第409話 花梨パパとよく分かるクリスマスベイビー

「桐島様。こちら、夕張メロン100パーセント果汁のメロンソーダでございます。よろしければ」

「い、磯部さん!? 大丈夫なんですか!? 俺の事はお構いなく!!」

「いえ。我らの恩人である桐島様を前にして、倒れてなどいられましょうか。肺の一つや二つ、握りつぶしてでも立ち上がりますとも!」


 磯部さん。それだと肺がなくなっちゃう。


「えへへ。こうしてクッキーが焼けるまで、先輩とお喋りできるのが良いところですねー。一緒のお料理がこんなにステキなら、もっと早くしたかったです」

「おう。そうだな!」


 もっと早くしていたら、俺の命はなかったかもな!


「ところで、先輩、先輩! 今年の冬って寒いですよね!」

「そうだなぁ。特にこれから年明けにかけて冷えるらしいぞ」

「それってすっごく嬉しいですよね!」

「えっ? そうか? 俺ぁ暖かい方が良いなぁ」


「だって、寒かったら手を繋ぐ口実ができるじゃないですか! ふっふー、これなら、奥手な男子でも公然とあたしの手が握れますよ? せーんぱい!!」


「はい、ラブ入りましたー! ありがとやんしたー!!」

「「「ラブひとつー!! かしこまりやしたー!!」」」


 花梨の家はいつも静かで落ち着いた空間が売りなのに、今日は凄いなぁ。


 うるせぇなぁ。



 表にリムジンが停まり、中からロシア軍人みたいなおっさんが出て来て、小走りで玄関を通って現れた。

「くっくっく! ワシの留守を狙って子作りとは、貴様、またやるようになったな? して! 子は仕込んだのか!?」


「……パパ、サイテー!! あっち行ってて!!」


 今回に関しては、パパ上そんなに悪くないと思うの。

 優しくしたげて、花梨さん。


「お屋形様、サイテー頂きましたぁー!!」

「「「ありがとうごぜいやーす!!!」」」


「だぁぁぁぁまれぇぇぇぇい!! 貴様ら、誰に許可を得て口を開くか!?」



 ええ……。話を聞いた限り、パパ上の方策なのでは。



「みなさん、研修は終了です。速やかに退去して下さい。お屋形様、普段の使用人に戻してもよろしゅうございますか?」

「うむ。そうしてくれ」

「実はもう手配済みでございます」

「くくくっ。田中、貴様ワシのめいを先読みしたな?」

「はっ。申し訳ございません」


「未来の息子よ。この件に関してどう思う? 意見を聞こう」

「えっ!? いや、田中さんって相変わらず、すげぇ優秀だなって」


「田中ぁ! ……貴様に特別ボーナスを取らせる。さらに励めよ」

「はっ。ありがたきお言葉。それでは、それがし、天井裏にて控えております」

 そしてシュタッと消える田中さん。


 やっぱ忍者じゃん!!


 時を同じくして、キッチンタイマーが鳴った。

「あ! 先輩、先輩! あたしたちの可愛い子供が誕生しましたよ!!」

「おう。そうか。頑張ったもんなぁ!」


「み、未来の息子よ、貴様、頑張ったのか?」

「ええ、もう腰が痛くて困りましたよ」

「そんなに頑張ったのか!? 何回戦したのだ!?」

「ええと、とりあえず8人分ほど作業しました!」



「は、はは、8人!? き、貴様、以前から光るものを持ってはいたが……!!」

「そのくらいは俺でも余裕ですよ!!」



「……そうであったか。いや、なに、貴様にならば、もはや花梨ちゃんを任せられるであろう。しからば!! ワシは、孫の名前を考えるとしよう」


「はあ!? パパ、何言ってんの!? マジで邪魔なんですけど!!」

「花梨ちゃん! そんな事言わんとってー! パパだって、初めての事だから困っちゃってるのー!! だって、子供ができるんでしょう!?」


「もう、パパは放っときましょう! さあ、先輩の子供たちですよー!」

「おお、一郎から四郎は良い塩梅あんばいにマシュマロが溶けて超美味そう! 五郎から八郎まではジャムの甘い香りがいいなぁ! さあ、お父さん、うちの子供っす!」


「息子よ、子供、とは?」

「クッキーっす」



「パパね。死にたい」



「ど、どうしたんすか!?」

 そののち、パパ上の勘違いをしっかりと聞いた。

 聞いたうえで思った。


 うっかりで企業買収するって言う発想に追いつけない。


「さあ、公平先輩! 出来立てのあたしたちの子供を食べましょう!!」

「すげぇセリフだなぁ。しかし、確かに美味そうな匂いがする!」

「あの、花梨ちゃん? パパね、ちょっと勘違いしちゃったんだよね。でも、ほら、先輩と深い仲になったら、パパも嬉しいなってね。思ったのね」


「花梨。お父さんにもクッキー分けてあげようぜ」

「えー。嫌です! 先輩との共同作業がパパで上書きされるとかサイテーです!!」

「まあ、そう言わんと。な? 例えば、俺が花梨と結婚したら、お父さんとももっと仲良くしたいじゃねぇか? やっぱり、お互いの親ってのは大切で」


 そこまで言って気が付く、今日の失言。

 言い訳を、弁解をさせて頂きたい。


 花梨がやたらと子供、子供って言うからさ、その延長線で、なんか結婚したていで話をしただけで、特に深い意味はなかったんです。


 でも、そうですよね。失言ですよね。

 反省します。だから時を戻して、ぺこぱ! 来年も頑張って!!



「……公平先輩! あたしたち、結婚するんですか!?」

「おう。すまん。例えばの話であってだな」


「結婚するんですか!?」

「うん。あの、ごめんな? さっきのは、流れと言うか、ほら、流れだよ?」

 相撲の八百長の話かな?


「先輩の例え話で、あたし結婚しちゃいました!?」

「あー。うん、そうね。あくまでも例えだけどね?」


「もぉー! 先輩ってば、大胆過ぎですよぉー!! 子供、何人欲しいですか!?」

「本当にすまんかった。俺の口が軽すぎた。許してくれ」


「言えないくらいですか!? やだぁー、先輩のエッチ!!」



 誰かー。助けてー。



「未来の息子よ。……いや、もはや未来の、などと仮定の冠を載せる必要もあるまい。……息子よ。クリスマスベイビーと言うものを知っておるか?」


 パパ上?


「親がクリスマスに子供を作ろうと試み、成功した者にだけ与えられる称号だ。主に9月の上旬から10月の上旬頃に誕生日を迎える」


 お話の意味が分かりかねます。


「くっくっく。ワシの誕生日は、9月12日である!! どうだ、安心したか? ワシも生粋のクリスマスベイビーなのである!! 何が言いたいのかと言えばな!」


 ヤメて下さい。多分、最低な発言するでしょう?


「女子は16から結婚ができる。無論、親の許可があれば、の話であるが。……くっくっく、花梨ちゃんの誕生日は2月。……あとは分かるな?」


「分かりません」


えて親に言わせるとは、かぶきよるわ!! ワシは、来年にでも貴様を我が家へ迎える用意があるということだ!! クリスマス、精一杯励むが良い!!」


 何言ってんだ、この御仁は。


 これには花梨もご立腹だろう。

 この年頃の女の子に父親が性的な話をするとか、完全に嫌われる案件。

 パパ上、今回ばかりは俺、救えませんよ?


「パパ!!」


 ほら来た。


「生まれて初めて、パパがとってもステキに見えるかも!」

「だってぇー。花梨ちゃんが認めた先輩だもーん! そんなの、反対する理由ないじゃーん!! 子供ができても学校に通えるように、パパが話つけてあげるね!!」

「んーん。あたし、高校生の間は子供いらないから! 先輩と学園生活が過ごせなくなるのは悲しいもん!!」


「花梨ちゃん! なんてイイ子!! 自制心もあり、欲求もコントロールできるなんて!! パパね、さっき赤ちゃんの洋服屋さん買収したの! 未来のために!!」

「えー。それはやり過ぎだと思う。パパってばー!」

「あっはっはっは!! パパ、張り切り過ぎちゃった! てへぺろ!!」



 誰かー。助けてー。



「桐島様、メロンジュースのおかわりをお持ちしました」

「い、磯部さん!」

「あなた様につかえられる日を心待ちにしております」

「磯部さぁぁぁぁん!!」


「失礼つかまつります。お屋形様、表に新聞の勧誘が来ておりますが。いかがいたしましょう」

「ふんっ。契約してやるから帰れと言っておけ」

「かしこまりました。14社目でございますね」


 ここしかない。

 俺は思った。そして、同時に駆け出した。


「あれ!? せんぱーい? どこに行くんですかぁー?」

「おう! 俺、新聞の勧誘断んの得意なんだ! ちょいと行ってくる!!」

「くっくっく。多芸な男よのぉ。ワシもまだまだ隠居はできぬわ!!」



「いらっしゃーせー!! ご新規様、お一人入りまーす!」

「「「「いらっしゃーせー!!!!」」」」


 こうして俺は、枯れ木のようなボディを帰宅準備中な今日の使用人さんたちの群れに隠し、冴木邸から逃げ帰った。


 最後のセリフ、一人増えてないかって?

 鋭いなぁ、ヘイ、ゴッド。



 それ、俺だよ。



 ちなみに、翌日メロンが宅配便で送られてきました。

 美味しかったです。


 それと、命名『花平はなへい』と達筆で書かれた高そうな和紙。

 そっちは鼻かんで捨てときました。

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