第419話 毬萌とマフラー

「あーむっ! んふふー。二人で食べるとおいしーね! あーむっ!!」

「おう。確かにこのマカロンはうめぇ! さすがはリトルラビット直伝!」

「でしょー!? あーむっ! 頑張ったんだよー! あーむっ!」

「なんつーか、毬萌も成長しちまったなぁ。俺がいなけりゃ全然ダメだと思ってたのによー。今じゃ料理上手とか言うスキルまで獲得しちまって」


「にへへっ! あーむっ! わたしだって日々成長するのだっ! ……でも、コウちゃんがいないとわたし、まだダメだよ? あーむっ!」

「……嬉しい事言ってくれるなぁ。ところでな、毬萌よ」

「ほえ? なぁーに?」



「お前、マカロン食いすぎじゃねぇか!? 太るぞ、さすがに!!」

「平気だよぉー。わたし、太った事ないもーん!!」



 それを花梨の前でだけは言ってくれるなよ。

 しかしまあ、良く食う女子ってのは見ていてこっちまで幸せな気分になるものだ。


 ……マカロンの山がもう5分の1くらいになっとる!!


 嘘だろう? 俺がほんのちょいとモノローグこなしてた間に!?

 30個くらいあったのに!?


「毬萌さんや。ちょっと待っててな」

「あーむっ! おトイレ?」

「すぐ戻る」


 そして俺は、毬萌の家の風呂場にある体重計を持って、再び部屋に戻った。


「おう、毬萌。最後に体重量ったの、いつだ?」

「んー。今年の4月の健康診断の時かなぁ?」

「うむ。ちょっとこれに乗ってみなされ」

「えー。コウちゃん、女子の体重を把握したいとか、なんだか変態さんみたーい!!」


「お前の事を心配してるから言ってんの!! 良いから、乗れ!!」

「みゃーっ。仕方がないコウちゃんだなぁ。よいしょっと!」


 液晶のデジタル数字が「こんなもんっすかね」と表示してくれる。


「……みゃっ!?」

「増えてんのか?」

「や、ヤダなー、コウちゃん! 今、こっそり足乗せたでしょー? もう、子供みたいなイタズラしてー! 今度はちゃんと量るよっ!!」


「……みゃっ」

「増えてんだな?」


「ふ、服だよ! この服、すっごく重たい素材でできてるんだもんっ! ピッコロさんのヤツと同じだもんっ! ピッコロさんもあそこで服買ってるって言ってたもん!!」

「ピッコロさん、案外アパレル系に明るいんだな」


 そして毬萌。最終手段に打って出る。

 糖分は十分すぎるほど摂取していた。

 なのに、この行動は、どう考えても。


 アホの子やんけ!!


「みゃーっ!! こ。これで量れば、へーきなのだぁーっ!!!」



「おぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? おまっ! ばばばばっ!! 服を、服を着ろ!!!」



 何のためらいもなくサンタ服を脱ぎ捨てた毬萌。

 身にまとうのは、ライトグリーンの下着のみ。

 これはあかん。色々とあかん。このまま行くと、怒られる!!


「コウちゃーん!! うぇーん!! なんか体重計が壊れてるーっ!!」

「分かった! 分かったから、服を着て!! お前、今が勝負の時だと思ってんのか!?」

「ねーえー! コウちゃんも量ってみてぇー! ほーらぁー!!」

「お前、その姿で密着すんじゃねぇ! ヤメて! あかんヤツ! マジで!!」


 なんか腕にやたらと柔らかくて温かい感触がががががが!!

 …………ん?


「毬萌。ところで、何キロ増えてた?」

「ヤダ! 言わないもんっ!」

「いや、俺正確な数値見てんだけど……。今さら隠したって。というか、お前はまず勝負下着を隠してください。この通りです、お願いします」


「……グラム」

「え? あんだって?」


「600グラムだよぉ!!」



「それ、普通に成長しただけなんじゃねぇの」

「ふぇ!?」



 くそ。こんな事言いたくないけど、可能性がある部位に心当たりができちまった。

 じゃあ言わなきゃ良いって?

 俺は毬萌に嘘はつかない! ちょいちょい嘘ついてる?

 ちょっと今日はしつこいなぁ。

 マカロン1個やるからあっち行け、ヘイ、ゴッド!


「お前さ、あのー。アレだよ。なんつーか。そのな、言いにくいんだけども」

「うぇーん! コウちゃんが言いにくい程太ったぁー! もうヤダぁー!!」

「違う! 太ったんじゃねぇ!!」

「気休めなんていらないよぉ! コウちゃんはいくら食べても枯れ木のまんまだもんっ!! 枯れ木の妄言もうげんになんて惑わされないもんっ!!」


「人を木の妖怪みてぇに言うのをヤメんか!!」


 ふぅと一息。

 こんな事、男子の口から言わせるんじゃねぇよ。



「お、お前さ、毬萌。……胸、デカくなってねぇか?」

「みゃっ!?」



「あと、身長もちょっと伸びてんだろ? さっき、あのー、なんだ。抱きしめた時に思ったけども。あんなジャストサイズじゃなかったと思う」

「……そう言えば、夏くらいからなんだかブラがキツかったような気が……! みゃっ!! ちょっと測ってみるっ!!」



「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! おま、マジか!! すぐ出るから、2秒待って! お願い、ブラ外さんとって!! ほんまにあかんヤツやんけ、それぇ!!!」



 俺は『24』のジャック・バウアーよろしく、転がるように部屋から脱出。

 大丈夫。俺は何も見ていない。



 それから3分後。


「コウちゃーん! 良いよー!!」

「おう。やっとか。……良くない!! なんでまだ下着姿!?」

「もう見られてもいいかなーって! 別に子供の頃から裸とか見られてるし!」

「それ普通は男側の幼馴染が言うヤツ!! 良いから、毬萌サンタに戻りなさい! 良い子にしてねぇとプレゼントやらねぇぞ!!」


「みゃっ!? んしょんしょ……毬萌サンタ、復活なのだ!!」

「ああ、なんかどっと疲れた……。マカロンくれ。あー。美味い。そして甘い。癒される。んで、どうだった?」


「みゃーっ! おっぱいのサイズ聞くとか、コウちゃんのエッチー!!」

「さっきまで半裸だったお前にだけはエッチ呼ばわりされたくない!!」


 ちくしょう。男の純情もてあそびおってからに。

 相手が誰だって、思春期の男ってのは急にそんな恰好されたらアレなの!

 特に、相手がお前だと、ホントにアレなの!!


「にへへーっ! なんと、毬萌選手、おっぱいのサイズが一つ上がっていたのでありますっ!! そして身長も2センチ伸びていたであります! 二階級特進なのだぁ!!」

「だろうと思ったよ。良かったな、成長してて」

「ねぇー。ビックリだよぉ。ねね、なんでコウちゃんは気付いたの!?」



「んなもん。毎日お前の事を見てるからに決まってんだろうが!」

「……みゃっ。う、嬉しい……のだ……。でも、ちょっと恥ずかしい……」



 ちくしょう。可愛いじゃねぇか、ちくしょう。

 そして毬萌が可愛いと色々とやりづれぇ!!


 あと恥じらうタイミング!

 半裸になった時より恥ずかしいがる事!? もう俺、分かんない!!



「ほれ。これ、プレゼントだよ。気に入るかは知らねぇけどな」

「みゃーっ! 開けて良い!? 開けて良い!?」


 アホ毛がかつてないほどぴょこぴょこしている。

 新しいオモチャで遊びたくて仕方のない柴犬かな?


「どうぞ。って、開けてんじゃん! せめて待てよ!! 俺のセリフを!!」

「わぁー! マフラー!! すっごく可愛い! どこで買ったのー!?」


「……作った」

「ほえ?」


「作ったんだよ! 俺が編んだの! 鬼瓦くんに習いながらな! お前寒がりだから、今年の冬は辛いだろうなって思ったから、そんだけだよ!!」


 すると毬萌は、ギュッとマフラーを抱きしめて、アホ可愛い笑顔で言うのである。



「ありがと、コウちゃんっ! ずっと、ずーっと、大事にするっ!!」



 こいつの笑顔はすごい。

 見ているだけで、嫌な事とか全部忘れてしまう。

 俺は、ぶっきらぼうに返事をするしかなかった。


「おう。そうかよ。しかし、まさか俺ら2人とも鬼瓦家のレクチャーを受けていたとは……。こりゃ、しばらくリトルラビットにゃ頭が上がらんな」

「にははっ! ねー! ……あのさ、コウちゃん?」


 神妙そうな顔の毬萌。

 言わんとしている事は分かっている。幼馴染を舐めんな。


「大丈夫だ。花梨の分も用意してる。大変だったんだぞ、急にもう一つ編み物せにゃならんとか。ちなみに!! ……これで良いだろ?」


 本当のところ、手編みのプレゼントはひとつしか用意していなかったのだ。

 だが、クリスマスが潰れちまった以上、そして毬萌と花梨が『フェアな勝負』にこだわる以上、俺が不公平の元凶になる訳にはいかんだろ。


 俺の名前は公平だぞ。名が体を表す系男子を舐めんな。

 お前らの勝負の決着の時まで、俺は誰に対しても公平だ。


「にへへ、コウちゃんのそーゆうとこ、好きーっ!!」

「そうかよ。ありがとさん」


 くそ、口元がにやけそうになってしまうじゃないか。

 我慢だ、我慢。


「はい、これ! コウちゃんにもプレゼントなのだ!」

「いや、俺はこんだけもてなしてもらったから、もう! ……おう?」


 それは、ラミネート加工されたノートの切れっぱし。

 『コウちゃんが困ったらいつでもどこでも助けてあげる券』と書かれていた。


「有効期限は無制限だから、大事にしておくと良いよ! にははっ!!」



 くったくなく笑う毬萌。

 まったく、こいつの笑顔には敵わない。

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