第441話 冬の球技大会とかさ、そもそもさ(以下略)

 冬と言うものは生き物の活動が著しく低下する。

 人間に限って言えば、冬場は体の弱い者がいきなり運動をすると危険であるとNHKの番組で言っていた。


 あと、モチベーションの面から見ても冬と言うものは運動が好きではないものにとって意欲の低下がみられる様子。

 NHKの番組で言っていた。


 とりあえず、運動をしたい者はすれば良いと思うし、それを止める気もなければ権限もないのが俺であるが、しかし待って欲しい。

 運動をしろと、杓子定規しゃくしじょうぎに強制するのでは話が変わって来ませんか。


 多様性が認められ、尊重される時代である。

 力と暴力が全ての時代は到来していない。


 つまり、何が言いたいかと言えば。

 随分と回りくどい論調になってしまったが、とどのつまり、アレである。


「コウちゃーん! 次、ソフトボールの試合だよーっ!」

「……行かない」



 このクソ寒い中、球技大会で汗と根性にまみれる必要があるのだろうか。

 いいや、ないね。



「副会長がそんな消極的な事を言ってちゃダメなのだっ!」

「やめて! なんで一回戦で負けねぇの!? 俺、レフトで3回も後逸したじゃん! 俺のおかげで相手チーム、3本もランニングホームラン出たじゃん!!」

「高橋くんと茂木くんのホームランで大逆転だったねーっ!!」


 ちくしょう! あのカバディコンビ!! 余計な事を!!


「じゃあ、俺の代わりに誰か補欠に出てもらってくれ」

「コウちゃん?」

「なんだよ」



「コウちゃんがレギュラーなのに、補欠がいる訳ないじゃん!」

「ああ、そうだな! 俺がレギュラーで出る時点で異常事態だよ!!」



 本来は俺が補欠だったのに。

 山本くんが急に休むから!

 なんか風呂場で滑って、足首を捻挫して腰まで強打したらしい。


 それ、明日じゃダメだったかな?


 山本くんは運動神経バツグンではないが、平均的な男子高校生の運動能力は持ち合わせている。

 俺を見てみよう。


 平均的? それ、カピバラの平均値で良いなら、多分いい勝負するよ?


「ヒュー! 探してもいないと思ったら、こんなところに隠れていやがったぜぇー! 探したぜぇー、バンビちゃん! ヒュー!!」

「桐島。大丈夫だって。今度の試合はきっと上手くいくさ」


「い、嫌だ! 俺ぁもう、衆目の中ではずかしめを受けるのは嫌だ!! あっ、ちょっと待って! お願い、引っ張らんといて! 嫌だ、嫌だぁぁぁぁっ!!」



 そしてソフトボールの2回戦。

 相手は1年3組。

 以前の球技大会でも言及した気がするけども、花祭学園の球技大会は年功序列や忖度そんたくなど一切なしのガチンコ対決。


 この1年3組、1回戦で高校生活最後の球技大会である3年1組を、8対1と言う無慈悲なスコアで下している。

 君たちは、少しくらい忖度しても良いと思う。


「ヒュー! 打たせていくぜぇー! みんな、シクヨロだぜぇー! ヒュー!!」


 ピッチャーは高橋。

 まさかの打たせて取るタイプ。

 バカ、ダメだよ、バカ。三振以外認められねぇんだよ、こっちは。

 だってさ、だってさ!!


「桐島! レフト行ったぞ!」

「ひぃやぁぁぁぁっ! んあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」


「よっしゃ、抜けたー!! 回れ、回れー!!」

「やっぱり三塁線に引っ張れば楽勝だぜ! おっと、ランナーストップ!!」


 シュートの茂木に「ええええん」と全力投球したが、時すでに遅し。

 何ゆえレフト前の浅いゴロヒットで三塁打になるのか。


 その後、どうにか高橋が後続を抑えて、初回は3失点で済んだ。

 え? 抑えられてない?


 三塁線のゴロばっか打たれてこれは、もう完封みたいなものだけど?


 ソフトボールは、守備が終われば攻撃が始まり、攻撃が続けばどんなに逃げようとも打順が回って来る、難儀なスポーツである。

 野球もソフトボールも大好きな俺が、なにゆえそのルールを憎まねばならぬのか。


「コウちゃん! がんばれーっ!! あ、マルちゃんと花梨ちゃん!」

「ちょうど時間が空いたから見に来たわよ。あら、公平が打者なのね。いいタイミングで来ちゃったみたい」

「良かったぁ! 公平先輩の姿は記録に残さなくちゃです!!」


 そして、何故か増えるオーディエンス。

 俺は隅っこで静かに凡退したいのに。


「えぇぇぇぇぇぇん!!!」


「ストライク! バッターアウト!!」


 今のはアレかな? ナックルカーブかな?

 ちょっと球の軌道が読めなかったから、多分魔球の類だと思う。


「ヒュー! 公平ちゃん、しっかりボール見ないとダメだぜぇー! 今の、頭の高さくらいだったぜ? 悪球打ちにもほどがあるぜぇー! ヒュー!!」


 そして高橋、普通にランニングホームラン。


「タカシくん、カッコいいよ!! 頑張ってー!!」

「ヒュー! ジュエリーの声援は、まるでオレっちをマンハッタンの夜景みたいに輝かせるぜぇー! ヒュー!!」


 堀さんの声援に結果で応える高橋。

 ちくしょう。応援の数なら俺の勝ちなのに。


 さらにその後、打線が繋がり、一挙4点を奪取する我がチーム。

 ヤメようよ、そうやってシーソーゲームするの。


 そして2回が最終回。

 まあ、1日に何試合もする訳なので、1試合の時間が1時間と決められている。

 つまり、このように乱打戦になると、イニング数はぐっと圧縮される。


「みんな、レフトにフライを上げたら勝てるんだ! アッパースイングで狙って行こう!」

「おお! 副会長狙いだな!!」


 君たちには、年上を敬うと言う感情はないのか。

 そんなハメ技で勝って嬉しいのか。

 俺は聞きたい。


 成功が全てですか?


「コウちゃん! 行ったよー!!」

「頑張れ、公平! ほら、グローブ出さないとボール取れないでしょ!!」

「公平先輩、もっと前です、前! もっともっと、前ですー!!」


 スイカ割りかな?


 花梨さんが一番建設的な応援をくれたけど、これはね、後逸対策なの。

 前の試合で学んだんだ、俺。

 フライ取りに行くと何故かボールが頭上を越えていくんだよね。


 とりあえず、俺の目算よりもはるかに後ろで捕球するのがベスト。

 これならば、だいたい3塁打で済むから。


「おう? ……あれ?」


 が、その目算すらし損ねたのか、ボールが俺のグローブに「会いたかったよハニー」と言わんばかりの熱烈なダイブ。

 フライアウトが取れちゃったよ。


 グラウンドが割れんばかりの歓声に包まれた。

 一気に見物客が増える。


「おい! 副会長がアウト取ったらしい!」「マジでか!? 戦力外通告じゃなくて!?」

「すげぇ! あの人、すげぇよ!!」「卒業前に良いものが見れたなぁ」


 そして始まる、『キセキ』の大合唱。



 ヤメて下さい。アウト取っても辱められるとか、どういうことなの。



 その後はしっかりと三塁打を量産し、2失点で表が終了。

 得点は4対5で、最終回の裏。

 そして、俺はこの回4人目のバッター。


 3者凡退しねぇかな、と不埒ふらちな事を考える。


 が、ここで1年3組、悪魔的な作戦に打って出た。

 先頭バッターから3人続けてフォアボール。

 つまり、塁が全部埋まって、俺のバッターボックス。



 こいつら、ノーアウトから満塁策取って来やがった!!



 俺でトリプルプレーを取って試合を終える腹積もりらしい。

 なんていやらしい子たち! 試合に勝てば良いなんてのは、プロの事情だ。


 レクリエーション企画の一環である球技大会でイジメはカッコ悪いと思うぞ。


 そっちがその気なら、俺にだって考えがある。

 1球たりともスイングしてやるもんか。

 三振アウトで、一死満塁の恐怖を味わうが良い。


 次は先頭の茂木だから。あいつは打つよ? そんでサヨナラ負けだ。


「コウちゃん! ファイトー! 打ってぇー!! 頑張れ、頑張れーっ!!」

「男見せなさいよ! 公平!!」

「せんぱーい!! きっと打てますよー!! あたし信じてますからー!!」


 ちくしょう。無責任に声援を送り散らかしおってからに。



 三振狙いなんて、できなくなるじゃねぇか。



 そして俺はバットを振った。

 相手チームは俺の凡退に賭けているので、スローボールがど真ん中に来る。

 2球続けてファール。


 やれる、俺でもバットに当たる。

 やれるぞ、俺は!! 見ててくれ、みんな!!



 ——ゴッ!



「……ふっ。どうやら、俺の勝ちのようだ、な……」


 投手の手元が狂って、良い感じのすっぽ抜けたストレートが俺の脇腹に直撃。

 押し出しで同点。


 ちなみにこれが、俺のソフトボール人生で初の打点を記録した瞬間であった。



 その後、試合はサヨナラ勝ちで、3回戦へ。

 土井先輩率いる3年3組にボコられてゲームセット。


 負けてもなお、みんなが健闘を称え合った。

 特に俺の活躍は『桐島冬の陣』として、しばらく語り継がれる事となる。



 もう次の球技大会はずる休みするから。絶対。

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