第433話 天海先輩とサプライズ

 三学期が始まって数日。

 この時期になると、三年の先輩方は自由登校になり、学園内が少し寂しくなる。

 とは言え、仕事はしっかり山盛りポテトフライ。

 今日は毬萌が鬼瓦くんを連れて、最近校門の横に違法駐車しているどこかの社用車に文句を言いに行っている。


 危険? ああ、大丈夫、大丈夫。

 鬼瓦くんだけじゃ確かに、彼は気の優しいところがあるから不安だけど。

 氷野さんも付けてあるから。

 鬼に金棒? 違うよ。


 鬼が2人だね。おっちょこちょいめ、ヘイ、ゴッド。

 多分今頃、違法駐車の車がひっくり返ってると思う。物理的な意味で。



 そして、お留守番兼事務仕事なのが、俺と花梨。


「公平先輩! こっちの書類終わりましたー!」

「おう。さすがだなぁ。俺ももう少しで終わるよ。しかし、アレだなぁ。引継ぎ書類って、作るのなんか憂鬱になっちまうな。いや、大事なもんだけども」

「もぉー! 先輩がそんな事言うのは反則ですよぉ。そういうのは、後輩のあたしに言わせてください!」

「ははは、いや、すまん。お詫びにこれが終わったら、ジュース奢ってやるよ!」


「もぉー! またそうやって、子ども扱いするんですから!」

「おう。そんじゃ、ヤメとこう」

「えー!? なんでそんなイジワルするんですかぁー! 飲みますよぉー!」

「たまには俺も小悪魔テイストにしてみた。似合ってたか?」


「ふーんだ。公平先輩はいつもの公平先輩が一番ステキですよーだ!!」


 花梨さん、嫌味を言おうとして普通に俺を褒める。


 そして仕事を片付けて、いざ休憩となったのは15分後。

 校門の方をチラリと見る。

 よし、火柱も煙もまだ上がっていないな!


 そんな折、生徒会室のドアがノックされた。

「おう。お客さんだ」

「あたしが出ます! はーい! あー! お久しぶりですー!!」


「やあ! 忙しかっただろうか!? 急に来てしまって、すまない! 桐島くん、冴木くん!!」


 これは本当に久しぶりのご登場。

 前生徒会長の天海先輩である。


「いえいえ、先輩でしたらいつでも歓迎しますよ。さあ、どうぞ座って下さい」

「あたし、お茶淹れますね!」

「ああ、これは二人とも、すまないな! お茶菓子は結構だぞ! 実は、クッキーを焼いて来たのだ! 良ければ食べてくれ!!」


 そう言って彼女が取り出したのは、見事な星型のクッキー。

 角の色がそれぞれ違う。

 よく見ると、チョコだったり、ジャムだったりでそれぞれが彩られていた。


 相変わらず、何をやらせても見事なご采配。


「そう言えば、合格おめでとうございます。聞きましたよ、志望校の推薦入試の結果。さすがですね、天海先輩」

「はっはっは! なんだ、耳が早いな桐島くん! 私はまだ土井くんにしか言っていないのに! さては、君たち、裏で情報のやり取りをしているな?」


 お察しの通り、餅つき大会の時に土井先輩から聞きました。

 あの方にしては結構なハイテンションで、嬉しそうに話すものだから、俺までなんだか幸せな気分にしてもらったものである。


「お茶が入りましたー。どうぞ」

「ああ! すまない! さあ、冴木くんも座ってくれ! そして、2人とも、良ければクッキーを食べてみてくれないか?」


「そりゃあ、もちろん頂きますよ! 見るからに美味そうですもん!」

「……天海先輩、これってもしかして?」


「んあああ! うめぇ! しっとり系なんすね! あああ、うめぇ!!」


 俺が1人で舌鼓をポンポコ叩いている間に、話がステージアップしていた。

 ひどいじゃないか。俺を置いて行くなんて。


「あ、ああ……。実は、そうなのだ。いやあ、冴木くんの慧眼はごまかせないか! これは参ったな! お恥ずかしい! はっはっは!」

「とってもステキだと思います! 絶対に喜んでもらえますよ!!」


「花梨。花梨さん? 何の話してんの?」


「もぉー。せんぱーい! しっかりして下さいよぉー。これ、土井先輩にお渡しする、プレゼントに決まってるじゃないですか!」

「えっ!? そうなの!?」


「だって、このお星さまとか、アメリカの星条旗をモチーフにしてありますし。そもそも、天海先輩がいらっしやる時点で、ラブの匂いがするじゃないですか!」

「えっ!? そうなの!? マジで!?」


 天海先輩、顔を赤らめる。

 ヤダ、初めて見る表情。


 ちょっと可愛いじゃないですか。


「痛い!? いたたたたたたたっ!? 花梨さん? なんで頬っぺた引っ張るん?」

「よそ様の恋人をいやらしい目で見たからです! はあ……」


 そして、花梨にデカいため息をつかれる。

 のび太の母ちゃんが家計簿つけてる時みたいな、ダウナー系のヤツである。


「実はな、2人に頼みがあるのだ! ……その、土井くんに、さ、サプライズと言うものをしてあげたいの……だが!」

「え? 普通に渡したら良いじゃないですか。それでも普通にビックリしますよ! ねえ、花梨? ……あ、ごめんなさい」


 恋愛番長の花梨さんが、俺を冷たい目で見つめていた。

 何が間違ったのかは分からないが、多分ほとんど間違ったんだと思う。


「桐島くんは知っているだろう? 私たちの馴れ初めを。思えば、卒業して彼とは遠距離恋愛になるものだから、な。一度くらい、彼を驚かせてみたいのだ」


 かつて、一年生の頃の土井先輩は、バラを片手に天海先輩への愛を告白した。

 なるほど、サプライズどころの騒ぎではない。

 俺が女子だったら、その場で気を失っている。


 そして、学園生活が終わる前に、いつも自分を驚かせていた彼氏に、ステキなサプライズをしてあげたい。

 乙女な天海先輩がそこにはいた。


「おっし! 俺たちで良ければ、知恵を絞りますよ! なあ、花梨!」



「あ、先輩は大丈夫です」



 今日の花梨さんは、なんだかアレだね、冷たいね?



「いや、俺だって、頑張ってアイデアを出すよ!」

「先輩が恋愛関係で頑張って結果が出るのって、だいたい1割くらいなんですよね。天海先輩の大事なサプライズなのに、10回中9回失敗するとか、ありえません!」


「……クッキー。美味しい」


 立ち上がった瞬間にやって来た非情な戦力外通告。

 俺がクッキーをぼそぼそ食べている間にも、2人はどんどん計画を詰めていく。


「なっ!? そ、それは、私も恥ずかしいぞ!?」

「天海先輩! こういうのは恥ずかしがったら負けです! 恥ずかしさを愛情でコーティングして、感覚をマヒさせるんです!」

「そ、そう言うものなのか!? 他ならぬ、冴木くんの意見だからな……。そうなのかもれんな! なあ、桐島くん?」


「うっす。クッキー、美味しいっす」


「公平先輩! 出番ですよ!」

「えっ!? マジで!? 俺の活躍する瞬間、あった!?」

「土井先輩を呼び出してください!」


 参謀本部から左遷されたと思ったら、通信兵に配置転換を喰らう。

 はい。今すぐラインします。



 数分後。

「桐島くん、どうしました? また急にお腹が痛くなりましたか? わたくしでお役に立てれば良いのですが」


 土井先輩、生徒会室に颯爽登場。

 俺の連絡イコール急病なのがちょっとだけ心をモニョっとさせる。


 そして、作戦発動。

 扉の陰に隠れていた天海先輩が、土井先輩の背後から抱きつく。


 花梨が言った。

「シンプルなのが一番心に刺さるんです! これは絶対です!!」


 シンプルに抱きついた天海先輩。

 そして、恥ずかしそうに言うのである。


「ど、土井くん! だ、大好きだ! どんなに離れていても、私の心は、君だけのものだ!」



 ああー。これは刺さる。俺、なんか心がキュンキュンするよ?



「おやおや。これは驚きました。まさか、天海さんの差し金でしたか」

「本当に? 驚いてくれたのか? いつもの君のようにしか見えないが」

「驚きましたとも。ほら、わたくしの胸に耳を当ててごらんなさい。こんなに心臓が早鐘を打つのは、あなたに愛を伝えた時以来でしょうか」

「……そうか。嬉しいな。これ、クッキーを作ったのだが、受け取ってくれるか?」


「あなたが下さるものならば、何なりと受け取りますよ。ありがとう、蓮美はすみさん」



 甘い。なんて甘い空間だろう。

 そして大人。なんて大人なやり取りだろう。


「きゃー! 見ましたか! 先輩、先輩! こーゆうのです! こーゆうので良いんです!!」


 なるほど。花梨はこういうのがお好きだったか。

 しからば、早速実践して差し上げよう。



「花梨。実はさっきからな、制服のブラウスのボタン、1個外れているぜ?」

「……はあ。先輩、そーゆうとこです。……エッチ」



 おかしいな。驚かせたつもりだったのに。

 サプライズって、難しいな。


 俺にはまだ早いや。クッキー。美味しい。

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