第410話 毬萌とクリスマスの予定
「コウちゃん、コウちゃん! お買い物行こーっ!!」
「嫌だよ。
クリスマス前最後の土曜日。
休みの日は地獄の釜の蓋が開いても昼過ぎまで寝る毬萌。
そんな毬萌から電話があったのは、よもやの11時であった。
開口一番、このクソ寒い中、俺を外に連れ出そうと言う。
人一倍寒さに弱い毬萌が、なにゆえ。
まあ、事情は知らんが、ごめんなさい。
俺はプライムビデオに追加されたばかりの『School Days』見るのに忙しい。
これ、アレなんでしょう? 話題のラブコメなんでしょう?
よく噂には聞いていたけど、見る機会がなかったのだ。
今日はコタツに入って全話一気見するのである。
「コウちゃん! 来たよーっ!!」
「おう。まあ入れよ。寒かったろ。コタツついてんぞ」
「コウちゃん! お買い物に行くのだっ!」
「まだ諦めてなかったのかよ。行かねぇよ。寒ぃのヤダもん。お前もだろ?」
「やぁーだー!! 今日じゃないとダメなんだもんっ! コウちゃーん!!」
「今日の天気予報見てねぇのかよ。昼過ぎから雪降るらしいぞ」
「平気だよぉー。ショッピングモールだもん!!」
「行くまでが寒いじゃねぇか! 断固として拒否する!! 俺ぁアニメ見て過ごすんだ!!」
すると、突然真っ暗になるテレビ。
どうした、リモコンに手でも当たったか?
リモコンを探すと、置いてあったコタツの上から消えている。
そして、それは毬萌の手に。
「お前! なにテレビ消してんだよ!!」
「聞き分けのない子にはこうだもんっ! アニメばっかり見てるとバカになるの!!」
「昭和のおかんか!! お前だってアニメ大好きっ子だろうが!!」
「みゃーっ!! じゃあ、コウちゃんの部屋のクローゼットの一番上の棚にある本、コウちゃんがいない時に全部捨てるからっ!!」
「分かった。話し合おう」
そこには俺の宝物のなかでも、ずっと手元に残しておきたいとびっきりの財宝が眠っている。
なんでこの子、教えてもいないのに的確に見抜くの!?
天才の無駄遣いもいい加減にして欲しい。
「なんだって買い物に行きたいんだ? 欲しいものがあるなら、ほれ、そこのパソコンでAmazon使って注文しろよ」
「それじゃ遅いんだよぉ! だって、今週いるんだもんっ!!」
「今週って、なんかあったか? クリスマスくらいしかねぇじゃん」
「みゃーっ!! コウちゃんの鈍感!! みゃーっ!!」
「あとAmazonはお急ぎ便なら結構速ぐあぁぁぁぁっ! お、お前、不意打ちでこれは……ひでぇぞ」
座椅子倒してリラックスな姿勢の俺の貧相な腹筋の上にヒップドロップからの馬乗り。
毬萌が小柄だからギリギリ絶命しないで済んだけども。
「クリスマス、一緒に過ごすための準備のお買い物だよぉ!!」
「……おう。そういうことだったか。分かった。付き合うよ」
「やたー!! わたしの勝利なのだーっ!!」
「ところでお前、さっきからかなり刺激的な姿勢なんだけど。ああ、大丈夫、中までは見えてねぇから」
「みゃっ!? コウちゃんのエッチ! 幼馴染にこんな格好させるなんて、変態だよっ!!」
「……全部お前のセルフサービスによるものだけどな? よくもまあ、雪が降ろうってのにそんな短いスカート履くなぁ」
「オシャレのためなら女の子は我慢するのだっ!!」
「おう。それ、先週堀さんが言ってたな」
「い、良いのーっ! ほら、コウちゃんも着替えて!」
「あー。別に良いよ。この上にダウンでも羽織るから」
「ダメなのーっ!! もっとコウちゃんもオシャレして!! そんなダサい恰好じゃ、しまむらにだって入れないよぉーっ!!」
「わ、分かったから、腹の上で飛び跳ねんな! 腹筋が割れる前に砕ける!!」
あと、俺の部屋着とファッションセンターしまむらにごめんなさいは?
そして1時間後。
俺は駅前のショッピングモールに来ていた。
まったく行きたくない場所に連れて来られてしまった。
ご存じだろうか?
クリスマス前のショッピングモールって既にカップルだらけなの。
居心地が悪いったらないよ。
えっ? お前も充分カップルに見える?
そうかもしれんが、カップルじゃねぇし、よしんばそうだとしても、居心地の悪さって変わるものじゃなくない?
ヘイ、ゴッド。言い合いに負けたら黙るのは良くないと思う。
「コウちゃん、コウちゃん! サンタさんの服見つけたーっ!!」
「なんだ、俺に着せるつもりか? ……おう。これはなかなか」
毬萌が目を付けたのは、サンタをモチーフにした、女物の赤いワンピースだった。
肩とかすげぇ勢いで開いているし、スカート丈もすげぇ勢いで短いし。
これでこの値段!? 詐欺なんじゃないの!?
だって、布面積こんなに少ないのに!!
「……これ、買おっかなぁ」
「えっ!? お前、これ来て外出るつもりか!? だ、ダメだ、ダメだぞ! こんな格好で出歩いたら風邪引くし! あと、お前、あの、アレだ! 人目がナニだ!!」
毬萌サンタを衆目に晒してなるものかと理由を並べ立てる準備に入った俺を、にんまりとした柴犬がアホ毛をぴょこぴょこさせながら見ていた。
「もうっ! コウちゃんってば、あわてんぼうだなぁ! こんな服着てお外に出る訳ないじゃん!! クリスマスはお家デートなのだ!!」
「べ、別に!? お前のために言ったんじゃないし!? 俺はお前のおばさんから、いつも毬萌を頼むって言われてっから!? その一環としてだな!!」
「にははーっ! ツンデレコウちゃん!!」
「ヤメろ! 誰がツンデレじゃい! 俺ぁ男の中の男だぞ!!」
「じゃあ、ツンデレ公子ちゃんだ!」
「それはガチでヤメろ! まだその傷、カサブタなんだぞ!!」
「にははっ、じゃあその傷を、毬萌サンタが癒したげるね! さあ、買いに行こっ!!」
「え、俺ぁここで待ってるよ。……ちょっと!? 毬萌さん!? 引っ張らんといて! なんか、色々と俺には優しくないものが! 下着とかが吊るされてるから!!」
「平気だよーっ! ほら、あそこも男の人が彼女と一緒に下着選んでるもんっ!!」
「あの人はもうダーマ神殿に3回くらい行ってる賢者なの!! レベル1の僧侶な俺と一緒にするのは失礼でしょうが!!」
「今日のコウちゃんは聞き分けがない困ったコウちゃんなのだ。でも、結局ついて来てくれるんだよねっ! にへへー、そーゆうとこ、好きーっ!!」
「……そうかよ」
俺は、毬萌の引っ張る力に完封負けして気付いたら店内に入っていた事実を脳内の秘匿フォルダにぶち込んだ。
ああ、今年が終わるのに、俺の筋肉は結局目覚めなかったな。
その後も、毬萌は何着が服を買っていた。
どこから金が出て来るのかと聞いたら、「お年玉を貯めていたのだっ!」とニッコリ。
そんな大切な金を俺と過ごすために使ったのかと思うと、なんだか邪険にするのも可哀そうになり、俺もつられてニッコリ。
ちなみに俺の今年のお年玉は500円だった。
もう慣れたよ? 十何回目だと思ってんの?
「おっし。そんじゃ、またな! 毬萌!」
「みゃっ、コウちゃん、ちょっと上がってってー! 温かいココア作ったげる!!」
「む。それは確かに魅力的な誘い文句。仕方ねぇ、釣られてやるか」
「にははーっ! コウちゃんが釣れたのだ!!」
そして毬萌の部屋で一服。
たまに飲むココアってステキ。どこまでも甘いんだもん。
ステキを通り越していっそセクシーだよね。
「コウちゃん、クリスマスね?」
「おう。予定なんかねぇよ」
「んーん。違うの。ちゃんと聞いてね?」
毬萌のくせに神妙な声を出すものだから、何となく俺も背筋を伸ばす。
何事でしょうか。
「クリスマス、別の予定が入ってね、コウちゃんがそっちを優先したかったら、わたしとの予定はキャンセルして良いから!!」
「いや、お前、こういうのは先に入った予定をだな!」
すると毬萌は「やっぱり、話してた通りになった!」と含み笑い。
「コウちゃんの事をとっても好きな女の子から、きっと誘われると思うんだー! だから、選ぶ時はわたしに気を遣わないで、大切な方を選んでって事!」
そこまで言われて、俺にとってもう一人、とびきり大切な女子の顔が思い浮かぶ。
ついに、決断の時が迫っている事を理解した。
「えっとね、当日の5時にドタキャンする方向で話はついてるから! それまでに断ったらヤダよー? わたしだってちょっぴりショックだもんっ!」
「……おう。分かった」
そして帰り際。
毬萌が「忘れてたーっ!」と、トコトコ俺に駆け寄って来て、耳元で囁いた。
「当日はね、勝負下着にするからねっ!!」
「ばっ! おまっ、ばっ!! 年頃の女子がばっ!! 恥じらいをばっ!!!」
どうもクリスマスと言うヤツは、乙女にとって重大な1日らしい。
吐く息を白く染めながら、独り覚悟を決める帰り道。
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