第390話 土井先輩の華麗なる陳情

 仕事に精を出して、ちょっと休憩しようかと言う運びになった生徒会室。

 図ったかのように扉がノックされた。


「へーい。開いてますよー。どうぞー」


 ソファにて軟体のキノコになっていた俺は、怠惰な返事をした。

 俺は、普段からもっと気を張って生きるべきなのかもしれない。


「これはこれは、お休みのところ大変申し訳ございません。少しばかりご相談を、と思って参りましたのですが、出直してきましょうか?」

「ぶへぁっ」


 土井先輩の登場に、俺はアツアツのほうじ茶を鼻から噴き出した。

 俺は憧れの先輩に対して、なんつー態度を取ったのか。


「みゃーっ! コウちゃん、汚いよーっ!」

「もぉー。何してるんですかぁ、公平先輩ってば」

「あ、はい。ごめんなさい」


 毬萌が湯飲みを持ち上げて、花梨がテーブルを拭いてくれる。

 流れるような連係プレー。


「あー。それ、俺の鼻から出たヤツだから! てめぇで掃除するよ!!」


「平気だよぉー。コウちゃんの鼻はきっと綺麗なのだっ!」

「あたしも気にしませんよ? 将来の事を考えたら、むしろもっと出してください!」


「おやおや、これは。やはりお邪魔でしたでしょうか。ふふっ、桐島くん、しっかりと青春していらっしゃるようで、安心いたしました」


 柔らか鉄仮面先輩が、柔らかな表情で俺を見つめておられる。

 穴があったら入りたい。

 鬼瓦くん、ちょっと頼めるかな。


「土井先輩。どうぞ。椅子です。お座りください」


 ああ。そうだね。

 穴掘るよりも先に、土井先輩に椅子だよ。

 もう、どうかしてるな、今日の俺は。


 えっ? 普段からそんなもんだから気にすんな?

 慰めると見せかけてディスってくるとか、高度な技術だね、ヘイ、ゴッド。



「小学校のお楽しみ会、ですか?」


 聞き慣れない行事であった。

 すぐに生徒会の量子計算機こと、鬼瓦くんがパソコンをカタカタターン。

 目と目が合うだけで意思疎通ができるってステキ。

 ステキを通り越していっそセクシーだね。


「昨年の生徒会独自の催しですね。宇凪東小学校の学童保育クラブにて12月の上旬の放課後におこなった、とあります」


 土井先輩は「さすがは鬼瓦くんですね」と微笑み、情報の伝達を引き取った。


「昨年、天海の発案でおこなったのですが、好評だったようで、今年もお願いしますと言う旨の封書がわたくしの元に届きまして」


「ああ、なるほど。土井先輩が窓口役だったんですね」

「ええ。本来ならば、責任をもってわたくしどもが今年も行うべきところですが、非常に申し訳なく、情けのない話をしなければなりません」


 何でも、天海先輩は大学の推薦入試を受けるために明日から上京するらしい。

 そして、土井先輩も留学の準備で、渡米する予定があるとの事。


 お楽しみ会してる場合じゃない事はしっかりと把握。

 ならば、やるべき事はひとつ。


「でしたら、俺たちが行ってきますよ! せっかく先輩方が作って下さった行事ですし、これを機に新しい伝統にしていけたら良いですもんね! なあ、みんな?」

「とってもステキだと思います! あたしは賛成です!」

「僕もです。桐島先輩の決定に従います」


 そりゃあもう、誰あろう土井先輩のお願いであれば、断ると言う選択肢などはなから存在しないに等しい。

 誰が異を唱えようか。


「おう? 毬萌?」



「冬のひだまりがことのほか暖かく感じられる寒冷の候、師走を迎え、本年もたくさんの感謝や反省をして振り返る時期となりました」



 なにゆえ時候の挨拶が!?



 天海先輩に対する苦手意識は克服済み。

 つまり、かつてのそれに匹敵するほどのトラウマが蘇ったのか。


 そこで申し訳なさそうに答えをくれるのは土井先輩。

 このお方は何でも知っている。


「神野さんはですね、昨年の催しで、ちょっとしたトラブルに見舞われた、と申しましょうか。少しばかり、子供たちのイタズラが度を越してしまいまして」

「あー。そう言えば、去年の今頃、むちゃくちゃ落ち込んでたな、毬萌!」


「そんなことなくってよ?」


 お姉さまみたいな喋り方になっとる!!


「ちなみに、具体的に何があったんですか? こいつ、去年も全然教えてくれねぇもんで、やたらと困ったことを思い出してきました」

「それは……。わたくしの口から言っても良いものか……」

「ああ、大丈夫っす。全員、口の戸はヘーベルハウスくらい頑丈に出来てるんで。そもそも、毬萌がまだ再起動してないんで、お願いします」

「そうですか……。では、お話ししましょう……」


 声のトーンを落とした土井先輩は語った。


 当時、学童保育クラブでは、いたずらっ子の男子児童が数人おり、女の子にちょっかいを出していたそうだ。

 まあ、小学生の男子なんてそんなものである。

 そこで、とある女子児童が泣き出してしまい、毬萌が当該の男子児童を少しとがめたらしい。


 だが、毬萌である。

 むちゃくちゃ柔らかい表現で叱ったのだろう。

 多分、と言うか、確実に。


 小学生の男子にとって、やんわり叱るのは「もっとやれ」と同義になる事がままある。

 そして繰り返すが、相手は毬萌である。

 こんなほんわかした年上の女子を見て、反撃を試みない理由はなかったようで、毬萌は想定外の痛手を被ったらしい。


「なんと申しましょうか。あまりエレガントではない、直截ちょくさいな言い方をしてしまいますと……。神野さんのスカートを、男子児童がたくし上げまして……」


 いわゆるひとつの、スカート捲りである。


「み゛ゃ゛ーっ!! やだぁー! わたし行きたくないよぉー!!」

「鬼瓦くん、とりあえずなんか甘いもの食わせといて!」

「了解しました。毬萌先輩、スイートポテトです」


「みゃーっ……。……甘い」


「なるほど。天才とやんちゃなキッズの相性は最悪なんですね」

「ええ。そのようです。ですので、無理強いをするのは良くないだろうと、天海とも話しまして。お断りする手紙も、一応こちらにしたためてあります」


「どうします? 公平先輩?」

「うーん。毬萌がこんなに嫌がるのは珍しいからなぁ。とは言え、せっかく先輩方が作って、好評を得た企画を潰したくもない」


 そこで俺は閃いた。


「おっし! 俺と鬼瓦くんで行くか!!」


「えー。公平先輩、それはちょっと……。針金系の男子と鬼のお楽しみ会は……。多分盛り上がらないと思います。あ、針金って言っても、あたしは好きですよ!?」

「桐島先輩。僕は自慢じゃありませんが、節分の時期になると、店番をしているだけで子供に泣かれます」

「おやおや、後輩のお二人の方が状況を把握されておられましたか」


 閃いたのは気のせいだったようである。


「……そんじゃ、残念だけども、今回は見送るかー」

 そんな俺の肩を、震える手が叩いた。


「こ、コウちゃん! わ、わたし、頑張る! やれるよ!! やるもんっ!! だって、わたし生徒会長だしっ!!」

 頬っぺたを膨らませて、涙目になりながら強がる毬萌。


 正直、ちょっとキュンとなったね。

 この顔をされたら、守ってやらにゃと思わない男はいないと思う。

 そして俺は男だった。


「……分かった。俺が、毬萌の事は絶対に守ってやる!!」

「みゃっ!? こ、コウちゃん……っ!!」



「あー! 今のはズルいです! あたしも言われたかったですー! もぉー!!」

「さ、冴木さん! どうして僕の胸を叩くの!? 冴木さん、どうして!? ゔぁぁっ!!」


「土井先輩。この案件、俺が責任もってお預かりします」

「これは頼もしいですね。無理なお願いを聴いて頂き、恐縮です。では、先方にはわたくしから連絡しておきますので。よろしくお願いいたします」


 土井先輩が「今度はアメリカのお土産を持って来ますね」と柔らかな微笑みをたたえ、退室した。

 これは責任重大である。

 さあ、忙しくなってきた。


 俺は、何をさて置き一本の電話を入れた。


「そんじゃ、計画を詰めて行こう! 明後日だからな! 急ぎで仕上げねぇと!!」

「はい!」

「ゔぁい!」

「うんっ! コウちゃん、頼りになるのだっ!!」


「ちょっとー。なによ、急に呼び出して。私だって暇じゃないのよ? えっ、なんで扉を閉めるのよ、桐島公平!?」


「この5人で、難局を打ち破ろうじゃないか!! なぁ、みんな!!」


 俺たちの士気は高く、これは良い戦いが出来そうな予感しかしない。



「えっ!? な、なに!? なんで私呼ばれたの!? ちょっと、やだ! なんか嫌な予感しかしないんだけど!? ねぇ、何か言いなさいよ、あんたたち!!」


 待ってろ、わんぱくキッズたち。

 当日はクタクタになるまで楽しませてやるわい。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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