第437話 小深田さんの相談

「桐島先輩」

「おう。鬼瓦くん。今日はちょいと遅かったな。お疲れさん」

「お疲れ様です。すみません、ちょっと頼まれごとをされまして」

「ああ、いやいや。生徒会役員たるもの、頼まれごとは大いに結構! なあ?」


 俺は、元気よくハンコをぺったんやっている毬萌と、パソコンで会報の文章を練っている花梨に同意を求める。


「もちろんだよーっ! 困ってる人の味方がわたしたちだからねっ! 武三くん、グッジョブなのだっ!!」

「そうですね。鬼瓦くんも来年度の生徒会役員候補として、自覚が出て来たのはとっても良い事だと思います!」


「だってさ。そんで、その頼まれごとは解決できたのか?」

「あ、いえ。持ってきました」

「おう。鬼瓦くんの手に余るとは。そいつぁ腕が鳴るな。よし、俺も手を貸そう」


「ああ、いえ。すみません、言葉足らずでした。桐島先輩にお届け物を頼まれたので、持って来たんです」


「そうなの? そりゃまた、手間かけさせちまって申し訳ねぇなぁ。何だろう?」

「こちらになります」


 鬼瓦くんが差し出したのは、封筒だった。

 これまた、たいそう可愛らしい封筒である。

 裏にはハートのシール。


 何やら既視感。


「ちなみに、誰から?」

「一年生の女子です。ほら、先輩に手紙を送るのは2回目だって照れていましたよ、彼女。テニス部の小深田こぶかた絵美さんです」



「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」」



 やっぱり既視感。

 そして生徒会シスターズに詰め寄られる俺。


「コウちゃん、コウちゃん!! コウちゃんがそんな酷い人だったなんて思わなかったよぉ!! 卑劣、卑劣漢だよ!! コウちゃんっ!!」

「あだだだだっ! ちょ、ヤメろ、毬萌! 重い! 俺の上に座るな!」


「公平先輩? それって、小深田さんとまだ繋がってたって事ですか? それとも、キープしてたって事ですかぁ?」

「待て待て! んな事してねぇよ! ちょっと、花梨! 顔が、目が怖いんだけど!!」


「まあまあ、お二人とも。まずは手紙の内容を確認してからにしませんか?」



 お、鬼瓦きゅん!



「そうだぞ! 別に密会しようって話でもねぇんだからな! まったく、お前らは!」

「中を確認して、黒だった場合、続きをやりましょう」



 鬼瓦くん?



「とにかくおどきなさいよ、毬萌!」

「みゃあっ」


 自力で毬萌を俺の上から落とすことに成功。

 ヤダ、今日の俺、ちょっと調子が良いぞ?


「えーと、なになに。………………。ふんふん。………………。なるほど」


「な、なにが書いてあったの!? コウちゃん、教えてっ! 教えてーっ!!」

「そうです! あたし、公平先輩の事、信じてますから!!」


 何と言ったら彼女たちは納得するだろうかと考える事30秒。

 多分、何を言っても無理だろうなと判断するのに30秒。


 俺は無言でドアの付近までスススと移動して、一言だけ残すことにした。


「ちょっと俺、行ってくるわ。しばらくしたら戻るから!」



「凛とした冷たい空気に、風花が美しく輝くこの頃、厳しい寒さの中、ひだまりのような福寿草ふくじゅそうに心温まる季節となりました」


 毬萌の時候の挨拶が聞こえる。


「モルスァ」


 花梨は泡吹いて倒れた。



「ごめんな、鬼瓦くん! あとの事、よろしく!!」


「ゔぁあぁぁあぁあぁっ!! 先輩、そんな!? ぜんばぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!」



 中庭に着くと、小深田さんは既に待っていた。

 彼女の事は毎回待たせてばかりで申し訳ない。


「はあ、はあ、ひぃー。いや、ごめんな! さみぃ中、待たせちまって!!」

「あ、桐島先輩。いえ、来て下さると思っていなかったので! 嬉しいです」

「おいおい、そいつぁ見くびるってもんだぜ? 俺の名前、知ってる?」

「もちろんです。公平ですよね、先輩?」


 そうとも、俺の名前は桐島公平。


「生徒が困ってますって手紙をくれて、それを無視するようなら俺ぁとっくに生徒会なんてヤメちまってるよ」

「でも、気まずくないですか? 自分の振った女子とお話しするの」


「いや、俺ぁ別に。むしろ、小深田さん方が嫌なんじゃねぇかなって思ったよ」

「ふふっ、やっぱり桐島先輩って、優しいですね」

「いや、普通だぞ? おう、今日はジャージなんだな。脚が冷えなくて結構!」



「すみません。ユニフォームじゃなくて。先輩、脚がお好きでしたよね?」

「お、オスキジャナイヨ?」



 彼女の手紙にはこう書いてあった。

『同級生の男子から告白をされてしまいました。お恥ずかしいのですが、どうしたら良いのか分かりません。先輩、助けてくれませんか?』


 そして、ノコノコと助けに来た先輩が俺である。


「そんで、早速本題に入っても良いか?」

「はい、もちろんです。私がお呼びしてしまったので」

「おう、そうだ。これ、ポカリなんだけど良かったら。学食の自販機で買ってきた。ちなみに俺は紅茶花伝」

「わぁ、ありがとうございます。やっぱり、先輩って優しいです」


 2度目のお褒めの言葉をあえて否定する必要もないかと思い、代わりにポカリを手渡す事でお返事とさせてもらう。


「告白されて困ってるって話だったけど? こじれて嫌がらせされてるとかか!?」

「あ、いえ、違うんです。まだお返事をしていなくて」


 とりあえず、荒事にならずに済んで一安心。

 俺のパンチが炸裂する展開は避けたい。大けがをする事になるからな。


 もちろん、俺が。


「ってことは、つまり、告白をどうしたものかって話か」

「はい。あの、私って、まだ先輩の事が好きなんです。それも、割と大好きなんです」

「お、おう。こいつぁ、なんつーか、恐縮です」

「あ、ごめんなさい! なんだか重たい女みたいな事を言ってしまって!」


 俺は首を横に振る。

 ちょっと勢い付け過ぎて、風邪引いたロバみたいになってしまったのはミステイク。


「君みたいな可愛い子にそう言ってもらえるのは、実に光栄だよ。マジで」

「ふふっ、すみません。……それでですね、私、男の人から告白されるのって、実は初めてなんです」


「えっ、マジで!? そりゃあ意外だなぁ! こんなに可愛いのに!!」

「先輩? あんまり可愛いって連呼すると、相手が勘違いしちゃいますよ?」


 そう言えば、花梨にも以前「可愛い」の使い方についてお叱りを受けた記憶がある。

 これは反省。

 小深田さんは続ける。


「それでですね、先輩。新しい人を好きになるには、どうしたら良いのでしょうか? こんな事、先輩に聞いても困らせてしまうだけだとは思ったのですが」

「んー。そうだなぁ。ちなみに、その男子とは知り合い?」

「はい。男子テニス部で、時々お話するくらいの関係です」

「ってことは、別に嫌いって事もねぇんだ?」


 小深田さんは、少し考える。

 そして小さく頷く。


「そう……だと思います。けど、私、好きかって聞かれると困ってしまって。そんな態度で相手とお話しするの、失礼ですよね?」


 今度は俺が少し考えた。

 顎に手を当ててみたりする。探偵気取りである。


「一概にそうとも言えないんじゃねぇかなぁ? だって、話してみたら、意外と気が合うかもしれねぇし。何より、好きな相手と話ができるのって、嬉しいぜ?」

「……あ」


 小深田さんが何かに気付いた模様。

 さして、俺のどの辺りのセリフがそうさせたのかは、実のところ分からない。


「ちょっとだけ分かりました! 私、先輩とお付き合いできないって分かってたのに、お話させてもらって、すごく嬉しかったんです!」


 勢いよく立ち上がって、「あっ」と恥ずかしそうに座り直す小深田さん。

 そして彼女はひとつの答えに到達する。


「私、一度、彼とちゃんとお話してみようと思います。お付き合いがどうこうの前に、それが勇気を出して告白してくれた事に対する、礼儀ですよね?」


「おう。良いと思うぜ?」

「そっか、そうですよね……。うん。先輩に相談して良かったです!」

「また困った事があったら言ってくれ。いつでも駆けつけるからな」


「ふふっ。先輩は先輩で、やっぱり私、大好きですよ! ありがとうござました!」


 そう言って軽くお辞儀をしたら、駆けていく小深田さん。

 彼女の前途が明るい事を祈ってやまないのは、当然の事かと思われた。




「帰ったぞー」


「降雪のみぎり、御地では美しい銀世界が広がっていることと思います」

「毬萌! しっかり! 公平、あんた何したのよ!?」


 氷野さん参戦。


「ファー。ファー」

「花梨、ちゃん! 気を、確かに! 大丈夫、だよ!!」


 勅使河原さんまで。



 この子たちを放っておいてよそで恋愛をすると言う発想が俺にはどうしても湧いてこないのだから、これはもう、困ったものである。

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