餅つき大会で余った餅、冷凍庫に入れてあるな」

「……僕、家庭科室に行って、調味料と食器を借りて来ましょうか?」


 毬萌と花梨が、手や足を精一杯伸ばして暖を取っている。

 ストーブの前はそれなりに暖かくなったが、やはりまだまだ冷える。



 やるか。鍋を。



 俺は鬼瓦くんに諸々の準備を頼み、時を同じくして廊下へ。

 寒さでひるみそうになるのを堪えて、職員室へ向かう。


 浅村先生に「鍋作っても良いっすか?」と聞いたところ、「普段から火の取り扱いには注意しているだろうし、良いよ。僕、まだ学園にいるし」とお言葉を賜る。

 なんとありがたい。


 そして生徒会室に帰還する道すがら、風紀委員コンビと遭遇。


「おう。氷野さん、松井さんも」

「ああ、公平。お疲れ。とりあえず、もう学園内に残ってる生徒、ほぼいないわよ。さっき相撲部を叩き出したから」

「そうか。ところで2人とも、腹減ってない?」


 寒さに耐える女子がここにも2人。

 お誘いしない理由がなかった。



「ただいま戻ったぜー。うおっ、既にいい匂いがするなぁ!」

「みゃーっ! 武三くんがね、すごい手際で作ってくれたのーっ! あとは煮えるのを待つだけだよーっ!!」

「生徒会室でお鍋なんて。なんだかいけない事してるみたいでワクワクします!」


「浅村先生に許可貰って来たから安心しなされ。あと、道すがらゲストも連れて来たぞ。ちょうどタイミング良く出会ってな」


「お邪魔するわ。本来なら、過度な火の使用は制限するところだけど」

「失礼します! 氷野先輩もお腹空いてますもんね!」

「ちょ、松井! 私は別に! 公平がどうしてもって言うから来ただけで!」

「おう。俺の顔に免じて、ここは鍋を楽しんで行ってくれ」


 そして完成。

 鬼瓦風、即席ちゃんこ鍋。お餅入り。


「おお、美味そう! しかし、よくこれだけ食材があったなぁ」

「ええ。僕の班、6人グループだったのですが、風邪が流行っていて、4人欠席だったんです。おかげで持参した食材が余りに余って……」

「おう。そうだったのか。風邪、流行ってるよなぁ」


 俺のクラスでも欠席者が昨日は3人。今日は5人。

 実によろしくない。

 やはり、学園の生徒にはいつでも元気でいて欲しいと思うのが人情。

 そして、それはさて置き。


「よし! 食おうぜ! 俺がよそうから、女子は座ってな!」

「おおーっ! コウちゃんが紳士だ! やさしーっ!!」

「そりゃあ、まあな。そんなに脚出して頑張ってんだから、労ってやりたくもなる」


「あー。公平先輩、今日は視線が下の方を向いてると思ってたら、そーゆうことですかぁー。もぉー。男の人ってまったく、困ったものです」

「やっぱりあんた、私の脚を見てたのね? 舐め回すような視線を感じると思った!」

「桐島先輩、脚がお好きだって噂ですもんね!」


 何故か集中砲火を浴びる俺。

 何かしら、言葉のバズーカ砲で温まりなさいと言う、親切かしら。


 あと松井さん。その噂について、あとでちょっと詳しく。


「みんな、ダメだよっ! コウちゃんにそんな事言ったら!!」

「ま、毬萌……!」



「コウちゃんは脚だけじゃなくて、おっぱいもお尻も好きだよっ!!」

「お前ってヤツは、火に油を注ぐのが上手いなぁ」



 そして、いわれなき迫害を受けながらも、せっせと全員にお椀を行き渡らせた俺。

 誰か褒めておくれ。


「そんじゃ、鬼瓦くんに感謝しつつ、いただこうぜ!」

「「「「いただきまーす!!」」」」


 今日の鬼瓦くんのクラスの調理実習はシチューがお題だったらしく、なるほど、これ程までに鍋に転用できる食材もない。


「んーっ! おいしー!!」

「熱いですー! けど、温まりますねー。あ、松井ちゃん、お箸ありますよ」

「ありがとう、冴木さん! んー、まさか学園でお鍋が食べられるなんて思いませんでしたー。桐島先輩、誘って下さりありがとうございます!」


「いやいや、なんの。当たり前の事をしたまでさ」


「そうよ、松井。あんたも来年度の事を考えたら、生徒会の異常性について学んでおいた方が良いわ。こいつら、予想外の事ばっかりするんだから」

「ひでぇ言い草だ。まあ、来年度はきっと大人しい生徒会になるよ。多分」


「ゔぁあぁぁあっ! お餅のおかわりがいる方は、どうぞ言って下さい! まだかなりありますので!」

「おう。鬼瓦くんも食べなさいよ。餅は俺が見とくから」

「はい。お気遣いありがとうございます」


「コウちゃん!」

「おう? どうした? お餅のおかわりか?」


「んーん。あのね、寒い日も悪くないね! 楽しいっ!!」

「おう」



 その意見に反論するには、余程の屁理屈が必要だと思われ、何より口は鍋を食べるので忙しいため、俺は短く返事をするのであった。

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