第431話 土井先輩の華麗なる餅つき

 どうにか、息も絶え絶えではあるが、始業式を終えることができた。

 まさか、新年一発目からあわやの大惨事である。


「桐島先輩。お茶が入りました」

「おう。ありがとう、鬼瓦くん。そしてごめんよ、鬼瓦くん。本当に」

「いえ、もう過ぎた事ですし、事情を聴けば桐島先輩に非はないではないですか。むしろ、僕のために頑張って下さって……!!」

「お、鬼瓦くん……!!」

「ゔあぁぁあぁっ! 先輩!!」

「あはは! 天井が近いや! うふふふ!!」


 現在、午前の行事を終えて、昼休み。

 高い高いされているのは俺。


 今日は午前中しか学校単位の行事はないが、生徒会の行事はむしろこれから。

 餅つき大会がある。

 そして、明日は部活動対抗の新春かくし芸大会もある。


 正直、面倒くさいと言いたくなる企画だけども、それを楽しみにしている生徒がいる以上、俺たちは彼らのために奮闘するのだ。

 それこそが生徒会であり、我らが当代生徒会の集大成への道でもある。


「それにしても、今年は寒ぃなぁ。今日も雪がちらつくかもって話だろう? こんな天気の中、餅つきに人なんて集まるのかね」

「ちなみに、去年はどうだったのですか?」

「去年か。ああ、むちゃくちゃ盛況だった。天海先輩たちがガチで運営してたから」

「では、僕たちも負けていられませんね」


 鬼瓦くんのこの澄んだ心を見よ。

 俺が最初に抱いた感想は何だったか。

 面倒くさいとか言ってた。


 なんて恥ずかしい男だろうか。


 そうとも、鬼瓦くんこそ、生徒会のあるべき姿。

 後輩から教えられるとは、俺もまだまだ未熟である。


「おーし。そんじゃ、そろそろ俺らも行くか」


 ちなみに、毬萌と花梨は既に出動している。

 別に、遅刻の原因になったお仕置きとかではないのだが、甘酒づくりに駆り出されて行っている。

 保健委員の有志と一緒になって、餅つき大会の観客に振舞うそうな。


「じゃあ、鬼瓦くん、俺が餅をこねるから、きねは任せたぜ!」

「えっ!? 桐島先輩、それは無理です」

「えっ!?」


「僕が杵を振るうと、うすが砕けます。実は、過去に町内会の餅つきで何度も破壊していまして、僕は餅つき大会、出禁になっています」

「……なんてこった。じゃあ、誰が餅をつくんだ?」


「桐島先輩が……。……すみません」

「……うん。そうね。俺こそ、ごめんなさい」


 深刻な問題が発生した。

 餅つく用意はあるのに、餅つく人がいない。


 そして、俺は忘れていた。

 困った時に颯爽と現れる、あのお方の存在を。


「失礼いたします。おや、お二人だけでございましたか。あけましておめでとうございます。卒業までわずかですが、どうぞ今年もよろしくお願いいたします」



 土井先輩!!



「こちらこそ、あけましておめでとうございます!」

「ゔぁい! よろしくお願いじばず!!」


「こちら、昨年のお楽しみ会のお礼、という訳でもないのですが、アメリカのお土産を持参いたしました。サンフランシスコのギラデリチョコレートです」

「こりゃあ、お気遣いありがとうございます。うわぁ、もう響きからしてオシャレな! こいつぁ毬萌のヤツが喜びそうです!」


「ところで、何やらお困りごとですか?」


 そうだった。

 サンフランシスコのシャレオツなスイーツに目を輝かせている場合ではなかった。


「実はですね。餅つき大会が……」


 土井先輩の前に隠し事など、その行為が既に失礼にあたる。

 全てを包み隠さず白状するのだ。

 それが、この柔らか鉄仮面先輩に対しする最大級の敬意。


「なるほど、お話は分かりました。鬼瓦くんではパワーが有り余ってしまい、桐島くんですとパワーが著しく足りないと」


「おっしゃる通りです」

「ゔぁあぁぁっ! ずびばぜん!!」


 すると土井先輩。

 今日の気温を無視した、春の木漏れ日を思わせるような笑顔で、言うのである。


「卒業するまでにお借りしていた恩を返すといたしましょう。僭越せんえつながら、わたくしが杵を担当しても? 老兵が出しゃばるようで恐縮ですが」


 断る理由を探す必要性がどこかにあるなら教えて頂きたい。

 この期に及んで先輩のお力を借りて、何が集大成だと批判されるかもしれない。

 しかし、イベントを中止するよりはずっと良い。

 それで揶揄やゆされるのであれば、全責任は俺が持つ。


 さあ、そうと決まれば準備である。



「えー。皆さん、お集まりいただきありがとうございます! 新年の挨拶はもう聞き飽きたと思うんで、省略します!」


 オーディエンスが「ははは」と笑う。

 よし、掴みはOKの様子。


「これから、餅を叩き散らかしてやりまして、皆さんのお口にお届けしますんで、どうぞ、適当にだべりながら、様子を見てやってください」

「甘酒はこちらで配ってまーす!! みんなー、温まるよーっ!!」


 主に男子生徒が、一斉に毬萌のいる甘酒コーナーに走り去った。

 毬萌に花梨にゴリ……堀さんもいるし、華やかなのは認めよう。

 だが、見ているが良い、我が生徒会のジョーカーを。


「杵を操るのは、我らが学園のアイドル! 男子も女子も関係なく虜にしちまうスーパースター! 土井鉄太郎先輩です!」


 そして土井先輩登場。

 女子生徒が殺到する。すごい圧である。


 それもそのはず、土井先輩、衣装からして本気の構え。

 なんと上半身を惜しげもなくあらわにして、ガチのバトルフォーム。


 クールポコが着てるみたいなヤツと言ったら伝わるだろうか。


「ちょ、みな、皆さん! 押さないで! おさ、痛い! ちょ、まっ! 危ないですから、おさ、わぁぁう! いや、マジでホントに、あひゅん」


 いささか刺激が強すぎたようである。

 さながら、韓流スターに群がるマダムの群れ。


 収集が既につかなくなりつつあり、鬼神バリアを発動させるかと思案していると、土井先輩がマイクを要求。

 俺は女子にもみくちゃにされながら、どうにかバトントス。


「皆様、これより杵を振りますので、どうかお下がりください。お集まりの可憐な女子に万が一怪我でもさせてしまえば、わたくしは一生をかけて償わねばなりません」


 「きゃああぁっ!!」という悲鳴のような歓声と共に、女子の半分が座り込んだ。

 覇王色の覇気かな?


 残った女子も、行儀よく、というかお互いがお互いを「てめぇ抜けがすんなよ?」「おおん? 誰に物言ってやがる」と、けん制し合う結果、見事な空白地帯が生まれていた。


「それじゃあ、餅ついていきますんで! ちなみに、返し手はうちの鬼瓦くんが務めます! 防御力は元より、彼は洋菓子作りで鍛えた耐熱性持ちの安心仕様!」


「それでは、参ります。せいっ」

「ゔぁい!」


「せいっ!」

「ゔぁい!!」


「せいっ!」

「ゔぁい!」


 見事な連係プレーにより、もち米がどんどん姿を変えていく。

 甘酒に浮気していた男どもも、いつの間にやらギャラリーに戻り、「うおぉぉ!!」と盛り上がっている。


 力強くもあり、何より華麗な土井先輩の手によって、どんどん餅っぽくなっていく臼の中。

 まるで、魔法にかけられたかのようなパフォーマンス。


 圧倒的であった。



「はい、つきあがった餅を振舞いますんで、皆さん、並んだ、並んだ! きな粉はそっち、あんこはこっち! 海苔と醤油はこっちです!」


 甘酒班が、今度は餅のトッピング班へと早変わり。

 俺はずっと案内係。

 適材適所。無理をしたってすぐにボロが出る。


 なんだ、なんだ、やっぱり意外と俺たち生徒会も集大成じゃないか。

 できない事は協力してもらう。

 この形を確立したのだ。誰にはばかる事がある。


「土井先輩。お疲れさまでした。すんません、新年早々、お力を借りちまいまして。これ、甘酒もらってきましたんで、どうぞ」


 すると土井先輩は、爽やかに歯を見せて、言う。


「桐島くんたちも、すっかり良いチームになられましたね。わたくしたちの代では、このように笑い声が響くイベントではございませんでしたゆえ」

「いや、本来はもっと厳かな空気でやるもんですよね」


「それは違いますよ、桐島くん。生徒たちのために最善を尽くす事が正解なのです。わたくしたちも、そしてあなた方も、正解の数は無限にあるのですから」



 今日も華麗な土井先輩。

 俺はこの尊敬する先輩に、あとどれくらいの教えを授けてもらえるのだろうか。


 そして、いつか俺にも、後輩に教えを授ける日が来るのだろうか。

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