第434話 花梨とコタツ

「コウちゃんっ! 来たよーっ!!」


 本日土曜日。

 絶好の冬ごもり日和。

 俺は朝から飯とトイレ以外はコタツに入ってプライムビデオ。


 なんてステキな過ごし方だろうか。

 正月に割と動いていた分、今の俺には休息が足りない。


 しかも、プライムビデオの見放題が終了する番組のラインナップがヤバい。

 『防振り』『放課後ていぼう日誌』『恋する小惑星』『ゆるキャン△一期』等々。



 えらいこっちゃ。見なくては。



 えっ? それ全部1回見ただろうって?

 むしろ、1回しか見ていないのだけど? と、逆に問いたい。

 1回で満足すると思うのですか? ゴッドはどうかしていると思うの。


 そして、そんな俺の忙しい時間を邪魔するアホの子出現。

 しかし、俺は負けない。


「おう。俺ぁ今日は絶対にどこにも行かんぞ」

「ぶーっ。コウちゃんが引きこもりになったぁー!!」

「言ってろ! 俺は元々インドア派じゃい! 引きこもり最高だ!!」

「まあ、良いけどー。今日はコウちゃんに用があった訳じゃないしっ!」


「なんだ? 漫画か? まあ、好きなだけ読んでくれ。くれぐれも俺の邪魔をせんように注意してくれたまえよ」

「いいもーんっ! わたしたちはわたしたちで、好きにするもーんっ!」

「……たち?」


「公平せんぱーい! 来ちゃいましたぁ!!」



 油断してたら女子が増えおったわ。



「花梨まで!? なに、今日、なんかの日だっけ!?」

「いえいえー。お気になさらずー」


「気になるよ! なんで二人して俺んちに突撃してくんの!? 何されるの!?」


「コウちゃん……。なんだか、ネガティブが進行してるよ? 大丈夫、ここにはコウちゃんをイジメる人なんていないからね?」

「俺を妄想に囚われた人みたいに言うんじゃねぇ!!」


「では、あたしから発表させてもらいます! 実はですね、さっきまで毬萌先輩のお宅にお邪魔していたんですけど」

「そうなのだっ! それでね、花梨ちゃんがね、コタツに入った事ないって言うからさっ!」


「来たのっ!」

「来ちゃいました!」


 なるほど、事情は分かった。

 冴木邸ってむちゃくちゃ洋風建築だもんね。

 確かに、花梨の部屋や寝室にコタツってなんか似合わない気がする。


 そして、俺が現在埋もれているコタツは、元々の持ち主が毬萌。

 そうなると、「ええい、出ていけ!」とも言いにくい。

 仕方がない。おもてなしをするか。


「やれやれ。なんか飲み物と摘まめるものがあるか、台所を捜索してくるよ」


「みゃーっ! コウちゃん、やさしー!!」

「ありがとうございます! 公平先輩!!」


「……良いか? コタツに入って、大人しくしとけよ? 絶対だぞ? 絶対!」



 階段を下りて台所へ行くと、母さんが俺の買っておいた堅あげポテトをむしゃむしゃ食っていた。

 今さらどうこう言っても始まらないし、もう17年も母さんの子供をやっているので、本当に今さらであるが、通過儀礼として言っておかなければならない。


「それ、俺の買ったお菓子だよな?」

「逆にそうじゃない理由が聞きたいねぇ。あとね、母さん、うすしお味よりも、ブラックペッパーの方が好きだよ」


「知ってる。だからうすしお味にしたんだ。食われる確率を下げようと思って」

「あら、嫌だよこの子は。浅知恵ばかり付けちゃって。母さんは、例えうすしお味だろうとも、構わず食べる大らかさを持つ主婦だよ」

「コーラ飲まれてねぇだけ救われたなぁと思うよ」

「あんた! そろそろ色々な数値が気になり始める年頃の母さんに、コーラまで飲めってのかい!? 糖尿病になったらどうするんだい!!」


「健康に気を遣うなら、即刻、俺の堅あげポテトから手を引けよ!!」

「ポテト食ったくらいで病気になるなら、ポテト食わなくても病気になるよ!!」


 今日も母さんは強かった。

 敗北者となった俺は、せめてもの反逆にカルピスを濃いめに作る。

 そして、じゃがりこの生き残りを2つ見つける奇跡を起こし、それらをお盆に載っけて階段を上がる。


「おーい。お待たせ。飲みもんと食い物持って来たぞー」


「わーい! じゃがりこだーっ! おいしーよね! あーむっ!」

「こいつ、いつの間に俺のお盆からじゃがりこだけを!? まあ、いいや。花梨も、こんなしょっぺえもてなししかできねぇが、遠慮なくやってくれ」

「ありがとうございますー! あ、先輩、先輩!」


「おう? どうした?」

「今度、胸もとの空いたメイド服、着てあげますね!!」


 しばしの沈黙。

 唐突にどうしたのだろうと考える事30秒。

 俺の心当たりは、クローゼットの一番上の棚にしかなかった。


「毬萌! お前ぇぇぇ!! 大人しくしとけって言ったろ!? なにしてくれとるんじゃい!! クローゼットは開けちゃダメって言ってるでしょう!?」


「ほえ? 開けてないよー? あーむっ」

「どういうことなの!?


「んっとねー。クローゼットに入ってるコウちゃんの宝物コレクション、メイドさんのヤツが新しく入ったよって話をしてたのー」

「よそのお宅のクローゼットを勝手に開けるなんてダメですよねー?」


「うん。そうね。……毬萌さん? なんで?」


「おばさんが教えてくれたーっ!!」



 俺、女性不審になりそう。

 なんで母さん、俺の秘蔵の宝物の隠し場所と、ニューカマーまで把握してんの?

 もしかして、部屋中に監視カメラついてる?


 ポテチの袋の中に携帯テレビ入れた方が良い?



「まあまあ、コウちゃん、コタツに入りなよーっ! 温かいよー?」

「……おう。なんか、心がすっげぇ冷えたんだわ」

「はぁー! あたし、コタツって初めてでしたけど、こんなに良いものなんですねー!」


「花梨の家って、空調が完璧だから、年中過ごしやすいじゃねぇか。そっちの方が俺ぁよっぽど羨ましいけどなぁ」

「あたしはこうやって、先輩たちと一緒にコタツでお喋りできる方が良いです!」


「そんなもんかねぇ。……しかし、最近2人、仲が良いな? いや、元から良かったけども。お泊まり会したり、今日も花梨が遊びに来てたんだろ?」


 すると、2人は顔を見合わせてにんまり。


「女子には色々あるのだーっ!」

「ですよね! 男の人には分からないんです!」

「みゃっ! あー、コウちゃん、じゃがりこがコタツの中に入ったぁー」

「ったく、そのくらい自分で取りなさいよ。やれやれ。まあ俺が一番布団捲りやすい位置だけども。……よっと」


「花梨ちゃん、気を付けて! コウちゃんがパンツ見るよっ!」

「ひゃっ!? もぉー! 先輩の変態!!」



 じゃがりこ拾えって言ったの、毬萌じゃんよ……。



「何も見えてねぇよ! そもそも、こんな薄暗い中でパンツが見えるか! どうせ見るなら明るいところで見るわい!!」

「………………」

「………………」


 違うの、聞いて?

 今のは言葉の綾ってヤツだよ?


「待ってくれ。違うんだ。誤解だ。俺と君たちとの間に、見解の相違がある」


「コウちゃんもこう見えて男の子だからねー。やらしいよねー。ね、花梨ちゃん?」

「ですねー。公平先輩でも、やっぱりいやらしい事を常に考えてるんですねー」


 2人してジト目でオレの心に穴を空けるのをヤメておくれ。


「……なんか、よく分からないけど、ごめんなさい」

 なんで謝っているのか本当に分からないけども、とりあえずごめんなさい。


「だからね、花梨ちゃん! さっき言ったでしょー? 勝負下着は必要なんだよ!」

「はい! 毬萌先輩の言う通りでした! あたしも毎日気合入れます!」


「……さて、俺は防振りの続きでも見ますかね。あー。メイプル可愛いなー」



 こうして、かしましい乙女2人の声をBGMにしながら部屋でのんびり過ごす土曜日も、実はなかなか悪くない。

 ただ、勝負下着の白熱した議論は、出来たら家に帰ってからしてもらえないだろうか。


 口を挟んでも、黙って聴いていても、どっちにしろ多分俺が怒られるから。



「あーっ! コウちゃんが聞き耳立ててる!! むっつりだーっ! コタツむっつりー!!」

「もぉー。公平先輩は仕方のない先輩ですねー。あはは!」


 コタツは親睦を深めるには持って来いのステキアイテム。

 しかし、欠点もある。


 一度入ったら、なかなか抜け出せない。

 それが例え、ガールズトークに巻き込まれても、である。



 今回こそは、絶対に俺が被害者だと思う。

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