第440話 鬼瓦くんと鬼の面

「桐島先輩。僕は鬼をヤメようと思います」


 生徒会室に入ってきた俺を見据えて、鬼瓦くんが言った。

 彼の瞳は真剣な炎をたたえており、その発言に対する本気度が見て取れた。



 最近ちょっと働かせ過ぎたんだわ、と思った。



 鬼瓦くん、いつも常識を超えたパワーで生徒会を支える屋台骨だと、俺は散々君を頼って来てしまったが、それは過ちだったのね。

 アイデンティティがおかしくなるまでとは、俺の目は節穴か。


 どうしてもっと早く気付いてあげられなかったのか。


 彼を見ろ。

 何故か木を彫って仮面を作っている。



 重症じゃないか。



 人は誰も心に仮面ペルソナを持っているから?

 だから何!? 放課後の生徒会室で仮面掘ってんだぞ!?

 ゴッドは良いから、精神面に明るい神様紹介して。速やかに。


「鬼瓦くん……。少し休もう? な? 疲れたろう?」

「そうですね。お心遣い、感謝します。実はもう4日ほど同じ作業をしていまして」



「そんなに!?」

「睡眠時間を削って作業しています」



 あかんヤツや。


「うん。ごめんね。気付いてあげられなくて」

「いえ。これは僕の問題ですから」

「そんな寂しい事言うなよ、鬼瓦くん。君の心の問題は、俺にとっても問題さ」

「……桐島先輩。僕、嬉しいです」


 だから、とりあえず心療内科へ行こう。


「それで、どうして仮面なんて掘り始めたの? ああ、いや、良いんだ。別に、言いたくなければ無理には聞かない。というか、やっぱり聞かないでおこう」

「いえ? そんなに複雑な理由はありませんよ。ただ、被ろうと思いまして」



 その『スーパーマリオUSA』に出て来るみたいな仮面を!?



「落ち着こう? 鬼瓦くん? 世の中が嫌になったのかな?」

「はい。毎年、この季節になると、どうしても気持ちが沈んで」


 季節型の鬱病かな?


「そうか。辛かったな。でも、大丈夫。今日からは俺も一緒だ」

「ゔぁぁあぁぁっ! 桐島先輩!!」

「何でも言ってくれ。俺に出来る事はいくらでもするし、俺に出来ない事はすぐに対応して見せる」

「では、早速一つお願いしてもよろしいですか?」


「おうともさ! 何でも言ってごらんよ!」

「ちょっとこの仮面、被ってもらえます?」



 俺を呪うのかな?



 独りで逝くのは嫌だから、俺も道連れにするスタイルなのかな?

 ……いや、何を弱気になっているのだ、桐島公平。

 鬼瓦くんは俺の弟も同じ。

 生まれた日は違えども、死する時は一緒だと誓い合った、桃園の誓い。


 劉備りゅうびも結構ノリノリで誓っていたが、俺だって負けてはいない。


「分かった。被るよ。それで君の気が済むのならば」

「ありがとうございます。では、早速」

「うむ」


 俺は吸血鬼になるのか。俺は人間をヤメるのか。


 静かに鬼瓦くんの手から仮面を受け取り、顔に装着した。

 意外と丁寧な造りで、割と普通に馴染むのが恐怖を助長させる。


「お疲れ様ですー。あ、公平先輩! 鬼瓦くんもいたんですかー。二人で何してるんですか?」

「おう、花梨。お疲れさん」


「ひゃあ!? だ、誰ですか!? 不審者!? 声は公平先輩なのに!!」

「いや、俺だ! 花梨! 俺だって!」


「ち、近づかないでくださいぃ!! ええぇいっ!!」

「しぇあぁぁぁんっ」


 花梨さん、立てかけてあったモップで、俺のみぞおちを綺麗に打ち抜く。

 そして俺は前のめりに倒れ込み、仮面が外れた。


「えっ!? あれ、公平先輩!?」

「お、おう。見事な杖術じょうじゅつだった、ぜ……」


「ゔぁあぁあぁぁぁぁっ!! どうじでごんなごどにぃぃぃぃ!!!」



 それはだいたい君のせいだよ?



「はぁ。要するに、節分の季節になると店番していたら子供が怖がるから、仮面をつけてやり過ごそうと思ったんですか?」

「ゔぁい……」


「それで、公平先輩は、鬼瓦くんが神経衰弱していると思って、言われるがままにされていたと言う事ですね?」

「……おう。面目ねぇ」


「そもそも、こんな仮面付けた方が怖いですよ! バカなんじゃないですか!?」


 芸術分野で花梨に酷評されるとか、これはもうよっぽどである。

 彼女の芸術的センスは独創的を越えて、もはやギャラクシー。

 アナザーディメンション。


「鬼瓦くん。花梨にここまで言われるってのは、よっぽどだぞ」

「はい……。僕がどうかしていました。冴木さんにここまで言われるとは、よっぽどです」


「二人とも、何か言いたい事でも?」


「いえ。ないっす」

「……ゔぁい」


 冷静に考えたら、俺がストップをかけるべきだったのに、ついつい勢いそのままに鬼瓦くんの迷いに乗っかってしまったのが悪い。

 建設的な意見の一つでも出して、彼を救わなければ。


「普通にキャラクターのお面とかどうですか? 縁日で売ってるみたいなヤツです」


 花梨に建設的な意見を速攻でキメられる。

 そして、鬼瓦くん、すぐに鞄をゴソゴソ。取り出したのは、お面。


「実はそちらも考えているのですが。これでどうでしょうか?」

「……おう」


 よりにもよって、忍者ハットリくんのお面である。

 某大ヒット漫画で、その仮面はアレなイメージが付いちゃっているんだよ。



 めちゃくちゃ屈強なに見える。



「んー。なんか怖いですね。不気味です」

「花梨さん、そんなストレートに言わんでも」

「えー。じゃあ、先輩はこの鬼瓦くんからお菓子買いたいですか? 半笑いのハットリくんがちょっとずつ近づいてくるんですよ?」

「……すまん、鬼瓦くん」


「ゔぁあぁぁあぁっ!! やっぱり、僕は節分で毎年一度死ななければならない運命なのです! 今年も近所の子供たちに泣かれます!! ゔぁあぁぁぁぁっ!!」


 君も泣いてるじゃないか。


「困りましたねー。あの、毬萌先輩は? 毬萌先輩だったら、名案を思い付いてくれそうなんですけど」

「毬萌、今日は日直なんだよ。さっきゴミ捨てに行ってたから、今頃はみゃーって言いながら黒板消し叩いてる」


 無理してチョークの粉にまみれていなければ良いが。


「じゃあ、仕方ないので彼女を呼びましょう」

「おう。誰のこと?」



「花梨ちゃん! 武三さんに何かあったって、本当!? 桐島先輩! 武三さんは無事ですか!?」


 ああ、彼女って、代名詞じゃなくて、名詞の方なのね。

 カノジョが来た。鬼瓦くんの彼女が。


「武三さん! ああ、こんなに大胸筋がしょんぼりして!! しっかりして! 今、プロテインバーで応急処置するから!!」


 勅使河原さん、淀みのないモードである。

 この状態の彼女にうかつな事を言うと、大変なことになる。


 よって、俺は速やかに、そして端的に、事情を伝えた。

 だって、さっさと説明を済ませておかないと、何か変なこじれ方をして、俺が怖い目に遭うパターンのヤツだもの、これ。


「なんだ、そう、だったんですか。悩み、教えて欲しかった、のに……」

「ごめんよ、真奈さん。こんな事で悩んでいる事を君に知られると、幻滅されるかと思ってしまったんだ。弱い僕を許しておくれ」

「ううん! そんなこと、ない! 武三さんは、悩みと、向き合ってる、よ!」

「ゔぁあぁあぁぁっ! 真奈さん! 僕は、僕はぁぁぁぁっ!!!」


「おう。元気が出たのは結構だが、結局何の解決にもなってねぇよな?」

「そうですねぇ。あたしも、真奈ちゃん呼んだ後のことは考えてませんでした」


 すると、勅使河原さんが鬼瓦くんの大胸筋にそっと手を添える。

 そして、優しく語り掛けるのだ。


「今年は、ううん、今年から、私が、一緒にお店に、出るよ! 武三さんは、怖くないよって、みんなに説明、するから!! これから、ずっと!」

「真奈さん……。僕は、変われるかな?」


「変わらなくて、良いよ? 武三さんの全部、私は、とっても好き、だから!」

「ゔあぁあぁぁぁっ!! 真奈さん!!」


 そして鬼瓦くんの制服のシャツがビリビリに裂けた。

 上着を脱いでいたのは不幸中の幸い。

 うちの制服、高いんだぞ?



「桐島先輩。ご迷惑と、ご心配をおかけしました。僕、もう大丈夫です。今年の節分から、真奈さんと二人で乗り越えていきます!」

「おう、そいつぁ良かった。力になってやれなくてごめんな?」

「いえ、先輩は僕のために悩んで下さいました! あの、よろしければ、これ」



 そして差し出される、呪いの仮面。



「あ、ありがとう」


 そして鬼瓦夫妻は「少しだけ失礼します」と言って、部屋から出て行った。

 多分、どっかでしっぽりよろしくしてくるのだろう。


「花梨? 俺からひとつプレゼントがあるんだが」

「えー。それはいらないです。あたし、先輩からのプレゼントで初めて全然欲しくないって思いました!」



 これ、うかつに捨てたら祟られたりしないかしら。

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