第428話 今年の俺は一味違う(フラグ)

「みゃーっ! 風が冷たいけど、気持ちいいねーっ!!」

「そうね! 少しずつ体も温まって来たから、冷たい風も良いアクセントになってるわ! ふふふ、毬萌とサイクリング……ついにこの日が来たのね!!」


 先頭を行く氷野さん。

 それに続く毬萌。

 実に楽しそうである。


「桐島先輩! しっかりして下さい! なんだか弱虫ペダルの巻島先輩みたいな走り方になっています! 見ていて一瞬たりとも気が休まりません!!」

「はひぃ、はひぃ、ひぎぃ、ひぎぃ」


 走り始めて、だいたい2キロが経過しただろうか。

 俺の中ではもうクライマックス。

 「突破するっきゃないっショ」とか言えるレベルはもうとうに過ぎた。


 限界は突破してるんだよ。


 どうなってんの。

 とりあえず、ゴーゴーコウちゃん1号よ、どうなってんの!?

 お前、自転車が重くなっただけで、今のところ何の結果も出してないけど?


 もしかして、俺が車道側に倒れそうになった時にだけ真価を発揮するのか?


 もうそれ、緊急脱出装置じゃんよ。

 俺をサポートするための発明品ではなかったのか。

 今際いまわきわのみに作動するだけのアイテムだったのか。


 それなら、そろそろ作動するけど?


「コウちゃーん! 調子はどうかなぁ?」

 毬萌が少しスピードを落として、俺の前にやって来た。


「お、おう。最期に毬萌の尻を拝めて、良かった、よ……」

「みゃっ!? もうっ、どこ見てるの!? コウちゃんのエッチ!!」


 いや、前を向いておかないと本当に車道側に倒れそうなんだから、仕方ないじゃないか。

 あと、尻は視界に入っているけど、それを視覚的に楽しむ余裕はない。


「あっ、そろそろ貯まったねー!」

「……俺の犯した罪の数かな?」

「コウちゃん、コウちゃん! 右のハンドルにあるボタン押してみてーっ!」

「……これ? これ、アレじゃないの? 電動チリンチリンじゃないの?」


 ボタン一つで鳴ってくれる、シャレオツなチリンチリンだと思ってた。

 まあ、毬萌が押せと言うなら押すともさ。

 ポチり。


「これが一体、何の……あれ、なんか周りの景色が。通り過ぎるの速くなった?」

 俺、いよいよ死ぬのかしら。


「桐島先輩! ゔあぁあぁあぁあぁっ!! ここでスピードが上がるんなんて! 僕の先輩はやっぱりすごい人だぁ!!」

「おう。そう言われてみると、なんかペダル漕ぐ感覚も。やたらと軽くなった気がするな」


「にへへっ、これぞゴーゴーコウちゃん1号の力なのだ! んっとね、人力で貯めたエネルギーを5倍くらいにして、運転をアシストしてくれるのだっ!!」

「マジでか。うわ、ひと漕ぎですげー進む!」


 要するに、序盤のめちゃくちゃ辛かったのは、ゴーゴーコウちゃん1号がエネルギーチャージしていたからであって、2キロ走った今、充填完了したと。

 気付けば俺のママチャリは、先頭を走っていた氷野さんに追いついていた。


 すげぇ。毬萌の発明品、当たりのパータンだよ、これ。


「あら、公平。その様子だと、さては毬萌のパワーでドーピングしたわね?」

「バレてしまったか。いや、これ凄いわ。電動自転車って乗った事ないけど、こんな感じなのかね? あー。風が気持ちいい」

「あんたがスポーツでスポーティな発言するのはなんか不気味だけど、楽しめる余裕が出て来たのは結構ね。そろそろサイクリングロードに入るわよ」


 宇凪市サイクリングロード。

 数年前に市長が数千万かけて整備するとか言い出した時は「こんにゃろう、税金をニッチな使い方しやがって」と憤慨したものだが、なんだなんだ。


 ちょっと、ステキじゃないか。


 海が見える高台を、自転車で爽やかに駆け抜けていくこの感じ。

 ステキを越えていっそセクシーである。


 俺は市長にごめんなさいを言わなければならないようだ。

 これは良い事業計画。

 そもそも消費税くらいしか払っていないのに、偉そうな事言ってごめんなさい。


「桐島先輩、先ほど買いました。アクエリアスです。どうぞ」

「おう。ありがとう、鬼瓦くん」


 姿が見えないと思っていたら、俺のためにスポーツドリンクを。

 しかも、運転に支障のないように、ストローが刺さっている。

 なんて気の利く鬼だろう。

 鬼神ばっちり。


「さあ、あと2キロよ! 張り切って行きましょう!」

「みゃーっ!!」


 この俺が、既に8キロを走っている、だと。

 今年の俺はもしかして、もしかすると、もしかしているのでは。


 一味違う俺なのではないか。


「なんて言うかさ、皆でこうやって色々するのって、楽しいわね。今更だけど」

「おう。そうだなぁ。でも、発案者は氷野さんだから、氷野さんのおかげだよ」

「何言ってんのよ。あんたのおかげでしょ、公平」


「そだよー! 何をする時も、コウちゃんが中心になってくれるから、みんなが楽しいんだよっ! コウちゃんの才能なのだっ!」

「ゔぁい! 僕も、桐島先輩に出会えて、色々な経験ができました!!」


「なんだよ、みんなして! 俺ぁ別に普通にしてるだけだよ! あと、急に俺の偉業を讃えるみたいな空気はヤメよう? それ、どっかで俺が死ぬパターンの予兆だもん」



 だが、そんな俺の予想とは裏腹に、呆気なく海浜公園に到着してしまった。

 どうした、今年の俺よ。


「お昼ご飯にしよーっ! わたしね、おにぎり作って来たーっ!!」

「ごめんなさいね、毬萌。私もやっぱり手伝えば良かったわ」

「んーん! 平気だよぉー。最近わたし、お料理するの楽しいし! はい、コウちゃんと武三くんの分もあるよっ!!」


「すみません。僕は急だったもので、何の用意も出来ずに……」

「いや、それを言ったら俺がごめんな。極度のプレッシャーから鬼瓦くんをついつい呼んじまった。反省してるよ」

「何を言っているのですか! 僕ぁ、桐島先輩のためだったら、いつでも、どこでも馳せ参じますよ!!」

「お、鬼瓦きゅん!!」


 そして胴上げされる俺。うふふ、冬晴れの日差しが温かいや!


「おう。おにぎり、美味いな! 梅干しとたくあんを刻んであるのか。毬萌もやるようになったもんだ」

「にへへーっ。照れますなぁー。梅干しはコウちゃんがくれたヤツだよ!!」


「えっ!? 公平、あんた梅干し漬けてるの!?」

「おう。近所のおばちゃんが毎年梅を大量にくれるから、中学ん時から漬けてる」

「なんて言うか、多才って言えば聞こえは良いけど、あんたの趣味って時々ものすごく哀愁を感じる事があるのは何故かしら」


「はいっ! コウちゃん、お茶!」

「おう。すまん。あー。良い感じに体も動かしたし、外で食う弁当はうめぇし、なんつーか、充実してるなぁ、今の俺」

「毬萌先輩、これはもしかして寒天ゼリーですか?」

「うんっ! 牛乳寒天だよっ! 食物繊維たっぷりで、美容にも良いのだっ! マルちゃんも、食べて食べてーっ!!」


「毬萌の作るお料理はいつ食べても最高ね! すごく良いわ!! もう最高!!」


 俺と鬼瓦くんは、コソコソ内緒話。


「氷野さんもなぁ、味覚が正常なら良いんだけどなぁ」

「毬萌先輩の料理スキルの爆上げに気付いていないのは、多分氷野先輩だけです」

「だよなぁ。毬萌の料理が、料理と書いて実験と読む時代から、リアクションが一緒だもんなぁ。あー、寒天うめぇ。氷野さんの将来の旦那は苦労するぜ?」

「お察しします」


 それから、しばしの食休みののち、俺たちはフリスビーで遊んで、ほどよく体が温まって来たところで復路に戻る。

 普段なら、ここの辺りで俺が死ぬ頃だが、繰り返す。

 俺は今年からニュー桐島公平として生きていくのだ。


 ゴーゴーコウちゃん1号があれば、俺は飛べる!

 どこまでだって! いつまでだって!!



「ひぎぃ、ひぎぃ……。ま、毬萌? 毬萌さん? なんか、ペダルがくそ重てぇんだけど、これはどういうことなんでしょうか?」


 足が動かない。

 腰が痛いので腰をかばっていると、背中まで痛くなってきた。


「だって、ゴーゴーコウちゃん1号はまずエネルギーを貯めないとだから! また2キロか3キロくらいは、重たい状態で走らなきゃダメだよ?」

「モルスァ」


 その後、ゴーゴーコウちゃん1号にエネルギーが貯まる前に俺は力尽き、俺は車道と反対側にママチャリごとすっ飛んだ。

 そんで路肩で俺が休んでいる間に、鬼瓦くんがフルチャージしてくれた。

 結局醜態を晒した俺であるが、みんなの表情はにこやかそのもの。


 つまり、俺が死ぬのも含めての行楽なのである。


 だから、今年の俺も同じ味。

 チラっと見えた希望は、いつの間にか雲間に隠れて消えていた。


 人間、年が明けたからと言って、劇的に変わるものではないのである。

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