第439話 氷野さんと家族写真

 氷野さんから連絡があったのは、日曜日の昼前だった。

 「お昼ご飯ご馳走してあげるから、ちょっとうちに来なさいよ」というメッセージを受け取り、「ひゃっほう!」と釣られたのが俺。


 だってうちの昼ご飯、そうめんだったから。


 なにゆえ真冬にそうめんなのかと言えば、戸棚の掃除をしていたら出て来たと言う悲しき我が家のリアル。

 具ナシのそうめんよりも切ない真冬の食卓もないだろう。


 そしてノコノコと氷野マンションに行くと、振袖を着たどえらい美人が立っていて、「ああ、今日はくだんの成人式の日だったか」と納得。

 ペコリと会釈えしゃくして駐輪場に行こうとしたところ、その美人に声を掛けられた。


「あれ? 君が桐島くん?」


 美人に名を呼ばれて嫌な気分になるはずはないけども、美人に名を呼ばれる覚えがない俺は、まず美人局つつもたせを疑った。

 どこかから、怖いお兄さんが出て来るんじゃないのか。

 財布には2000円しか入っていないけれども。


「いかにも、俺は桐島です」


 それでも、挨拶されたら2倍の笑顔で返礼がモットーの俺は、安い表情筋の変化で対応した。

 すると、振袖美人は、にんまりと笑う。


「そっか、そっかー。君が噂の……。へぇー。そっかぁー」


 俺が噂になっているなんて。

 知らない間に俺の首に懸賞金でもかけられたのか。

 そうでなければ、明らかに年上のお姉さんに名前を知られている理由がない。


「ちょっと! 姉さん!! どうして外に出てるのよ!」

「丸子ー。いや、丸子のお気に入りの桐島くんを最初に見たいと思ってさー」

「おう。氷野さん。こんにちは。ご飯は?」


「あらー。丸子ったら、ご飯を口実に彼を呼んだの? あらあらー」

「…………っ!! こ、公平! ちょっと、こっち来て!!」

「おう。そうね、自転車置いてこないといけないね」

「いいから!!」


 そして駐輪場に連行される俺。

 氷野さんにしては珍しく、なんかアワアワしている。


「もしかして、さっきの美人がお姉さん?」

「察しの悪いあんたでも、さすがに分かるわよね……。そうよ、アレが姉さん。そして、あんたを呼んだ理由よ」

「うん? と言うと?」


 少し、というかかなり、決まりの悪そうな表情の氷野さん。

 理由はすぐに分かった。


「心菜が、公平の事を姉さんに話しちゃって……。それで、私に男友達がいるって両親にバレて、ついでに姉さんにも……」

「ああ、そうなの? じゃあ、ご挨拶しないと」

「うちの両親、厳しいって言ったでしょ? その、あんたの事、私の、か、か……」


「カカロット?」

「バカじゃないの!!」


 挨拶代わりの手加減ローキックを尻に頂戴して、彼女は続けた。


「彼氏じゃないかって疑ってるの!! だから、公平! どうにか上手いこと、誤魔化して! 得意でしょ!? 人と接するの!!」

「おう。なんかよく分からんけど、了解したよ」


 先に断っておくと、今回俺は酷い目には遭いません。



「お帰りー。内緒話は終わった?」

「ああ、これは失礼しました。桐島公平と言います」


 氷野さんのお姉さんに、改めてご挨拶。


「やだ、礼儀正しい! 私は氷野美子みこって言うんだよー! みんなにはヒミコって呼ばれてるの。桐島くんもそう呼んで良いよ?」

「うっす。ヒミコ姉さんもスタイル良いですね。着物、よくお似合いで」

「ありがと。でも、ほら、見てー? この辺りがちょっと苦しくてさー。丸子にはない、この辺りが!」


 そう言って、胸を強調するお姉さん。

 強調されると見ざるを得ないのが健全な男子高校生。


「おう。これは、何と言うか、立派なものをお持ちで」

「あはは、正直ー。丸子だけうちの姉妹で控えめなんだよね。桐島くんも物足りないんじゃない?」

「そうですねぇ。正直、少しばかりぁぁぁぁぁぁおうっ」


 氷野さん、無言のミドルキック。


「あらあら。丸子ってお堅いから、普段のお付き合いでも苦労してるんじゃない?」

「昔はそうでしたけど、今はもう、仲良くしてもらってます」

「あの丸子に彼氏がねー。姉さん、感慨深いなぁ」


「ちょっと! 彼氏じゃないって言ってるでしょ! ホントにヤメて! 父さんと母さんに聞かれたら面倒なんだから!!」


「何が面倒なんだね、丸子」

「待たせたわね。準備できたわよ」

「あ、公平兄さまなのですー!!」


 エヴァのいかり指令みたいなおじさんと、氷野さんが年を取ったみたいなおば様と、この世で最高に可愛い心菜ちゃんが登場。


「心菜ちゃん! こんにちは! 寒いのに元気だねぇ!! 今日の服も可愛い!!」


 この場合、年長の方からご挨拶するのが当然のマナーであるが、天使と人間を天秤にかけたらどうだろう。

 天秤の碇指令が乗った側が勢いよくすっ飛んで行った。


「君は?」

「あ、どうも、氷野さん、じゃない、丸子さんにはいつもお世話になっております。桐島公平と申します」

「君がそうか」

「ええ。そうです」


「ち、違うの!! そうじゃないのよ!!」


「桐島くん、違うのか?」

「ええと、多分違わないです」

「そうか」

「はい」


「違うんだってば!!」


「桐島くん、違うの?」

「ああ、お母さん。お初にお目に掛かります。桐島公平と申します」

「丁寧な挨拶ね。……うん。服装もはしゃいでなくて結構だわ」

「あ、分かります? このダウン、とっておきのヤツでして!」


「さ、さあ! 早く写真撮りましょうよ!」


 氷野さんがアタフタしている。

 普段は見られないレア氷野さん。結構可愛い。


「兄さまー! 心菜、今日はゆるふわこーで、なのです!!」

「うん! すっごく可愛い! もう、網膜に焼き付けたいくらい!!」


 ゆるふわコーデが何なのか、多分俺も心菜ちゃんも分かっていないけど、可愛い。


「桐島くんは心菜と仲が良いようだが?」

「ええ、そりゃあもう! 自分の妹のように思ってます! マジで!!」

「もう、そこまで考えているのか?」

「……はい? もうと言うか、会ったその日からずっとそう考えています!」

「そうなのか」


「兄さまは、兄さまなのですー!!」


「桐島くん。丸子の事はどう思っているの?」

「ちょっと、母さん! もうヤメましょ!? 写真撮らなきゃ! ねっ!?」


「丸子さんですか? 不器用で意地っ張りで、だけど誰よりも優しくて、とても素敵な人だと思っています」

「そう。丸子の事をよく知っているのね」

「もう付き合いも結構長いですから!」

「そうなのね」

「そうですね」


「ここここ、公平! ホントに、お願い! もう、ホントに!!」


「ふふふー。ヒミコお姉ちゃんも、公平くんの事を本当に弟のように思うからね!」

「あ、マジですか!? いやぁ、俺、一人っ子なんで嬉しいっす!!」


「姉さん!! 違うって言ってるでしょう!!」


「桐島くん、違うのか?」

「いえ? 多分合ってます」

「そうか」

「はい」


 なんだか、氷野さんファミリーと会話をすればするほど、氷野さんが痩せていっているような気がするのは、重い過ごしだろうか。

 これ以上痩せたら、さすがにまずい。

 主に胸部が。


「……なによ。くっ。なんか失礼な視線を感じるわね。……蹴りたいのに蹴れない!」

「えっ!? 氷野さん、蹴らねぇの!? いつもみたいにガンガンやって良いのに!!」


「桐島くん。いつもはガンガンやっているのかね?」

「はい。そりゃあもう、激しく毎日過ごしております」

「そうか」


「丸子がそこまで心を許すなんて。桐島くん、大したものね」

「うっす。恐縮です! お母さん、氷野さんに似てお綺麗ですね! ああ、すみません、逆だ! 丸子さんがお母さんに似てるんですよね! ははは!」

「桐島くん、ユーモアもあるのね」

「売るほど持ってます!」


「……ああ、どうしてこんな事になるのよ」


 氷野さん、何故か空を眺めて物憂げな表情。

 天気が気になるのかしら。



 その後、氷野さんのお父さんに「娘を今後もよろしく頼む」と言われ、快諾かいだく

 氷野さんのお母さんには「今度は食事でもしましょう」と誘われ、快諾。


 ついでに家族写真のシャッター係に立候補したところ、これまた妙に好評なので、嬉しくなってパシャパシャやっていたら、氷野さんだけが仏頂面。


「氷野さん! 笑って、笑って! いつものステキなスマイルちょうだい!!」

「…………泣きたいわよ」


 こうして、多分俺の役目はしっかりと果たされ、帰路についた。

 後日氷野さんにえらい勢いで蹴られたが、多分彼女なりのありがとうだろう。



 ところで、お昼ご飯をご馳走になり損ねたのだけども。

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