第435話 松井さんと服装検査

「あー! 副会長! 副会長先輩! ちょっと待って!!」

「おう? 何だろうか? 俺でお役に立てると良いが」


 昼休み。

 教室棟の1階、一年生の教室のある廊下を歩いていると、見知らぬ女子に声を掛けられた。


 ちなみに、どうしてこんなところを歩いていたのかと言えば、お花を摘みたくなったからである。

 結構な緊急性だったため、最寄りのお花畑に急行した。

 今はその帰り。


「みのりーん!! 見つけたよー!! こっち来てー!!」

「はて。俺の知り合いにそんな名前の人、いたかな?」

「えー? 副会長、一年生の名前も覚えてないんですか? ちょっとショックー」

「こ、これは申し訳ない」


 確かに、彼女の言う通り。

 副会長ともあろう者、学園の生徒の名前くらいは知っておかなければ。


 結構ハードル高くないかって?

 俺にとってはそれなりに高いね。ゴッドの言う通り。

 でも、俺はできないとダメなんだよ。


 だって、毬萌はやってるんだから。


 あいつ、学園の生徒、全員の顔と名前が一致するからね。

 元EXILEのATSUSHIがサングラス取ったら誰か分かんなくなるくせに。

 代わりに俺はATSUSHIがサングラス取っても分かるけども。


 それじゃあいかん。

 もうすぐ任期満了なのに、この体たらく。

 猛省しなければならない。


「はあ、はあ、桐島先輩! 探してたんですよ! 良かったです!」


 やって来たのは、松井さん。


「良かったねー。んじゃ、あたし行くわー。後でね、みのりん」

「あ、うん! ゆーちゃん、どうもありがとう!」


「松井さん、みのりんだったの!?」

「やだ、ヤメてくださいよ、桐島先輩! 恥ずかしいです!」

「みのりんだったの!?」

「ヤメて下さいってば! 私、基本的に名字で呼ばれるんですけど、ゆーちゃん、あ、さっきの子も、名字が松井なんです」


 つまり、松井さんはみのりん。


「ああ、なるほど。可愛い名前だなぁ。そっちで定着させたら良いのに」

「そうですか? でも、やっぱり恥ずかしいです」

「いつか名前を隠さず、堂々と名乗れる日が来ると良いな!」


「あ、いえ、別に隠している訳では」

「漢字はどう書くの? みのりんの漢字!」



「あの、先輩? 私の名前、みのりですよ? 松井みのりです」



「お、おう。知ってたよ? うん。知ってた。ひらがなでみのりちゃんね!」


 だって、仕方がないじゃないか。

 とらドラ!を愛読している俺としては、まず『みのり』かな? とは思ったけども。

 最近は変わった名前の子もいるから。


 このすばも愛読している俺としては、どうしても『みのりん』の線も捨てられなかった。

 紅魔族こうまぞくの可能性だってあったワケだし。


 あと、身近な友人の彼女の名前、ジュエリーだし。


「ところで、俺に何か用だった?」

 我ながら、惚れ惚れする切り返しである。


「あ、そうでした! あの、この後、服装検査があるじゃないですか」

「おう。あるなぁ」

「生徒会の皆さんも、毎回お手伝いしてくれてますよね」

「おう。やってる、やってる。後ろでメモ書いたりしてる」


 服装検査とは、頭髪、および制服に校則違反がないかをチェックする、風紀委員主催の行事である。

 よその学校はどうなってるのか知らんが、うちでは2ヶ月に1度開催される。


「実はですね、今日の服装検査、氷野先輩から一年生を任せると言われてしまいまして……」

「おお! 凄いじゃないか! 氷野さんに認められたってことか!」


 氷野さんは、厳しいところもあるが、能力のある人間はしっかりと抜擢する。

 それは男嫌いがマックスで、触れるもの皆切り裂いていた頃の、残虐で冷酷だったあの頃の氷野さん時代からそうである。


 現に、委員長に近い風紀委員の中にも男子は含まれていた。


 すげぇ嫌そうな顔してたけど。


「じゃあ、頑張らねぇとな! 応援してるぞ!」

「それがですね、そのー。応援よりも、助けて欲しいんです!」

「おう? 俺に出来る事なら何なりと」


「私と一緒に一年生の監督をして下さいませんか!? 氷野先輩には抜擢して頂いたので言い出し辛いですし、他の委員の先輩にも……」

「あー。分かる、分かる。何となく、かどが立つもんなぁ。おっし。俺で良ければ、こき使ってくれ!」


 すると、松井さんの顔がパァッと明るくなった。

 みのりんスマイル。なかなかステキである。

 守ってあげたくなるタイプの笑顔。とってもセクシー。


「良かったですー。実は、冴木さんにお願いしたんですけど。そしたら、公平先輩が頼りになるよってアドバイスしてくれたんです!」

「そうだったのか。いや、なんだか照れくせぇなぁ」

「それじゃあ、お願いします! もう時間ですので、体育館に急ぎましょう!」

「よし来た!」



 体育館では、氷野さんが既に竹刀片手に生徒たちを整列させていた。

 花祭学園方式の服装検査は、生徒が順番に風紀委員の前にやって来て、厳しい目でチェックを受ける。


 合格、注意、監獄行きの3つの判定があり、合格は文字通り。

 注意は、翌週までに指摘された場所を修正して来ればセーフ。


 監獄行きは、風紀委員長が直々に別室で説教をする。

 さらに反省文と、翌日までに改善されなければ奉仕活動と言う、なかなかヘビーなペナルティが待ち構えている。


「あら、松井。へぇー。公平を助っ人にしたのね。考えたじゃない」

「す、すみません! ダメだったでしょうか?」

「いいえ? 私は、松井に一年生を任せるって言ったんだから、その権限でどうしようとあんたの自由よ。むしろ、素直に上級生を頼るところは高得点ね」


「氷野さん、氷野さん! ご指名を受けた俺への特典は!? 得点はいらない!!」

「……ふんっ。結果を出すまでは、これしかあげないわよ」


 手を出せと言われるので、素直に両手を差し出すと。

 コロリと一粒、固形物。



 ブレスケアじゃねぇか……。



「ひ、氷野さん? あの、もしかして、昨日、電話に出られなかった事、怒ってらっしゃる?」

「べっつにー? 全然、全然、全然気にしてないけど!?」

「いや、あまりにも眠くてうたた寝を! 起きたらもう夜の9時だったし!」

「私、9時なら普通に起きてたんですけど。……ん」

「あ、はい」


 両手を広げて、コロリと一粒、固形物。



 ブレスケアだろうと思ったよ……。



 そして、速やかに俺は松井さんと一年生の列の先頭へ移動。

 このままじゃ、学園1の息が綺麗なエノキタケになってしまう。


「それでは、一年生の検査を始めます! 3列に分かれて、順番に前へ進んで下さい!」

「おっしゃ。確認するぞー。髪の色は校則の範疇はんちゅう、長さも問題なし。制服も、おう、良いんじゃねぇか? ほい、次の人!」


 毎回後ろでメモ取ってた経験は伊達じゃない。

 それも、氷野さんの後ろを担当する事が割と多かったのである。

 ならば、服装検査のいろはなど、とうに熟知していなければ嘘である。


「すみません、ちょっとスカート丈が短いです。……あの、折ってるんだったら、今すぐ直して下さい。そしたら今回は合格にしておきます」

「マジ? す、すぐ直すから! ま、待って下さい!」

「……はい。じゃあ、合格です。次からはオマケしませんからね?」

「分かりました! ごめんなさい!!」


 しかし、これは何とも。

 俺の手助けなんて必要なかったみたいじゃないか。


「あ、桐島先輩。やっぱり、今みたいな事って、ダメですよね?」

「まあ、氷野さんルールだとグレー判定だな。ただ、松井さんがちゃんと注意してるし、次にやったらって告知もしたし、何よりあの子、ちゃんと反省してたし」

「えっと、つまり、どういうことでしょう?」


「みのりん方式でも、しっかりと風紀は守れるんじゃねぇかと俺は思った! ただ、厳しくする時はしっかりとな。そこも大事だ」


「……はい! やっぱり、桐島先輩にお願いして良かったです! なんだか、少しだけ自信が出てきました!」

「そりゃ結構! おっし、どんどん捌いて行こうぜ!」


 来年度の風紀委員会は、今年よりも少しマイルドになりそう。

 それでも、生徒に寄り添う松井さんの姿勢は、きっと多くの生徒の賛同を得るだろう。


 あとは、彼女の正義が執行できるよう、同級生や上級生が手を貸してあげたら、それで良い。



「ちょ、おい! ダメだよ、君、ドクロのベルトなんかしてたら! バレねぇうちに、早いとこ隠して! ……あ」


「公平? まさか、違反者の隠匿かしら?」

「……違います。……違いません。……すみません」

「そこのあんた! ドクロのバカ! 後で、生徒指導室ね」


 ただし、まだしばらくは、強力な指導体制は崩れそうもないが。

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