第412話 終業式とクリスマスイヴ

 寝て起きて寝て起きたらば、今日は二学期の終業式。

 つまりは生徒会が出動する案件。


 面倒だけども、俺たちの任期で残された終業式の類は、今回を除けば三学期の始まりと終わりのあと2回。

 そう考えると、なんだかちょっぴりおセンチな気分。


「おらぁ! 起きろ、毬萌!! 朝だよ! 今日で学校終わりだぞ!!」

「みゃーっ……。じゃあ、わたしが出るまでもない、のだぁ……」

「四天王の強キャラみてぇな事言ってんじゃねぇよ!!」


 おセンチな気分、出家しゅっけ

 家出いえでならばお腹が空いたら帰ってくるかもしれないが、仏門に入られるとなかなか帰って来れまい。


 ああ、結局いつもの朝じゃないか。

 何も特別な事はない。


「みゃーっ……。コウちゃん、今日何日だっけー?」

「24日だよ!! 終業式だって言ってんでしょうが! 起きろーまりひゃおうっ」


 毬萌を覗き込むようにして叫んでいたら、急に顔ごと押しのけられた。

 思わずパリピみたいな叫び声が出たよ?

 なんでそんな酷いことするん?


「クリスマスイヴだーっ!! コウちゃん、出てって!!」


 あんまりなお言葉である。


「おま、お前なぁ。俺が必死に起こしてやったってのに、なんつー態度だ」

「だってぇー。勝負下着に着替えないとだもんっ! コウちゃん、見たいの? エッチーっ!!」

「ばっ! お前はホントにばっ!! い、今更幼馴染の下着なんか見ても、ばっ!!」


「みゃっ……。見たくないんだ?」



 どうすりゃいいんだよ。



「み、見たい! 見たいよ!! 特別なんだもんな!! おう、見たい!!」

「えーっ? もう見るのぉ? こ、こーゆうのはさっ、もっとさっ、ロマンチックな雰囲気でさっ! でも、コウちゃんが見たいなら、今でも……っ!!」

「ばばばばばばっ!! ちくしょう!! 俺ぁ下で待ってるからな!!」



 どうすりゃ良かったんだよ!?



「にははーっ。お待たせしたのだーっ!」

「おう。とっとと飯食っちまえよ。急がねぇと、後輩より遅れて重役出勤する先輩なんて嫌だろ」

「はーい。おかーさん、フレンチトースト作ってーっ!」


「聞いてた!? 時間がねぇの! なんでそんな手間のかかるもんを要求するんだ! 食パンなら焼いてあるから、バターでもジャムでも好きなだけ付けて食え!!」

「みゃーっ……。コウちゃんのケチ! いいもん、イチゴジャムとブルーベリージャム、両方つけちゃうもんっ!!」

「な、なんて贅沢な……!!」


 うちでは食パンと言えばマーガリンなのに!

 しかも2度づけしたら母さんに引っ叩かれるのに!!


 そして、毬萌の朝飯が済むのを待って、出発進行。

 幸いな事に、想定していた時間よりは数分早い。


「ねえねえ、コウちゃん! 今日は何の日でしょー?」

「知ってるよ!! ヤメろよお前、そうやってプレッシャーかけてくんの!!」



 そうとも、今日はクリスマスイヴ。

 俺は、二人の女子からお誘いを受けている。


 えっ? クリスマスの予定聞かれたんじゃなかったかって?

 後で確認したら、「クリスマスって言えばイヴの夜に決まってるじゃん」とか言われたんだよ。

 大事な話の腰にミドルキックするのはヤメて、ヘイ、ゴッド。


 どちらを選ぶかは、とうに決めている。

 そして、彼女たちは、選ばれなくても良いと笑う。

 こんな風に想われて、俺ってヤツはなんて恵まれているのだろうか。

 今さらながらに実感する。


 俺の決断を彼女たちは、どんな形であれ受け入れてくれると言う。

 乙女にそこまで言わせてしまったらば、俺も男だ、引き下がれない。


 覚悟のクリスマスイヴ。

 俺には答えを明確にする準備がある。

 俺にとっての、そして彼女たちにとっての、全員の初恋に、決着をつける。


 毬萌も何かを察しているのか、普段より口数が少ない。

 その代わりに、俺の制服の袖をキュッと握っている。

 天才なりの気の遣い方だろうか。


 そして校門を通過して、待つ事数分。

 生徒会役員が集結した。



「おはようございます! 公平先輩!! 毬萌先輩!! 良いお天気ですね!!」

「おう。花梨はいつにも増して元気だなぁ」

「当たり前です! こんなに大事な日に元気じゃないなんてありえません!!」

「おう。そうだな!」


「桐島先輩、僕は会場の設営に向かいます」

「おう。ああ、俺も行くよ。今日、吹奏楽部がクリスマスにちなんだ演奏するだろ? その辺の話を氷野さんとしておきたいから」


「じゃあ、司会進行の打ち合わせはわたしと花梨ちゃんでしておくのだっ!」

「結構長いですから、公平先輩用のスポーツドリンクも用意しておきますね!!」

「おう! ちょいと行ってくらぁ!!」


 もう、俺が講壇に潜む事を誰も意に介さなくなっちまった。

 この伝統、受け継がれるのかな?


 鬼瓦くんが講壇の中でミチミチになるの、あんまり想像できないけども。



「うーっす。おはよう、氷野さん」

「あら、公平。おはよ。あんたも来たの? 鬼瓦武三だけで済むのに」

「吹奏楽部の配置でマイクとかスピーカーとか動かすだろ? 安全確認する人間が氷野さんの他にもう一人くらい居ても良いかと思ってさ」

「ふぅーん? なんかイケメンみたいな事をいっちょ前に言うようになったじゃない。公平のくせに、生意気ね」

「ほほう。ならば、更にイケメンっぽく振舞おうじゃないか」

「ぷっ。できるものならやってみなさいよ! 見ててあげるから」



「……氷野さん、今日も可愛いぜ? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」

「ば、バカ! イケメンはそういう事言わないわよ! バカ平!!」


 照れ隠しのローキック、ありがとうございます!!



「鬼瓦くん! そっちのデカいスピーカーの向き変えられるか?」

「造作もありません。ゔぁあぁぁぁっ!」

「おっしゃ。そっちの吹奏楽部の子、試しにトランペット吹いてみてくれる?」

「はい。分かりました!」


「鬼瓦くん、すまん! ちょっとだけスピーカー戻してくれる? おう、そうそう、そのまま! はい、オッケー!! 吹奏楽部の子もありがとう!!」


 とりあえず、設営作業は鬼瓦くん一人で行われている。

 4月の頃はみんなでやっていたのに、いつの頃からか「これ鬼瓦くん一人の方が効率良くね?」と全員が気付き、このスタイルが確立された。

 こんな日常の些細な変化すらも、なんだか愛おしい。


 そうか、今年が終わるんだなぁ。


「なに吹っ切れた顔してんのよ。……あんた、さては今晩いやらしいことするつもりなんでしょう?」

「人聞きが悪い! しないよ!? 俺ぁプラトニックな男なんだ! てめぇの行動に責任が取れねぇうちはそんな事しねぇ!!」


「あらあら、そう言う返しが来るって事は、誰かと夜を過ごす予定はあるのね? あー、嫌だ嫌だ、男って言うのはケダモノなんだから!」

「ぐぅぅぅ。誘導尋問に引っ掛かるとは、俺としたことが」

「まあ、精々楽しんだら? 高二のクリスマスイヴは今日だけなんだし。もしかしたら、公平が女子と過ごせる最初で最後のクリスマスイヴかもだし?」


「体が複数あれば、氷野さんともクリスマス一緒に過ごしたかったなぁ」

「なんであんたは告白の前に浮気しようとしてんのよ! 私はそんなに安い女じゃないわ、よっ!!」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ! 押忍、気合入りました!!」

「ふんっ。バカなんだから」


「桐島先輩。設営、完了しました」

「おう。お疲れ、鬼瓦くん!」


「氷野先輩! 私たちもパイプ椅子並べ終えました!」

「そう。松井もすっかり仕事が板に付いてきたわね。偉いわよ」

「ありがとうございます!」


 あらヤダ、氷野さんが素直に後輩を褒めるなんて。

 これはホワイトクリスマスが現実味を帯びてきたか。


「松井さん。氷野さん、ちょっと優しくなったよな?」

「ふふっ。そうですね。多分それ、桐島先輩のおかげですよ?」

「えっ、マジで? ねぇねぇ、氷野さん俺のおかけで優しくなったらしいじゃん! なに、俺の事を好きになって、見習うべきは見習う的な? 照れあぁぁぁぁぁいっ!!」


 蹴りの威力も上がったようだけど?


「コウちゃーん! マルちゃーん!! 準備できたよーっ!」

「おう。そんじゃ、俺もストレッチしますかね」


「はあ、はあ! 公平先輩! 飲み物買って来ました!!」

「ああ、すまん。そんな息切らすまで急いでくれなくても良かったのに。ありがとな、花梨」

「ふぅ。えへへ。いえいえ、お気になさらずです!」



 さて、今年の総決算と行こうじゃないか。



 はあ? 日本体験記?

 そんな予定はないよ? ヤツは今頃、イギリスの実家で寝てるだろ。


 せっかくいい気分なのに、縁起の悪い事を言うんじゃないよ。ヘイ、ゴッド。

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