第425話 花梨パパとよく分かるラムしゃぶ

『あ、もしもし! 公平先輩ですか? あけましておめでとうございます!』

「おう。おめでとう。って、このやり取り初詣の時にしたじゃん!」

『良いんですよ! 先輩と新年のご挨拶できるのは新年だけなので』

「ははは! なんかよく分からん理屈だけど、分かったよ。で、どうした?」


 正月の三が日が過ぎて、俺は絶賛冬ごもりモード。

 飯とトイレと風呂以外の時間は、ほぼプライムビデオ見てる。

 ごちうさとおちこぼれフルーツタルトとダイの大冒険と。

 あと、とらドラ!とけいおん!とニセコイと。


 これだけ見ても月額500円とか、Amazonが日本を征服する日も近いと思う。


 そんなだらけ切った俺の元へ、花梨からの着信があったのが夕方5時。

 今日は母さんがパートの新年会でいないため、晩飯の代わりにテーブルの上には2000円置いてある。

 そしてその2000円はもうない。


 競艇? 違いますー。パチンコでしたー。


 父さんが「今日こそハリウッドに貸してるお金返してもらってくる」と、ワールドワイドなセリフを残して出撃してから1時間ほどだろうか。

 この場合、父さんが勝つパターンだと閉店コース。

 そして負けるパターンだと2000円が消える。


 つまり、晩飯はどん兵衛のきつねうどんで確定ランプが点いている。


 「麺を全部食った後に、冷ご飯入れて卵も入れてちょっと煮ると美味しいよね」と思い始めていた時分であった。

 つまり、時間は売るほどある。

 花梨の電話になら、いくらでも付き合えちゃう。


『先輩、先輩! ラムってお好きですか?』


 頭に思い浮かんだものは、3つあった。

 けれど、そのどれもに、唐突に好きか嫌いか聞かれるものかしら、と疑問符が出現。

 お話がてら、可能性を潰していく。


「レムの姉様の?」

『あはは! そのラムちゃんじゃないですよぉ! ちなみに先輩は、おっきい妹とちっちゃい姉だとどっちがお好きですか?』


「どっちも捨てがたいけど、おっきいに越したことはないよね!!」


『……はい! メモしておきました!』

「あとは、電撃使いのトラ柄が似合う、だっちゃって言う方の……」

『その人でもないですー。先輩はやっぱりおっきいのがお好きなんですね!』


 ……お好きだけど!?

 ちょっと、ゴッド、何見てるんですか!?


「そうなると、あとは黒い組織のナンバーツーくらいしか思い浮かばんが」

『あ、最近正体が判明したらしいですね!』

「そうなんだよなぁ。俺アニメ派なのに、うっかりまとめサイトでネタバレ喰らってさー。いやぁ、マジであれは不意打ちだったわ」


 こうして、俺のラムの弾は撃ち尽くされたのであった。

 どうやら、かすりもしていない模様。


『公平先輩、もしかして、ラム肉ってご存じないですか?』

「……噂には聞いた事がある。昔、ゴチで岡村隆史が食べて、おいしーこれ! って叫んでた。何かの肉だ」

『そうです、そうです! お肉です! あの、パパが年末にいっぱい買ってきたので、もしよろしければ先輩、食べに来ませんか?』



 岡村隆史が「おいしーこれ!!」って叫んでいたヤツを!?



 そんな得体のしれない肉を食べても良いものかと言う葛藤はもちろんあった。

 でも、「花梨がご飯に誘ってくれてハズレ回ってあったかい?」とゴッドにささやかれた気がして、俺は大きく頷いた。


 ないね! だいたい当たり回で、稀に大当たり回!!


「自転車飛ばして行くから待ってて!」

 俺の愛車にまたがって、まだ見ぬお肉のために日の落ちた道路をひた走る。

 早めのライトの点灯を忘れずに。



「せんぱーい! お待ちしてましたぁー!!」

「おう。お呼ばれされに来てしまった。なんか毎回申し訳ねぇなぁ」

「いえいえ! あたしが先輩とご飯を一緒に食べたいだけですので! お気になさらずですよー! ささ、どうぞどうぞー」

「お邪魔します」


 とりあえず、使用人の皆さんが居酒屋風じゃなくなっていて一安心。

 見慣れたおばさまがリビングと言う名の大広間へご案内。


「ようこそおいで下さいました。桐島様。こちら、ウェルカムドリングです」

「磯部さん! あけましておめでとうございます!」

「これはご丁寧に、恐縮にございます。マスクメロンから抽出した、濃いめのメロンソーダでございます」


 多分、これだけでうちの汚いテーブルに置いてあった2000円、消えたな。


 いつも通りの魅惑の味に酔っていると、あの御仁がやって来た。

 今日は和服を着て登場。

 なんとも風格があって、これは新年の挨拶に来たグループ会社の偉い人たちを威圧しまくったあとと見受けられた。


「パパ! 遅い!!」

「ごっめーん! だってぇ、どこの会社かよく分かんないけど、社長が帰ってくれなくてぇー! パパだって、早く花梨ちゃんと先輩とご飯にしたかったんだよぉー?」


 風格と威圧が置き去りにされる。

 残ったのは、花梨パパ。和服の花梨パパ。

 和服が珍しいだけで、色違いのポケモンみたいなものである。


「くっくっく。息子よ、新年あけましておめでとう。よくぞ参った」

「あけましておめでとうございます。すみません、三が日過ぎてからのご挨拶で」

「何を申すか。貴様のくれた年賀状、堪能させてもらったわ! くくくっ、既に執務室の先輩コレクションコーナーに飾ってある!!」

「ちなみに、それはコピーで、オリジナルはあたしのお部屋に飾ってありますよ!! ほら、こんな感じです!!」


 お、俺の下手くそなミルタンクの絵が、金色の額縁に!!

 せめて「ミルタンクってなんかやらしいよな(笑)」とか書くんじゃなかった!!


「磯部ぇ! ラムしゃぶの支度をせい!!」

「もう整ってございます」

「くくくっ。息子よ、貴様、ラムは初体験だと言う話であったな?」

「ええ。聞いた事があるだけで、調べるまで何の肉なのかも知りませんでした」


 ちなみに羊のお肉である。


「先輩! 先輩! なんと、こちらにもう食べられる準備のできたお肉があります! あとは公平先輩のお口が開くのを待つだけですよ!!」

「ちょ、花梨、花梨さん! お父さんの前でそいつぁちょっと恥ずかしいと言うか、気まずいと言うか」

「平気です! あんなパパの事なんか視界から消してください!」


 そんな酷いこと言ったら、パパ上泣いてるんじゃないの?

 と思いきや、普通にラムしゃぶ食ってる!


「くくくっ。若い二人の邪魔をするような野暮はせぬ! ちなみにラムしゃぶは専用のタレがあるのだが、磯部にはそのタレをベースにもみじおろしと玉ねぎの……」


「はい! せーんぱい! あーんですよ! あーん!!」

「あ、あーん」


 そして俺の視界からパパ上が消えた。

 ちゃんとこだわりのタレの話について聞いているつもりだったのに。


 なにこれ、口当たりはさわやかで、それでいてコクがあって、甘辛いタレとたっぷりの野菜が絡み合う、初めて食べるこのお味!!



 食戟のソーマだったら、俺は多分全裸になってたね。



「くはぁー。むちゃくちゃ美味かった……」

「えへへ。満足そうな先輩を見ているだけで、あたしも満足です!」


 締めのラーメンまで、堪能させてもらった。

 すごいなぁ、北海道って。なんでも美味しいんだもん。ステキ。

 ステキを通り越していっそセクシーだよ。


「くっくっく。息子よ。まだ一品残っておるぞ!」

「え!? いやぁ、俺ぁもう腹がいっぱいで」


「お年玉である。受け取るが良い! くっくっく。ちなみに花梨ちゃんとの協議の結果、先輩が恐縮しないように、花梨ちゃんと同額の2万円にしておいた!!」



 O TO SHI DA MA!!!



 予想しない相手から貰えるお年玉って、どうしてこんなに愛おしいのだろうか。

 今なら俺、パパ上の背中を笑顔で洗ってあげられる!!


「何から何まで、色々とすみません。ご馳走になりました」

 あの後、本当にパパ上と一緒に風呂に入って、花梨さんが乱入して来て背中を洗う電車ごっこみたいになったりしたのだが、その話はもう良いか。


 両手にはメロンと、「お父君にこれを」と言われて渡された、なんかよく分からんけど多分むっちゃ高い酒。


「せんぱーい! 気を付けて帰って下さいねー!!」

「おう! 花梨、ありがとな! おやすみ!」

「おやすみなさーい!!」


 そして自転車を走らせて帰る俺。

 家の前で、バッタリ父さんと出くわす。


「公平……。父さんな、今年も負けから始まったよ。でも、大丈夫。これで幸せの貯金はできたはずだから!!」


 父さんの『幸福量保存の法則ポジティブシンキングの極み』を聞いたあと、お土産の酒を渡すと「ほらな! 公平! 捨てる神あれば拾う神ありだよ!!」と頬を染めるうちの中年。



 うちの幸せは安くできているけども、それって多くの幸せを獲得できるから、結果的にはひとつの幸せの形やん?


 そうやって自分を慰める、年の初め。

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