第430話 慌ただしい日常への回帰 ~早くしないと鬼瓦くんが死んじゃう~

「起きて! 毬萌! 毬萌さん!! マジで起きてちょうだい!!」

「コウちゃーん。大丈夫だよぉ……。パンツ見ても、怒んないからぁ……」

「なんつー夢を見とるんじゃい、お前ぇぇぇぇぇっ!!」



「せんぱーい? パンツって何の事ですかぁ?」

「いや、違うんだ、花梨さおぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 花梨さん!!」



「はい? 何ですか?」

「パジャマのボタンがすげぇ外れてんだけど!? もう、色々とアレがナニして大変なんだけど!? どうしたの!? もう、すげぇ事になってる!!」

「だって、急いで支度しなくちゃですよ! あと、ここあたしのお部屋です!!」



 おっしゃる通りだね!!



「すまんかった! 俺ぁもう、一切そっちを見ねぇから、花梨は先に準備しててくれ!」

「えー? あたしだけ放置ですかぁ? 別に見ても良いんですよ? せーんぱい!」


 花梨さん、ここぞとばかりに小悪魔化する。

 この子、スキを見せるタイミングが巧妙。

 それともアレかな? まだ寝ぼけているのかな?


「ちょっと、マジで! お願いだから、急いでくれる!? ああ、もう8時10分になっちゃう!! 毬萌! 起きろ! お前ぇぇぇぇ! こんにゃろ、それならこうだ!!」


 朝礼のある日は8時20分に集合するのが俺たち生徒会のルール。

 あと13分しかない。

 これはもう、強行策に打って出るのも致し方なし。


 俺は、毬萌の脇に手を突っ込んで、無理やり彼女を抱き起した。


「みゃーっ……。コウちゃんの、エッチー……」

「あひゅん」


 すげえナチュラルに頬っぺた叩かれたけど?

 毬萌さ、もう起きてんじゃないの?

 普通寝ながら人の頬っぺたをジャストミートできる!?


「先輩、先輩! せーんぱい!!」

「おう。どうした花梨!?」

「髪の編み込みに時間がかかるんですけど、あと何十分くらいなら平気ですか?」


「数分でも致命傷だよ!!」


「えー? だって、新学期ですよぉ? あたし、オシャレに妥協したくないです!!」


 ちくしょう。寝坊した人間の言う事とは思えねぇが、原因が毬萌にある以上、ある意味では花梨も被害者。

 強く意見できない。


「……ああ! そうだ! 花梨、ポニーテールは!? いやぁ、俺、花梨のポニテ、大好きなんだよなぁ!! 早く見てぇなぁ! もう今すぐにでも!!」

「そ、そうですか!? んー。じゃあ、今日はポニーテールにしちゃいます!」

「そうか! そっちだったら、時間はそんなにかかんねぇよな!?」

「んー。ホントは雑にしたくないですけど、先輩が急いでほしいのなら、頑張ります!」


 あ、ダメだ。

 10分過ぎちゃった。


 これは、とりあえず最悪の事態を想定した動きをする時分である。

 俺は、毬萌をゆっさゆっさと揺らしながら、スマホをスッス。


『はい。鬼瓦です。桐島先輩、おはようございます』

「お、鬼瓦くん!? もう、学校着いてる!?」

『ええ。先ほど到着しました。それから、伝言を教頭先生に頼まれたのですが、今日は学園長が午前休のため、生徒会の持ち時間を25分にするとのことです』



 ひ、ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!



 そこで俺は考えた。

 いきなり奈落の底に落ちるのと、「お前、これから奈落の底に落ちろ」と宣告するのは、どちらがより残酷なのだろうか。

 考えても答えが出なかったので、とりあえず両方試してみることにした。


「鬼瓦くん」

『はい。もしかして、遅れそうですか? それでしたら、僕は先に会場の設営に加わっておきますが』


 鬼瓦くんの気配りや良し。

 でもね、違う、そうじゃない。


「今ね、花梨の家でね、花梨は支度してて、毬萌がまだ寝てんの。多分、何言ってんのか分からねぇと思うけど、これだけ言っとくね?」

『え、あ、はい』



「最悪、今日の始業式、鬼瓦くんだけでやってもらう事になるかもしれん」



『ゔぁ』

「おう?」

『ゔぁぁあぁあぁぁあぁぁぁあぁぁぁっ!! ……先輩、僕、早退します』


「落ち着いて! 鬼瓦きゅん!!」


『つまり、司会進行からスピーチ、今学期の目標の発表まで、全てを僕一人でこなす可能性があると言うことですよね?』


 鬼瓦くんの理解力に脱帽。


「うん。そうね。でも、アレだよ? 確率的には、ええと、7割くらいしかないよ?」

『桐島先輩。降水確率70%の時、先輩は傘を持たずに出かけますか?』

「おっ! さすが鬼瓦くん! たとえが洒落てんなぁ! はっはっは!」


「ゔぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!! 帰ります!!」

「待って! 帰らんといて!! 生徒会役員が0人とか、前代未聞だよ!!」


 しかし、この鬼瓦くん魂の咆哮が、事態を少し良い方向に導く。


「みゃーっ……。うるさいよぉ……。あれ? コウちゃんだ。おはよー」

「お、おお! 毬萌ぉ!! 起きてくれたか!!」

「んー。起きたー。朝ごはん食べて来るー」


「バカ! ここ花梨の家だよ! お前、お泊まりしたんだろ!? 制服は!?」

「公平先輩! 毬萌先輩の制服なら、こっちに掛けてありますよ! あと、あたしは準備完了です!」


 花梨が毬萌の制服を持って来てくれる。


「花梨!! 君ってヤツは、最高だ!! ああ、もうポニテが似合い過ぎてて、俺どうにかなっちゃいそう!!」

「そ、そうですか!? もぉー! 先輩ってば、大袈裟なんですから!」


 大袈裟じゃないんだよ。

 事実、電話の向こうの鬼瓦くんは、多分もうどうにかなっちゃってんだよ。

 さっきから「コホー。コホー」って音しかしないもん。


 ダース・ベイダーか、ウォーズマンのモノマネしてるのかな?


「おっし! 着替えろ、毬萌!」

「みゃーっ……。分かったよぉ」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ちょっと待って! 俺が部屋から出てくから! ちょ、花梨、毬萌の事任せて良いか!? ひぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 花梨の部屋からローリング脱出。


「桐島様。ずいぶんとお楽しみのご様子。結構でございますな」

 田中さんが待ち構えていた。

 失礼を承知で申し上げたい。



 ぶっ飛ばしますよ!?



「既に車の用意ができております。朝食は、こちらに。車中でお召し上がりください。お飲み物をお持ちしましたので、桐島様はどうぞ、こちらを」


 失礼な事をほざいて、大変申し訳ございませんでした。


「あ、ありがとうございます。……うわぁ、メロンジュースだぁ!」

 脳に糖分が巡って、俺は再び時計を見る。


 時刻は23分。

 始業式は8時50分から。

 ここから花祭学園まで、車でどれくらいだ!?

 10分か、もう少しかかるか!?


 ギリギリ間に合いそうな気がしないでもない!!


「鬼瓦くん! 鬼瓦くん!? 気を確かに!! もしかしたら、間に合うかもしれん!!」

『コホー。コホー』

「ダメだ! よし、分かった! 一旦切るな!」


 返す刀でスマホをスッス。


「もしもし!? 勅使河原さん!? もう学校にいる!?」

『先輩、お、おはよう、ございます。はい、もう、教室にします、よ?』

「そうか、良かった! 多分、中庭辺りで鬼瓦くんが抜け殻になってると思うから、介抱してあげてくれる!?」


『武三さんに何をしたんですか? 私、相手がいくら桐島先輩でも、場合によっては何するか分かりませんよ?』


 全身から血の気が引いていく感覚を覚えた。


 俺は、とにかく低姿勢、誠意を第一に、今朝起きた悲劇的な出来事毬萌の寝坊について説明した。

 真心と実直な感情もトッピング。


 どうにか勅使河原さんと話がついたところで、花梨の部屋のドアが開く。


「公平先輩! 準備できしたぁ!」

「コウちゃん! どうして起こしてくれなかったのーっ!?」



「起こしたわい!!」



 そこからは電光石火。

 車に飛び乗り、花梨と毬萌は朝ごはん。

 俺はその横で毬萌の寝癖を直す。

 アホ毛がぴょこぴょこ邪魔してくる。引っこ抜くぞ、この野郎。


 学園前に到着。時刻は8時45分。

 もう、生徒たちが体育館に入っている。


 中庭にて、眠るように息を引き取った鬼瓦くんと対面。

 「鬼瓦くん! 俺だ! 桐島公平だ! 君を助けに来た!!」と、主に俺たちのせいでピンチに追いやったにも関わらず、恩着せがましいセリフを吐く。


 鬼瓦くん再起動ののち、生徒会全員で体育館に突撃。

 時刻は50分ちょうど。


「えー。皆様、新年あけまして、おめでとうございます! はい、生徒会の桐島でございます!! 今年も元気にやっていきましょうね! では、会長、挨拶!!」



 毬萌と一緒に幕の下りたステージに上がり、俺は講壇に入壇。

 その後は、毬萌が天才的に立ち回って事なきを得る。



 冬休みの思い出とか、背負った決意とか、なんか色々すっ飛んで行った。


 そうだ、これが俺の日常だった。

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