第411話 花梨とクリスマスの予定

 毬萌に引っ張られて買い物に行った翌日。

 俺はスマホをコタツの上に置いてスタンバイしていた。


 毬萌の言葉から、今日は恐らく彼女の番だと推察したからである。

 そのくらい俺だって分かるわい。

 あいつら、淑女協定を結んでいるとかで、イベント事になるとちょいちょい行動に一貫性が出て来るんだもの。


 現在のお時間、午後2時過ぎ。

 まだかしら。

 朝一番に連絡が来るかと思って早起きしたのに。

 もう『School Days』見終わっちゃったよ。


 とりあえず、「心温まる純愛ラブストーリーです! 寒い冬にピッタリ!!」ってレビュー書いてたヤツに話がある。

 なんでこのクソ寒いのに背中まで冷やさにゃならんのか。

 尻の穴がキュッとなったじゃないか。


 えっ? ゴッド見た事ないの?

 心温まる純愛ラブストーリーだから、前知識なしで見た方が良いよ!!

 マジでおススメ!!


 なんて事を独りでやっていると、我が家の呼び鈴が鳴った。

 数秒ののち、母さんの声がする。


「あんたー!! ちょっと出ておくれー!! 母さん今、手が離せないからー!!」

「なんでだよ!! ったく、天ぷらでも揚げてんのか?」


 仕方がないので階段を下りる。

 リビングでは、母さんが『冬のソナタ』を濡れ煎餅せんべい食いながら見ていた。


「おい! 手が離せねぇんじゃなかったのかよ!! 母さん!!」

「見て分かんないのかい!? 今、超忙しいよ!! 今から雪だるまがね!! ああ、もう、喋ってたら見逃すだろう!! とっとと行きな!!」


 とりあえず俺のプライムビデオも、母さんがパート仲間のおばちゃんから借りて来たDVDもだが、10年昔にさかのぼったのかな?


 えっ? お前んちの生活水準は昭和だから気にすんなって?

 ゴッドはスクイズ見てて。ほら、純愛ラブストーリー。



「へーい。お待たせしましたっと」

「せーんぱい! 来ちゃいましたぁー!!」


 そこには、花梨が立っていた。

 しかも知らないうちに外は小雪が舞っている。


「なんだよ、言ってくれりゃ俺が花梨の家に行ったのに! まあ入ってくれ!!」

「えへへ。先輩のお宅の周りってほとんど来たことがないので、気分転換ですよ! あ、これ、お土産のメロンです!!」

「あらぁー! 花梨ちゃん、いつも悪いわねぇ!! まぁ、大きなメロン!!」


 母さん、いつから俺の背後に立っていた!?


「おばさま、こんにちはー。ご家族の皆さんメロンがお好きだって聞いていたので、気に入って頂けると嬉しいです!」

「ヤダよ、これでうちのエノキタケより年下なんだから! 人生って残酷!! さあさあ、お入りなさいよ! 今ね、ちょっと良いお茶淹れるからね!!」


 ヤメろよ、母さんばばあ!

 そのちょっと良いお茶、通販で買ったダイエット食品じゃん!

 しかも、「うわ、不味いねぇこれ!!」って1回飲んだきりのヤツ!!



 あとツッコミで聞き漏らしそうになったけど、母さん?

 俺はついに親にまでエノキタケ呼ばわりされ始めたの?



「あ、いえー。先輩がよろしければですけど、この辺りをお散歩できたら嬉しいなーって思うんですけど……。ダメですか?」


 その上目遣いは反則。即イエローカードもの。


「おう。構わんぞ? ちょっと待っててくれ、すぐ上着をべっしゃ」

「あんたの部屋から持って来たよ! 何とか言うモコモコジャンバー! ホントにねー、どうして貧相な男ってのは黒い服ばかり着たがるのかねぇー」


 お、俺の一張羅いっちょうらを濡れ煎餅食ってた手で触るんじゃないよぉ!!


「俺のビームスのダウンに変な名前つけんなよ! 高かったんだぞ、これぇ!!」

「花梨ちゃんも聞いてやってよ。うちのモヤシ、身の丈に合わない服ばっかり買ってねぇ! 男は中身だって言ってんのに、どうしようもないったらねぇ!!」


「母さん! ほら、冬ソナ見るんだろ! なんか、ヨーモーニーって歌が聞こえる!! 終わったんじゃねぇの!?」

「あらあら、こいつぁいけないね! じゃあ、花梨ちゃん、うちのアメンボなら好きに連れ回して良いからね! あらあらあら、こいつぁいけないよ!!」


「……あの、なんつーか、ごめんな? うちの恥部を晒しまくって」

 露出狂かな?

 次から次に息子を蔑称で呼ぶんじゃないよ。


「いえいえ! とっても楽しいお母さんですよね! あたしは好きですよ!」

「花梨はホントにいい子だなぁ……。よし、どこでも案内してあげよう!!」

「ホントですか!? やった! じゃあ、公園とか行ってみたいです!!」

「おう。何にもない小せぇヤツなら、少し歩けばあるぞ。行くか」


 相変わらず小雪は舞っているが、傘をさすほどでもない。

 花梨とご近所探索が始まった。



「先輩の小学校ってどこでした?」

宇凪うなぎ西だよ。歩いて15分くらいのとこにあるぞ」

「もぉー。あたしの家がもう少しこっちにあれば、同じ小学校に通えたのにぃ!!」

「おー。花梨が同じ地区に住んでたら、毬萌と3人で遊んでたかもな!」

「そうですよ! ズルいです!!」

「はっはっは! まあそう言うなよ! 高校で会えたじゃねぇか! お、ほら、ここだよ。ブランコとシーソーしかねぇでやんの。昔はもう少し遊具あったんだけどな」


 貧相な名もなき公園に到着。

 これでも小さい頃はここが一つの国のように思えたものだが、やはり年を取ると見え方も変わってしまうらしい。


「せんぱーい! せんぱーい!! こっちですよ、こっちー!!」


 少しばかり物思いにふけっていると、花梨がブランコに腰かけていた。

 俺の視界の裏を取るとは、やりおるわい。


「なんだか今日の花梨は子供みたいだな! ブランコそんなに珍しいか?」

「むー! 公平先輩はホントにダメな先輩です! 別に、ブランコ見つけてはしゃいでる訳じゃありませんよ?」

「おう。そうだったか。てっきり俺ぁ花梨がブランコに目がないのかと」



「あたしがはしゃいでるのは、先輩と一緒に居るからです!」

「……そんな事を言われると、降参するしかねぇなぁ」



「えへへー。でもでも、先輩の成長も見受けられますよ? 出会った頃なら、……Ohとか言って、固まってましたもん!! あははっ!」


 花梨さんに成長を褒められる。

 これは結構すごい事ではないのだろうか。

 ヘイ、ゴッド。判定は?


 ……いねぇでやんの。あいつ、スクイズ見てんな?


「公平先輩! やっぱりあたし、先輩と別の小学校と中学校で良かったです!」

「なんだよ、やっぱり俺の幼馴染は気が重かったか?」


 すると花梨はブランコから勢いよく飛び降りる。

 スカートがひるがえるものだから、目のやり場に困るったらない。


 そして、少し本降りになってきた大粒の雪の中で、クルリと回転して言うのだ。


「高校受験のあの日、あの時に先輩と会えたから、あたしはステキな初恋ができたんですよ? 今思い出しても、あんなにドキドキした事はありません!」

「おう。そっか。……すまんなぁ、その出会いのシーン、俺が忘れちまってて」


「平気です! その分、いっぱい思い出が作れるんですから! せーんぱい?」

「おう。どうした?」



「クリスマス、もしよろしければ、あたしと過ごしてください!!」


 ブランコに寄りかかっているしなびたキノコには過ぎた笑顔だった。

 そして彼女も続ける。毬萌と同じように。


「もちろん、お返事は当日までしちゃダメですよー? これは大好きで尊敬している、とある先輩との約束なので! こればかりは公平先輩でも守ってもらいます!」


「……おう。多分その先輩、俺の知ってるヤツだ」

「えへへ、それはどうでしょう? 内緒です!!」



 それからしばらく、花梨と雑談をしていたところ、いよいよ雪がひどくなって来たので、「そろそろ帰ろうか」と彼女に切り出した。

 花梨は名残惜しそうに空を見上げると、ポツリと言った。


「ホワイトクリスマスになると良いですね! 今年!!」


 そして俺は答える。

 どうせ花梨だって、気の利いたセリフは求めちゃいないだろうから、本音を短く。


「俺ぁ晴れてくれた方が良いなぁ。雪って寒ぃじゃん」

「もぉー。なんでそこは、おう! って言ってくれないんですかぁー!! 公平先輩の鈍感!!」

「ふふふ。俺だって伊達に先輩やってねぇんだぞ? 毎回思い通りになると思ったら大間違いだぜ」


「何なんですかぁー! いじわるー!!」


 そう言いながら、俺の腕にくっつく花梨。


「花梨さん。ちょっと近いんだが」

「えへへ。毬萌先輩と公平先輩は幼馴染なので! あたしは後輩としてのアドバンテージを取りに行くんです! ギューッてしちゃいます!!」



 腕は温かいが、傘がないので頭が冷たい。


 サンタクロースよ。

 プレゼントはいらんから、クリスマスは晴れにしておくれ。


 寒くて舌が回らずに、大事なセリフを噛むのだけはご免だからな。

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