第414話 毬萌の一声 「今年のクリスマスは中止します」

「ゔぁあぁあぁあぁあっ! 失敬、急ぎで通ります! 道を開けてくだざい!!」


 鬼神超特急に飛び乗って、俺は保健室へ。

 隣を並走する毬萌。そして氷野さん。


 廊下は走るな?

 反省文でも反省ポエムでも好きなだけ書いてやるから、今は黙ってろ。


 そして保健室に到着。

 乱暴にドアを開けたのは不作法の極みであったが、気が動転していたためお許しいただきたい。



「花梨! 花梨、大丈夫か!? おおい、俺だぞ!! みんなもいる!!」



「ちょっと、桐島くん。君はいつも保健室で大騒ぎするんだから。少し落ち着きなさい。そんな、命に関わるような事じゃないから」

 大下先生が俺をたしなめる。


 そうは言いますが先生。

 いや、大下先生は医師免許も持っているガチの女医さん。

 それは知っています。その上で言っています。


 心配なんです。


「あらまあ、後ろの3人も同じ顔してるのね。まったく、仲良しで見てて羨ましくなっちゃう。平気よ。冴木さん、ちょっと熱が出て、めまいを起こしただけだから」

「それはつまりどういうアレですか!? 俺の血でよければ、いくらでも抜いて下さい!! 俺、花梨と同じA型です!!」


「うん。落ち着きなさい? 桐島くんから血を抜いたら、あなたが死んじゃうから」


 花梨が助かるならば、俺の命の1つや2つ!!

 すると、渦中かちゅうの人である、花梨の声がする。


「もぉー。先輩、大袈裟ですよぉー。ちょっぴり熱が出ただけですってば」

「冴木さん、急に立ったらダメよ?」

「あ、はい。カーテン開けても良いですか?」

「ええ。ほぼ間違いなくただの風邪ですからね。あ、ただ桐島くんはマスクしてね? あなた、多分ただの風邪でも死んじゃうから」


 大下先生がさっきから俺をガンガン殺していく。

 彼女の脳内シミュレーターでは、何人目の俺が死んだのだろうか。


「ごめんね、花梨ちゃん! 具合悪いの気付いてあげられなくって!」

 まず毬萌が、俺たち全員の気持ちを代弁してくれる。


 思えば、予兆があったのだと、俺は今さらながらに己の愚鈍ぐどんさを嘆く。

 花梨は今朝、顔が赤かった。

 てっきりテンションが上がっているのかと思っていたのだが。


 俺にポカリスエットを買って来てくれた時も、かなり息が荒かった。

 きっと、あの時点で既に体調が悪かったのだろう。

 それなのに、俺ってヤツは、アホみたいに今日の計画について考えて、浮かれて。


 自分がこれほど間抜けだとは知らなかった。

 公平な視野はどこに置き忘れて来たのか、桐島公平。

 メンバーの不調をいち早く察知するのが副会長の務めだろうに。


「さてと、冴木さんはおうちの人にお迎え頼みましょうか」

「あ、先生。それなら俺が」

「そう? それは助かるわ」


「私、冴木花梨の荷物取ってくるわね! 一年生の教室だから、すぐ戻るわ!」

「氷野先輩、僕がご案内を! 席が分からないかと思いますので」

「そうね。行くわよ、鬼瓦武三!」

「ゔぁい!」


 何も言わずに自分に出来る事をしてくれる仲間たち。

 毬萌は花梨に付き添って話をしている。

 熱があって辛い気持ちが少しでも楽になれば良いのだが。


「あ、もしもし。田中さんですか? どうも、桐島です。あのですね、お父さんには内密でちょいとご報告が……。はい、ええ。お願いします」


 俺には俺のできる事を。


 花梨パパが娘の体調不良を知ったら、ヘリコプターで学園に来るくらいは余裕でするだろう。

 現在は北海道でラムしゃぶの材料を買い付けに行っているとか。

 田中さんには迎えの車の手配と、大事にならないようやんわりと事情を伝えて欲しい旨をお願いしておいた。


「あの、公平先輩、お願い聞いてもらっても良いですか?」

「おう! 何でも良いぞ! どうしたら良い!? やっぱり輸血しようか!?」

「あはは……。あの、ちょっとだけ心細いので、一緒におうちに来てくれませんか? 毬萌先輩も一緒に……」


「お、おう! そんな事なら、喜んで!」

「花梨ちゃん、わたしも行っていいの?」

「はい。ぜひぜひ、お願いします」

「うんっ! 分かった!」


 タイミングよく、鬼瓦くんと氷野さんが花梨のコートと鞄を持って来てくれた。

「それでは僕は、冴木さんのお迎えを校門で待ちます!」

「鬼瓦くん、何から何まで、すまん。俺が不甲斐ないばっかりに」


「バカ平! あんたが暗くなってどうすんのよ! こういう時こそ、普段のしょうもないテンションで冴木花梨を元気づけなさいよ!! ったく」

「おう。そうだな。花梨、今日はずっと俺らが付いてるからな!」

「そだよー! だから、安心して良いんだよっ!」


「ありがとうございますー」


 そして鬼瓦くんからスマホに連絡。

 リムジンが来たらどうしようかと思っていたが、やって来たのはキャラバンらしい。

 察するに、田中さんの配慮だろう。


 そして、自分で歩くと言う花梨に毬萌と俺で肩を貸して、車に乗り込んだ。

 鬼瓦くんと氷野さんは、「邪魔になるから」と言って、ここでお別れ。


 舞台は冴木邸へと移る。



「うーん! お薬が効いてきたみたいです! 熱も下がりましたし、もう平気です!!」

「みゃーっ! 良かったぁー! ね、コウちゃん!」

「おう、ホントに良かった。俺ぁ、なんてびたら良いか……」


「えっ、ちょっと公平先輩!? なんで頭を下げるんですか!?」

「アホなりに考えたらな、花梨の風邪の原因に行きついたんだよ。俺のせいだ」


 この間の日曜日。

 雪の降る中、花梨とうちの近所を散歩した、あの日。

 あれが原因で体が冷えて、体調を悪くしたのではないか。

 どうして俺はあの時、せめて傘を用意しなかったのか。


「あはは! それはないですよー!」

「えっ!? いや、だって! 体が冷えて!!」


「だったら、公平先輩も風邪引いてるはずじゃないですか? あたしだけ風邪を引いて、公平先輩が無事なんて、あり得ません!!」

「んー。そだねー。一応、花梨ちゃんとコウちゃんが同じ条件で過ごして、花梨ちゃんだけが具合悪くなる確率、コンマ以下で存在はするんだけど」


 コンマ以下って、毬萌さん?


「とにかくー! 今回は完全にあたしの不注意なので! 勝手に公平先輩は罪の意識を背負わないでください! 大事な先輩が潰れちゃいます!!」

「そ、そうだったのか……。いや、しかし万が一ってことも!」


「コウちゃん、それを言うなら億が一くらいが適切かもだねっ!」


 億分の1なの? 毬萌さん?


「はい! そういう訳ですので、変な気を遣わないで、お二人はデートして来てください!」


 花梨の一言で思い出す、今日と言う名のクリスマスイヴ。

 もちろん、返事は決まっている。

 それをダンディボイスで言おうとしたところ、アホの子に奪われた。



「花梨ちゃん! 正々堂々と勝負するってお話だったでしょっ!? こんなの、全然フェアじゃないよっ! 相手が花梨ちゃんでも、わたし怒るよっ!?」



「え、あ、あの、でも……」


 かつてない毬萌の迫力と威圧感にたじろぐ花梨。

 それもそのはず、このキレ毬萌さん、超レアキャラである。


 俺がかつて、古くなったクリームパンを毬萌の制止を振り切って「イケる」と言って逝った末、救急車のお世話になった時、あれは中学の頃だったか。

 キレ毬萌にむちゃくちゃ怒られたものである。


「で、でも、毬萌先輩! せっかくのクリスマスが!」

「じゃあ、今年のクリスマスは中止にしますっ!!」


 全国のよいこの皆、すまん。

 サンタクロース、今年は有給消化するんだってよ。


「別に、クリスマスじゃなくても良いじゃん! 花梨ちゃんが元気になったら、準備してたデートを順番にしよ? それなら、用意も無駄にならないしっ!」

「そんな、あたしのために……」


「わたしたちのために、だよっ! わたしたちの大事な初恋なんだから、ちゃんとしないとなのだっ! だから、ね? 今は何の心配もしないでゆっくり休んでね」


「うぅ……。毬萌先輩……! あり、ありがとう、ございますぅ……」

「よしよし、花梨ちゃんは頑張り屋さんだから、たまにはワガママ言っても良いんだよ?」


 何と言うか、俺の立場上、何も口を挟めないのである。

 まあ、二人の間で納得しているのであれば、俺に異論などあるはずもない。

 こういう姿を見ると、やっぱり毬萌って生徒会長なんだなぁ。

 2人のやり取りを見ながら、そんな事を考えていた。



「あ、そだそだ、コウちゃん!」

「おう!」

「わたしも花梨ちゃんが元気になるまで、コウちゃんとは会わないから! だから3日くらい、適当にその辺ブラブラしといてっ!!」


「……俺の扱い、酷くない?」



 こうして今年のクリスマスは中止が決定。

 実のところ、俺も結構な覚悟をしてこの日を迎えたのだが、事態が事態なだけにこればかりは致し方ない。


 答えは逃げないし、俺も逃げない。

 クリスマスとやらは、せいぜいリア充とパリピどもを喜ばせてやれば良い。

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