第420話 花梨とプールで遅れて来たクリスマス
明けて12月29日。
いよいよもって今年が終わろうとしている。
今日もこれから俺はお出掛け。
今年やり残した事をしっかりと誠実にこなさなければならない。
公平の名前に恥じぬ生き方をせよと、自分に
「あんた! 今日も出掛けるのかい!? それじゃ、帰りに伊勢海老買ってきておくれ! お正月用のいいヤツだよ!!」
デジャヴ。デジャブ。デジャヴュ。デジャビュ。
どれでもお好みのヤツを選んでくれ。
俺の創造主がまたむちゃくちゃ言っている。
「うちの正月で伊勢海老食った事なんてねぇだろ!? 俺ぁ、今年初めて伊勢海老食ったんだからな!! しかも俺に金払わせようとするだろ!! 見え見えだよ!!」
「なんだい、この子は嫌だねぇ。反抗期ってヤツかしらねぇ。昔は伊勢海老買って来てって言ったら、ニコニコしておつかいをしてくれてたのに、ああ嫌だよ!」
母さん、鏡花水月でも喰らったのか。
「そもそもスーパーで売ってねえよ、伊勢海老なんて!!」
「じゃあ、もうアレでいいよ! なんだっけね、あのカニ! ほら、あんたの持ってたニンテンドー64だっけ? あのコントローラーみたいなヤツ!! 買って来な!!」
「カブトガニじゃねぇか!! なおの事その辺で売ってるもんか!!」
「じゃあ捕まえて来な!」
そもそもカブトガニって食えるの?
疑問に思った俺は、グーグル先生に質問。
ねえ、『カブトガニ 毒』とか『カブトガニ 事件』とか、なんか物騒なワードが並んでんだけど?
とりあえず、タイとかでは食べられるみたいである。
「母さん! 仮にカブトガニ買ってきたとして、料理できんのかよ!」
「そんなもんは刺身でいきな! 大丈夫、グルメ細胞が活性化するかもしれないだろ!? 毒には毒をだよ!!」
「もう何言ってんのか分かんねぇけど、カマボコ買ってくりゃ良いんだな!?」
「そうだよ! なんかおめでたい色の安いヤツね! 車と北風に注意して行ってきな!!」
昨日はカニカマ。今日はカマボコ。
ああ、ダメだな。
来年のおせち料理、ダメだ。今んとこ、練り物しかねぇもん。
明日は父さんが競艇に行くから、もうそこに賭けるしかない。
「ところで父さんは?」
「男の勝負に出掛けたよ! あんたもあの背中を見て育ちな!!」
……我慢できずにパチンコ行っとる。
ああ、こんな分の悪い賭けもそうそうないよ。
悲しみは北風と一緒にお空へ飛ばして、冴木邸に到着。
さて、例によって「先輩は何も用意しなくていいですから、気を付けて来てくださいね!!」と言われたので、必要最低限の装備でやって来た俺である。
毬萌と一緒で、お家で遅めのクリスマスだろうか?
「公平先輩! いらっしゃいです! お待ちしてましたぁー!!」
呼び鈴を押す前に花梨が登場。
理由を聞いたところ、監視カメラに俺が映ると、警備の人から連絡が届くシステムになっているそうな。
「おい、桐島」とか書かれたビラが守衛さんの詰め所にない事を祈る。
「花梨、顔色もすっかり良くなったな! もう平気か?」
「はい! もう完璧に治りましたよ! この度は心配かけちゃってごめんなさい!」
「おう。俺ぁ別に構わんよ。お礼なら毬萌に言ってやってくれ。あいつ、かなり心配してたからな」
「毬萌先輩にはもうちゃんとお礼しておきましたよ! だって、毬萌先輩、一昨日まで毎日お見舞いに来てくれてましたもん!」
「えっ? そうなの!? なんだよ、あいつ。俺も誘ってくれりゃ良いのに」
「えへへ。たまには女子だけでお話をしたい時もあるんです! 公平先輩、まだまだ乙女心の勉強が足りませんね!」
「そういうもんか? まあ、2人が元気で楽しいなら、俺ぁそれで良いけどさ」
「じゃあ、先輩! 早速準備をしましょう!」
「おう。何するの? 部屋でゲームでもする?」
「ふふふー。今日はこれから、泳ぎに行きます!!」
「このクソ寒いのにか!?」
「温水プールに決まってるじゃないですかぁー。
宇凪レジャーランドとは、温泉やらプールやらスケートリンクやらが混然一体となっている、若いリア充からお年寄りのリア充まで幅広くカバーするスポット。
「もしかして、もう俺の水着、用意されてるパターン?」
「えへへー。お話が早くて助かります! あ、パパが優待券持っていたので、これを使っちゃいましょう! 車は田中さんが出してくれます!」
そして流れるように水着を渡されて、冗談みたいなリムジン、ではなく、普通のプリウスで出動。
普通のプリウスって何だ。俺にとっては高級車だよ。
「せんぱーい! お待たせしましたぁ!!」
「おう! ……おう。やっぱり花梨はスタイルが良いなぁ。黒い水着、良く似合ってるぞ? こりゃあ、悪い虫が寄って来ないように気を付けにゃ!」
花梨の着ている水着は、そんなに露出度が高いわけでもないビキニ。
それでも思春期男子にとってはオーバーキルである。
事実、俺の煩悩は既に2回ウルトラソウルをキメて眠るように息を引き取っている。
「ふぅー! 冬なのにここは暑くて、なんだかハワイみたいです!」
「そうかぁ。これがハワイだったのか。俺もついにハワイデビューしちまったか」
「先輩、先輩! どうしてあたしがプールに来たかったか、分かります?」
俺と花梨の間でプールと言えば、今年の夏、色々とやってきた歴史がある。
ならば、導き出される答え一つ。
「俺と花梨が一緒に何度も特訓した、思い出深いスポットだから!」
「おおー! すごい! 先輩、半分正解です!」
「むっ。半分か」
「はい! 公平先輩に習った泳ぎを見せたいなって気持ちはもちろんあるんですけど、それとは別に、もう一つ理由があります!!」
「んー。……ダメだ、分からん! 降参するから、教えてくれ」
「じゃあ、ヒントをあげます! ちょっと耳を貸してください」
「おう? なんだ、内緒話するような事なのか? お、おう!?」
——チュッと音がしたと思ったら、続いて頬っぺたに柔らかい感触が。
「か、かか、花梨さん!? いきなり、な、なな、なんつー事を!?」
今のはどう考えても、どう足掻いても、頬っぺたに、キスされている。
「水着を着たら、先輩にキスした事を思い出してもらえるかなぁって思いました!」
「……はは。まったく、花梨は変わった価値観をお持ちだよ」
花梨は胸を張って宣言する。
あんまり胸を張ると刺激が強すぎるので、ほどほどにして下さい。
「今回は毬萌先輩にクリスマスデートの先攻を差し上げたので! あたしもちゃんとポイント獲得しとかなきゃ! と思いまして! ドキドキしました?」
「俺の胸に耳を当ててみ?」
「えー。なんですかぁ? 先輩、筋肉ついてませんよ、ひゃあっ!?」
まんまと俺の罠に引っかかった花梨が、驚きの声を上げる。
そうとも、不意打ちで頭を撫でてやったのだ。
「俺にとって花梨は、色々な初めてを教えてくれる、大事な女子だよ」
花梨は攻勢に出がちなので、守勢に回ると案外もろい。
俺だって、伊達にこのスキだらけな後輩と同じ時間を過ごして来た訳ではないのだ。
「こ、こここ、公平先輩! 今のは、はん、反則ですよぉ!! なんで急に、そんな! い、イケメンみたいな事するんですかぁ!?」
「くっくっく。俺も時には悪い男になるのよ。知らなかったのか? 男は狼なんだぜ?」
「パパのものまねしないでください! してやられた感がマシマシですよぉ!!」
「ははっ! すまん! いや、たまには俺も花梨をドキドキさせてやろうと思ってな? どうだ、そこそこなサプライズにはなったかな?」
「驚かされ過ぎです……。もぉー、また熱が出ちゃいそうですよぉ……」
「そりゃ悪かった。じゃあ、今度は花梨のしたい事をしよう! なんでもお供しますよ? お姫様」
「あー! またあたしの事、子ども扱いしてません!? 言っときますけど、あたしだってもうすぐ高校二年生なんですよ!!」
「ふふふ。残念だったな。俺はもうすぐ高校三年生なのだよ!」
散々頭の中でシミュレーションする時間があったせいか、かつてないほど俺が荒ぶっている。
こんな肉食系のエノキタケ、滅多に見られるものではないと知るが良い。
「先輩! 一緒に泳ぎましょう! あたしの成長を見てもらいます!!」
「おう。仰せのままに!」
冬のプールってのも、なかなかに乙なものである。
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