第436話 毬萌とドリンクバー
「コウちゃん、早く、早く! はーやーくー!!」
「おう。分かった。分かったから、そんなに引っ張るな」
今日は毬萌の父ちゃんが同僚の結婚式、毬萌の母ちゃんは高校時代の同窓会で、共に遅くなると言う。
そんな訳で「コウちゃん、毬萌の事をよろしくね」とおばさんから頼まれた俺であり、毬萌の家に晩飯を作りにやって来た。
が、アホの子「コウちゃんの焼きそば飽きたーっ!!」と、子供のような事を言う。
「そんなに焼きそばが嫌なら、よその子になりなさい!」と叱ったところ、こんな事を言う。
「じゃあコウちゃんのスマホの動画データ、全部抜くから!!」
「よし、分かった。要求を聞こう」
俺の宝物を池の水みたいに全部抜こうとするんじゃないよ。
そもそも、どうして毬萌にスマホのパスワードを即看破されるのか。
もう20回くらい変えているのに。
そして「たまにはお外でご飯が食べたいな!」と言う毬萌に連れられて、やって来たのは駅前のファミレス。
彼女は基本的に、外食をあまりしない。
その理由が「せっかくお母さんがご飯作ってくれてるのに外で食べたら可哀想だもんっ!」と言う、実に清らかなものなので、口の挟みようがない。
そんな毬萌が、たまには外食をしたいらしい。
仕方がないので、付き合ってやることにした。
今日はおばさんから材料費として1000円貰っているし、足りないところは出してやろう。
やれやれ。俺も甘い。
「いらっしゃいませー! 1名様ですか?」
ウェイトレスのお姉さん、カウントミス。
「ははは! 毬萌、お前見えてねぇみたいだぞ!」
「違うもん! コウちゃんが認識されなかったんだよぉ!」
「言ってろ。すみません、こいつ俺の陰で見えませんでしたよね?」
「……あ。……はい」
なにゆえ目を逸らされるのか、お姉さん。
「ほらーっ! だってコウちゃん、自動ドアも反応しなかったもんっ!!」
「……2人です」
「お、お席へご案内いたしまーす!」
なんだかしょんぼりしていると、耳慣れた声が聞こえて来て、その声は俺の名を呼ぶ。
「桐島先輩! ゔぁあぁあぁぁあぁああぁぁっ! ぜんばぁぁぁぁい!!」
厨房で皿の割れる音も聞こえた。
この声の振動で破壊力を生み出す愛すべき鬼の名を、俺はひとつしか知らない。
「鬼瓦くんじゃねぇか! あれ、勅使河原さんも! 奇遇だなぁ!」
「みゃーっ! 2人でデートだ! 仲が良いねぇー!」
毬萌の言う通り。
2人はデートのようだった。
「あ、いえ、ち、違うんです、よ? 武三さんと、冬の、新作スイーツの、研究に来たんです!」
「昔から、ファミレスのスイーツはチェックしているんですよ。クオリティが高いですからね。洋菓子に応用できるアイデアを閃く事もあります」
「なるほど、恋と仕事を同時にこなすとは。2人とも、やるな!」
「も、もう! 恥ずかしい、です……」
「にははーっ! 真奈ちゃん、お洋服気合入ってるねっ! 可愛いっ!!」
「あのー? お客様?」
これは俺としたことが。
ついつい立ち話をしてしまい、ウェイトレスのお姉さんを困らせてしまった。
「こいつぁ申し訳ない! 毬萌、邪魔しちゃ悪ぃから行くぞ!」
「え、えと、先輩たちさえ、よろしければ、ご一緒に、どうです、か?」
「わぁー! 良いのーっ!?」
「勿論ですよ! 桐島先輩のご都合次第ですが」
そんな風に言って貰えると、断る理由はあろうはずもない。
「すみません。ここで相席にしても良いですか?」
「あ、はい、構いませんよ。それでは、ご注文がお決まりになられましたら、そちらのボタンでお知らせください!」
「うっす。ありがとうございます」
こうして、鬼瓦カップルとテーブルを囲んでの晩飯となったのである。
「毬萌。何食べるんだ?」
「んっとね、むむむー。ハンバーグにする!!」
「あいよー。俺ぁどうすっかな。トンカツ御前にしちまうか! たまには良いもの食わねえとな! 筋肉は食事も大事って武田真治が言ってたし! なあ、鬼瓦くん!」
「え、ええ。……はい」
どうして目を逸らすんだい?
「2人はスイーツ、もう食ったの?」
「ああ、いえ。ドリンクバーだけ頼んで、少し雑談をしていました」
「ほえ? ドリンクバー?」
毬萌は俺の知らない事を何でも知っているが、俺の知っている事を知らないことも多々ある。
そうか、普段ファミレスなんて滅多に来ないから、ドリンクバー初体験なのか。
「あのな、あそこに色々な飲み物があって、定額払ったら好きなだけ飲んでも良いってサービスの事だ」
「えーっ!? そんなのあるの!? コウちゃん、コウちゃん!!」
アホ毛がぴょこぴょこと騒ぎ始めた。
委細承知。まあ、数百円なら安いものか。
ボタンでウェイトレスさんを呼び出して、注文を伝える。
そして振り返ると、毬萌が既にいなかった。
どういうことなの。
「桐島先輩。毬萌先輩なら、真奈さんと一緒にドリンクバーへ駆けて行きました」
「おう。そうだったか。相変わらず、落ち着きがねぇなぁ」
「ふふふ。そんなところもお嫌いではないと知っています」
「よせやい。鬼瓦くん、珍しく色恋ネタでからかって来たな? 勅使河原さんが帰ってきたら、君の好きなとこ10選を聞いても良いんだぞ?」
「ええ。どうぞ、どうぞ! 真奈さんも喜びます!」
「ぐぁぁぁっ。この余裕……! 恋人持ちにしか許されない、覇王色の覇気!!」
鬼瓦くんに懐の深さで完敗していたところ、毬萌が勅使河原さんと戻ってきた。
「いっぱいあって迷っちゃったよーっ!」
「良かったな。で、結局何にしたんだ?」
「ココアーっ!! 寒い日はこれですぞ、コウちゃん?」
「いつもと一緒じゃねぇか。……おう。これは?」
「コウちゃんの分も取ってきてあげたよっ!」
「そうか。ありがとう……。ねえ、なんか中身が淀んでるんだけど?」
「コウちゃんの好きな、コーラとメロンソーダがあったから、混ぜといたっ!!」
部活帰りの中学生みたいな事をしおってからに。
とは言え、一度取ったものは絶対に捨てないのが俺のジャスティス。
まあ、飲めんこともないだろ……う?
「美味い……。コーラの甘さとメロンソーダの酸味が絶妙のバランス!!」
「桐島先輩。その組み合わせ、一部のファンの間では鉄板とされているようです」
情報分析官がスマホで教えてくれる。
「ほへぇ。毬萌、知っててやったの?」
「んーん! おいしーかなって思っただけーっ!!」
あ、天才モードだ。
「ぷはーっ! おかわり行ってくるーっ!!」
「おい、慌てて転ぶなよ」
そして戻って来る毬萌。
今度はグラスとカップを2つ持っている。
「毬萌、先輩! さっき気にしてた、アップルティーです、ね!」
「うんっ! あとね、なんかシャーベットみたいなのもあった! 見て、コウちゃん、メロン味だってー!!」
「やれやれ。生徒会長様がドリンクバーではしゃぎおってからに」
「むーっ! 会長だってドリンクバー見たら心が躍るんだよっ! コウちゃんは、そーゆうところがコウちゃんなんだからっ! ぷはーっ! みゃみゃーっ!!」
今回のミステイクは、ここで俺が毬萌を引き留めなかった点である。
「お待たせいたしましたー。ハンバーグのライス・スープセットと、トンカツ御前でございます! それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませー!!」
おお、来た来た。
トンカツ食うの、いつ振りだろう。
母さんが廃棄になる切れっぱし持って帰ったのは夏だったか。
半年ぶりのトンカツ! しかもちゃんとしたお店の、揚げたての!!
出費は痛いが、それ以上に得るものがある!
「どうした? 毬萌。食え食え! 俺が払ってやるからって遠慮することねぇぞ?」
「コウちゃーん……」
「おう。どうした?」
「お腹いっぱいになったぁー……」
アホか!!
「おまっ、マジか! そりゃそうだよな、何杯飲んだ!? ドリンクバーで!!」
「10までは数えてたんだけどぉー」
「バトル漫画の強敵みたいな事言うな! あーあー、どうすんだよ、ハンバーグ」
「ちょっとだけ食べるー……」
俺の胃袋は完全にトンカツの容量しか空いておらず、結局鬼瓦くんに残った分は食って貰って事なきを得た。
帰り道。
「みゃーっ……。ごめんね、コウちゃん」
アホ毛を萎れさせている毬萌。
やれやれ。すげぇ成長を見せたかと思えば、ダメなところはしっかりダメなまま。
「気にすんな! 別に怒っちゃいねぇよ! 今度また行こうな」
「みゃっ!? やたーっ! コウちゃん、好きーっ!!」
まったく、幼馴染と言うヤツも、そしてドリンクバーの力加減も、なるほど、なかなかに難しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます