第426話 おのろけ勅使河原さん

『もしもし? 公平? 今暇でしょ? どうせいやらしい本でも読んでるんでしょ?』


 2回続けて電話からの導入だと、なんだか手抜きしているみたいに思われそうであるが、そもそも現在冬休みであるからして、基本的に外界との接触は電話。

 もしくはラインやメールなどになるのは、仕方がないと思う。


 そしていかにも俺は暇であるが、暇に任せていやらしい本を読むと思われるのは心外でもある。

 いやらしい本を読むときは、もうその用事で忙しいよね。



「氷野さん。あけましておめでとうございます」

『そう言えばお正月過ぎてたわね。おめでと』



「それで、心菜ちゃんは!?」



『どうしてあんたはすぐに心菜の事を気にするのかしら? 電話してるの私なんだけど』

「おう。こいつぁ申し訳ねぇ。確かにおっしゃる通り」

『ああ、ちなみに心菜はね』



「心菜ちゃんと代わるの!?」



『学校の友達と遊びに行ってるわよ! あんた、ぶっ飛ばすわよ』

「そうかぁ……。心菜ちゃんいないのかぁ。そうかぁ……。で、何の話だっけ?」


『まだ何の話もしてないわよ!!』


 そうでした。

 心菜ちゃんの所在が気になって気になって震えてただけでした。

 これは重ねて失礼を。


「お詫びにしっかりご用件を聞かせてもらうよ」

『あら、素直ね。あのさ、自転車が壊れたのよ。ちょっとあんた、うちに来て修理してくれない?』

「おう。それはまた唐突だな。一応、工具はあるし、ある程度ならどうにかなるかもしれないけど……。俺でお役に立てると良いが」


『なんか、ほら、メリケンサックの輪っかみたいなのあるじゃない!』

「うん。多分それ、チェーンのことかな?」


『よく分かんないけど、メリケンサックの輪っかが取れて、ペダル踏んでもタイヤが回らないのよ』

「うん。チェーンが外れたんだね。そのくらいならどうにかなるかな。とりあえず、今から行くよ。マンションに着いたら連絡するから、家で待っててくれる?」

『……そーゆうさり気ない気遣いで、私の毬萌を落としたのね。ああ、いやらしい。まあ、待ってるわ。気を付けて来なさいよね』


 さてと、出動である。

 気付けば俺も、色んな人に誘ってもらえるようになったなぁ。

 去年の冬休みとか、家から出た記憶すら曖昧なのに。



「おう。こりゃあ綺麗に外れてんなぁ。多分直せるよ」

「普通に走ってただけなのに。ちゃーんが外れるとか不良品なんじゃないの?」

「チェーンね。なんかイクラちゃんみたいになってる。まあ、自転車乗ってりゃ割と遭遇するトラブルだよ」


 工具なんか必要のないレベルの故障だった。

 俺は、後輪のギアにチェーンを乗っけて、水車を回すようにゆっくりカタカタ。

 もっと上手い修理方法もあるんだろうけど、俺はこれしか知らない。



 地道にカタカタやっていると、人影が増えた気がして顔を上げる。

 同じタイミングで氷野さんも振り返った。


「桐島、先輩! 氷野、先輩! あけましておめでとう、ございます!」

 そこには勅使河原さんが立っていた。

 ロングスカートがとっても清楚。今日もゆるふわ儚げガールである。


「あら。勅使河原真奈じゃない。珍しいわね、この辺りで会うなんて。おめでと」

「おう。勅使河原さん。あけましておめでとう。……鬼瓦くんは?」


「も、もう! 私、いつも、武三さんと一緒じゃ、ないんです、よ!!」

 否定する勅使河原さんであるが、その表情はとても嬉しそう。


 なんでも、親戚の家がこの近所にあって、新年の挨拶に親御さんとやって来たのは良いが、思いのほかそっちの話が弾んでしまい、退屈しのぎに散歩していたとか。

 それで偶然俺たちを見つけたらしい。


 たまたま見かけて「よし、声かけてやるか」って思ってもらえる関係性ってステキだよね。

 だって、自分から話をしたいと思ってくれている訳じゃないか。

 そんな風に誰かに思ってもらえる事って、とってもセクシーだと思うの。


「今ね、うちの便利屋に自転車の修理させてるのよ」

「ひでぇ呼び名だ。……おーし。今度こそ」


 ちなみに、俺はチェーンと相変わらず格闘中。

 上手い人はすぐ直しちゃうよね。そして俺は下手な人。


「先輩たち、仲、良いです、よね!」

「普通よ、普通! 別に仲良しじゃないわよ。ねえ、公平?」

「……おう? 俺ぁ超仲良しだと思ってんだけどなぁ。痛いっ! ああ、せっかく噛み合わせが上手く行ってたのに!!」


 でも照れ隠しに頭叩かれるのは、ちょっと嬉しい。

 俺が死なない程度に加減してくれるのは、かなり嬉しい。


「勅使河原真奈と鬼瓦武三の仲良し具合に比べたら、全然よ」

「そりゃあ、ねえ? 2人付き合ってるもんな? お正月も一緒だったんだろ?」

「は、はい。武三さん、が、私の家に来てくれて! あの、おはぎ、作って来てくれて!! 父も母も、ものすごく喜んで! 武三さんの事、気に入ってくれて!!」


 俺と氷野さんの視線が交差する。


 勅使河原さんが、なんだかご機嫌な様子。

 ここは、年長者として、彼女のおのろけを聞いてあげるべきでは。


 アイコンタクトで会話をする。

「ここは私に任せなさい」

「うっす。頼りになります、姐さん」


「そう言えば、鬼瓦武三って最近ちょっとカッコ良くなったわよね」

 姐さん、なんて露骨なパス。

 そんな見え見えの囮に食いついてくれるだろうか。


「そう、なんです!! 気付きました、か!? 実は、オールバックの形、変わったんです、よ! 私が、アドバイスして! とっても、イケメンに、なりましたよね!! ふふふ!!!」


 入れ食いやで。


「あ、ああ、そうなの? でも、元が良いから、勅使河原真奈のアドバイスでこれからもっとイケメンになるんじゃないかしら?」


「はい!! 実は、新しいタンクトップを作ろうと思っていて! あの、武三さんって普段ピタッとしたタイプを着ているんですけど、あ、ご存じですよね! それを、ストレッチ素材にしたら良いんじゃないかって! でも、武三さんと言えば気合を入れたら裂けるタンクトップですし、そこのところのバランスが大事かなって思うんです!!」


 勅使河原さん、セリフにまったく淀みがなくなる。


 彼女がキレ河原さんになった時にも淀みはなくなるが、このハイテンションはまた、実にレアな瞬間に立ち会っているのではなかろうか。


「ちょっと、公平! あんたも何か聞きなさいよ!」

 小声でオファーを受ける俺。

 もう少しでギアとの噛み合わせが良くなりそうなのに。


「そう言えば、鬼瓦くんのどこが好きなのかって、氷野さんが聞きたいらしいよ?」

「あ、あんたぁぁぁぁっ!! なに言って!?」


「そうなんですか、氷野先輩! あのですね、まず、見た目と性格が完璧なのはもう言うまでもないと思うんですけど、そのハイスペックに慢心せず、日々自分を鍛えるストイックさと! あと、誰にでも優しい人なんですけど、私にだけは特別優しいって言うか、そういう気遣いのデキるところって、なかなかないと思うんです!! 氷野先輩は武三さんのどこが好きですか? あ、待ってください、当ててみますね! えっと、大胸筋は普通だし、大腿四頭筋とかですか!? でも、氷野先輩って結構こだわりありそうですし、もしかして! ダメですよ、ダメ! 内転筋群は私だけのものなんですから!!」


 勅使河原さん、これまでの誰よりも長いセリフを息継ぎなしで。

 ふんすふんすと鼻息荒い、恋する勅使河原さん。

 良かった、俺、自転車のチェーンとたわむれてて。



 うん。実はもう修理、終わってんだ。



 その後、さらに15分ほど、のろけ河原さんのおのろけを聞いていた氷野さんであったが、ここで彼女のお母さんから「帰るわよ」と電話が掛かって来る。


「す、すみません、もう、行かなくっちゃ、です! あの、氷野先輩、また、お話しましょう、ね!」


 そして、ノーマル勅使河原さんに戻って、手を控えめに振りながら去って行く彼女。

 恋ってすごいや。



「……公平。あんた、まさかとは思うけど、私を見捨てたりしてないわよね? なんか、途中から手が動いてなかった気がするんだけど」

「滅相もない! 俺ぁ必死にチェーンと奮闘していたとも!!」


 嘘です。


「……まあ、良いわ。明日はね、毬萌とサイクリングに行くのよ!」

「ほへぇ。寒いのに、元気だなぁ。気を付けてね」


「何言ってんのよ。公平も一緒に決まってるじゃない」

「……えっ?」



 今日の教訓。

 人をデコイに使ったら、バチが当たる。

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