第387話 そうだ、バイトをしよう ~一体何度目のバイト回~

「すぅぅまぁないねぇぇい! 寒いのにぃ、外で仕事をぅさせてぇ!!」

「いや、とんでもないっす! 急にバイトさせてもらえるだけも本当にありがたいので!!」

「水臭いじゃぁないのぉう! うちはいつでもぉう、大歓迎だよぅ!!」

「ありがとうございます! 掃除なら任せて下さい!!」


 さて、こちらリトルラビット。

 もはや説明は不要かもしれない。

 付き合いの良いゴッドならば、既に色々と察してくれているはずである。


 それでも敢えて言うのは、別に尺を稼ぐためではない。

 ただ、俺が店の前を掃き掃除して、看板を磨き上げる工程について深く言及するよりは有意義である、と判断したからだ。



 昨晩の事。

 財布の中身は見たら、千円しかなかった。

 おかしいな、小遣い貰ったの今週の頭だぞ、と俺は思った。

 泥棒に入られた可能性まで追い立てて、ようやく気付く。



 ああ、心菜ちゃんにバラの花束を贈ったね。奮発してさ。



 水泳記録会で痛く感銘を受けた俺は、その日帰宅すると、すぐに着替えて近くの大きな花屋へ向かった。

 そして、五千円札を景気よくカウンターに叩きつけ、言ったのである。


「このお金で買えるだけ、バラの花をください」


 思ったよりバラの花が高かったため、見た目が想像していたよりも貧相だったが、そこは交渉に長けた俺。

 「すみません、バラをちょっと減らして、見映えよくしてもらえますか?」と、恥ずかしげもなく言い切った。

 プライド? そんなもの、母さんの腹に置き忘れて生まれて来たよ。


 そして、そのまま発送の手配をして、帰宅。

 翌日の朝には届いたらしく、心菜ちゃんがテレビ電話をかけてきてくれた。


「はわわ! 兄さま、兄さま! 心菜、花束貰ったの、初めてなのです!!」

 興奮気味な心菜ちゃん。頬っぺたが赤くなっていて可愛い。


「その花が綺麗なのは、心菜ちゃんが頑張ったからだよ」

 かつてない程のイケボでそう言った。

 イメージ的には神谷浩史さんを目指したのだが、緊張のあまり宇宙の帝王でお馴染み、中尾隆聖さんみたいな声になったのはご愛敬。


「はわわわ! ……兄さま、ありがとうなのです! 大好きなのです!!」



 あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!



 こうしてウルトラソウルをキメたのは、とても良かったと思う。

 心菜ちゃんの「大好き」はプライスレスである。

 と言うか、仮に百万で売られていたら、俺は臓器売買に手を出す構えである。


 まあ、つまるところそんな訳で、金がなくなったのだ。


 少しばかり冷静になった俺は、考えた。

 「クリスマス控えたこの時期に金欠って、結構まずくね?」と。


 数十秒のシンキングタイム。

 そして俺は、厳かな声で鬼瓦くんに電話をかけていた。

 「大変申し訳ないのですが、数日バイトさせて頂けませんか」と。


 鬼瓦くんも、彼の両親も、何故か俺の事を大変買ってくれているため、二つ返事でオーケイを頂戴つかまつり、何度目か分からないアルバイトが幕を開けたのだ。



「おっしゃ! 我ながら綺麗にしてやったぜ」

 回想している間に店の前はピッカピカ。

 看板だって三割増しに美しくなった気がする。


「桐島先輩、そろそろ準備しませんと、学校に遅れてしまいます」

「おう。分かった」

「母が朝食を一緒にどうぞと申しているのですが、ご迷惑では?」

「とんでもねぇ! ぜひ、頂くよ」


 平日に無理言ってバイトをさせてもらうのに、朝飯までご馳走になるなんて、どんなホワイトな職場だろうか。

 用意されたお赤飯を美味しく食べて、鬼瓦くんと一旦バイバイ。

 俺は一路、毬萌の家を目指す。


 立地関係を考えると、何と言う無駄な動き。

 だったら放っておけば良い?

 絶対に起きない事を知っているのにそういう事を言う。

 さてはかまってちゃんだな? ヘイ、ゴッド。


 あ、今の起きないは「起こりっこない」という意味と、「毬萌が起きない」って意味の高度なダブルミーニングだから。

 まあこの話はいいか。



「おらぁ! 起きんかい!! 朝だよ! 朝! 今日もいい天気だぞ!!」

「みゃーっ……。もうちょっとだけぇー。あと5時間……」

「昼になるわ! 起きろよ!! ……仕方ねぇ」


 俺は、鬼瓦くんに貰ったクッキーを包みから出して、毬萌の鼻先に近づけてみた。


「みゃーっ……。みゃっ!? あーむっ!!」

「痛い!! お前、睡眠から覚醒してノータイムで餌に食いつくなよ! あと、俺の指も一緒に食うんじゃねぇよ!!」

「おいひーっ! ほれこれほうひはのどうしたのー?」

「鬼瓦くんちで貰ったんだよ! ヤメろ、俺の指を舐めるな!!」


 かつてない程にスムーズな毬萌の寝起き。

 だったら毎日クッキー持ってくりゃ良いと思われるかもしれないが、このクッキー、リトルラビットで200円するんだぞ。

 アホな幼馴染起こすために、毎朝200円も散財できるか。



「へぇー! 武三くんちでアルバイトしてるの? わたしもしたいっ!」

 余裕をもって毬萌の家を出発。

 冬場にこれはもはや奇跡と呼んでも良い。


「ダメだ。だってお前、今週はおばさんと親戚の家に行くんだろ?」

 おばさんの母親、つまり毬萌のばあちゃんが畑仕事の最中に足をモキョったとかで、今週は毎日お見舞いに行くと昨日言っていた。


「おばあちゃんなら平気だよぉー! 昨日もリンゴいっぱい食べてたもんっ!!」

「いや、お前、ばあちゃんが聞いたら泣くぞ? そしてリンゴに対する謎の信頼感! 人はリンゴ食ったからって回復力が上がったりしないの」


 星のカービィかよ。


「むーっ! ズルいよコウちゃん! 捨てちゃう食材拾って食べたりするんでしょ!?」

「鉄腕ダッシュか!! 最近ゼロ円食堂やらなくて寂しいけども! 俺は働きに行くんだっての!!」

「……そもそも、どうしてお金がないの!? コウちゃん、お小遣い貰ったのこの前じゃんかー!!」


 俺の家庭事情は毬萌に筒抜けである。

 もちろん、小遣いの額も、いつ支給されるのかも知られている。

 何と言う面倒くさい事情通。


「ちょっとな。急な出費があったんだよ」

「みゃーっ……。なんか怪しい。何に使ったの!?」



「ナンデモナイヨ」



「コウちゃん! わたしの目を見て話してよっ! あーっ! やっぱりっ!! 死んだ魚みたいな目してるっ!!」


 酷い言い草である。

 が、俺は心菜ちゃんへの無償の愛を貫くのだ。


「ソンナコトナイヨ?」


 嘘をつかない信条はどこへ行ったのか。

 そんな自問に自答するのが俺。


 時に人は、優しい嘘をつくこともあるんだよ。



「おっしゃ! これで終わりだな! 悪ぃな、俺の都合で仕事を急かしちまって!」

「ふーんっ! 別にー。わたしも用事があるから急いだだけだしーっ!」

「おいおい、いつまで膨れてんだよ。機嫌直せって」

「膨れてないですーっ! コウちゃんなんて、目の中に生クリームが入っちゃえば良いんだよっ!!」

「地味にありそうで嫌なこと言うなよ!!」


「桐島先輩。僕が生徒会室の鍵を持って行ってきます」

「おう。すまんな、鬼瓦くん」


「ふーんっ」

「分かった、分かった。なんか適当に甘い土産買って来てやるから!」

「みゃっ!?」


 アホ毛がぴょこぴょこ動く。

 どうやら釣れたようである。


「こ、コウちゃんがさ、どうしてもって言うならさっ! 別に、食べてあげなくもないんだからねっ!!」

「お前ツンデレ気取ってるつもりかもしれんが、ヨダレめっちゃ出てんぞ」


 鬼瓦くんの帰還を合図に、本日の生徒会は解散。

 毬萌に「車に気を付けて、よそ見をしないで、横断歩道は手を挙げて渡れよ」と言い含めて、俺と鬼瓦くんはいざ仕事場へ。


 俺の都合で午後5時から9時までと言う、実に良い塩梅あんばいにシフトを組んでもらっている。

 ならば、しっかりと働かねば。

 もうリトルラビットの業務内容は完璧に把握済みである。


 力仕事? ああ、大丈夫。

 俺が仕事を把握しているって事は、雇い主も俺の力量を把握しているって事さ。

 誰がこの俺に力仕事をさせようと思うのか。

 メインは接客と商品の陳列である。


 店のドアが開く。

 カランカランと、ベルの音がお客の来店を知らせる。

 さあ、忙しくなってきた。


「へい、いらっしゃいませー! どうぞご覧になってくだ……さい?」



「えへへ。来ちゃいました! せーんぱい!!」



 おかしいと思ってたんだよ。

 今日の花梨はほとんど喋らないで、どうしたのかなって。


 なるほどね。

 俺たちの会話を聞いて、断片的な情報から真実を紡ぎ出していたのか。

 さすがは秀才。俺とは頭の使い方が違う。



「先輩、先輩! あたしも一緒にお仕事がしてみたいです!」



 そう言えば、俺の知っている女子でリトルラビットの制服を唯一着ていないのは、花梨だけだった。

 ゴッドさ、そう言うバランスは取らなくて良いんだよ。

 なに? ゲームでアイテムフルコンプしないと気が済まないタイプなの?


 とは言え、「帰れ!」と突っ返す選択肢はないのである。

 タケちゃーん。ちょっと来てー。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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