第375話 花梨と星に願いを

 しばらく言葉を失っていた俺である。

 手にはハンカチの予備の予備の予備。

 どんなに強がったところで、感涙は止められない。


 ああ、ちくしょう。良かったなぁ、鬼瓦くん。勅使河原さん。


 キャンプファイヤーの中心では、未だに彼らが周りの生徒たちから結婚会見インタビューを受けている。

 これはアレだろうか。

 俺が行って、ちょいと取り仕切った方が良いだろうか?


「せんぱーい? 公平先輩の気配りはとってもステキですけど、今はそっとしてあげておく方が良いと思いますよ?」

「お、おう。そうか。……なんで俺のやろうとしている事が分かったん?」


 花梨はふふっと笑う。


「それはですね、あたしも真奈ちゃんと同じで、大好きな人から、いつ告白されるのかなぁーと日々思っているからなのです!」

「……Oh」

「あはは! また先輩が困った顔をしてます! あたし、その表情も好きですよ?」

「からかうんじゃないよ、まったく」

「いえいえー。だって、好きな人の表情って、全部好きになりません? あたしはそうなんですけど。先輩は違いますか?」


 頭に浮かぶのは、花梨の笑顔。

 ふくれっ面に、照れた表情。慌てた時も捨てがたい。

 なるほど、そのどれもが愛おしく、そのどれもが好きと言って過言ではなかった。


「……マジだ。花梨、すごいなぁ。こんな秘密に気付いていたのか」

「えへへ、恋する女子は色々考えているんですよ?」

「俺も色々考えてるつもりなんだがなぁ。まだまだ修行が足りんなぁ」

「ちなみに、今は誰の事を考えてましたか?」



「おう。花梨のことを」

「へ、へぁっ!?」



 アレかい? 久しぶりに選択肢をミスったかい?

 ぺこぱの派手な方に時を戻してって頼んだ方が良い案件かい?

 流行語大賞ノミネート、おめでとう。


「花梨。花梨さん? また、俺なんか言っちゃいました?」

「も、もぉー! どこかの孫みたいな言い回しで誤魔化さないで下さい!!」

「あ、でもあのセリフって、実は口に出してないみたいよ? 地の文なんだってさ」

「どっちでも良いです!!」


 早速、ふくれっ面の花梨さん。

 普段割とグイグイ来るので、彼女が頬を膨らませている表情は、なかなかに珍しく、そして繰り返すがなかなかに愛おしい。


「もぉー。先輩、いじわるしたお詫びを要求します!」

「マジか。俺の小遣いで足りるかな?」

「あはは! だったら、先輩が今育てているスナックエンドウを貰っちゃいます!」

「おう、あれ、この前母さんに食わされたよ……天ぷらにされて……」


 スナックエンドウは天ぷらにすると絶品である。

 中身はジューシー、外はサクサク。

 天つゆが絡むとご飯がすすむ。

 食後にプランターの様子を見に行かなければ、先日の夕食は完璧だったのに。


 ちなみに、今はカブを育てている。

 ご存じだろうか、カブは寒さに強く、プランターでも栽培できる。

 炒め物に漬物に、煮物に、みそ汁に入れても良い。


「アレだね。株と妹って似てるよな」

「……はい?」


 懐かしの杉下右京警部風のリアクションを頂戴する。


 後夜祭もいよいよ終盤。

 俺の思考回路はショート寸前。

 そもそもカブは漢字では蕪でしょうよとゴッドの嘆きが聞こえてくる。

 正直、頭が回らなくなってきている。


「先輩、合宿の時、一緒に星を眺めたの、覚えてます?」

「おう。そりゃあ、もちろん。綺麗だったよなぁー。……おう! 花梨の方が綺麗だったけどな!!」

「はーい、ありがとうございまーす。先輩、お世辞はまだまだですね!」

「いや、おう。なんつーか、ごめんなさい」


 本心なのだが、出し方が良くなかった。

 合宿の際、キャンプ場の高台で花梨と見た星は大層綺麗だった。

 だけども、その様にはしゃぐ花梨は、もっと輝いていた。


「公平先輩、知ってます? 冬って星がよく見えるんですよ?」

「あー。なんか聞いたことがあるような、ないような。大気中の水蒸気が減るから、だっけか?」

「おおー! 先輩、物知り! さすがですね!」

「おう。NHKの特番でやってた」

「えー? なんですぐに白状しちゃうんですかぁー! もっと、年上っぽく何でも知ってるぜ、みたいな方がカッコいいのにぃ!」

「そうだったか。すまん。カッコ悪いところを見せちまった」

「いえ! 先輩のそう言うところも、あたしは大好きですよ?」


 顔が熱いのは、多分キャンプファイヤーのせい。

 なるほど、こうやって責任転嫁もできるのか。

 そりゃあキャンプファイヤーも重用されるはずだ。

 便利なヤツめ。


「先輩、あたし、また一緒に星が見たいです!」

「おう。そうか。じゃあ、一緒に見よう」

「あー! もぉー、先輩、分かってないですよね?」

「うん? 天体観測するんだろ? 見えないモノを見ようとして望遠鏡を覗き込むんだろ?」


 花梨が「はぁ」とため息を吐く。


「あたしはですね、夢があるんです!」

「おう。そりゃあ良い事だ!」


「大好きな人と、特別な関係になって、一緒に流れ星を探すんです! それで、お願いするんです! この人と、ずっと一緒にいられますようにって!!」


 花梨は息継ぎをして、さらに続ける。

 呼吸を忘れている俺とは大違い。さすがは秀才。


「あの、この冬、あたしと流れ星、探してくれますか?」


 即答しかねる質問であるが、即答すべきと俺の脳細胞の生き残りが判断する。

 「おう」と言おうとして、口を開いた瞬間に、花梨が俺の口を手で塞ぐ。

 ベタベタしているから、あまり触らない方が良いと思う。


「今は答えてくれなくていいです! ただ、心の底から、あたしと流れ星を探してくれる気になったら、教えてください!」


「冬って結構長いんですよ? 考える時間はいっぱいですね! せーんぱい!!」



 今日何度目になるのか分からないクリティカルヒットを受けて、俺はそろそろ脳の処理がいよいよもっておぼつかなくなってきた。

 が、そこで救いの神が。

 いやさ、死神が、死にぞこないの脳細胞たちを拡声器で叩き起こす。


「はい! これにて後夜祭は終了します! 一般の生徒は帰宅準備をして下さい! 実行委員の者は、これから最後のお仕事よ! 頑張りましょう!!」


「あーあ、文化祭。終わっちゃいましたね。でも、すっごく楽しかったです!」

「そうだなぁ。俺も、忘れられない文化祭になったよ」

「えへへ。あたしは、先輩と一緒だったから、最高の文化祭になったんですよ?」

「そんなもん、俺もだよ。花梨と一緒で、楽しかった。おべっ」


 女子が照れ隠しで体をバシッと叩く、アレ、良いよね。

 例え俺の体が貧相で、その衝撃に耐えられず間抜けな声が出たとしてもさ。


「もぉー! 先輩は本当に、先輩なんですから! さあ、あたしたちもお片付けの手伝いに行きましょう?」

「お、おう。そうだな。そうしよう」


「そこ! 幸せいっぱいの鬼瓦武三! あんたも、実行委員じゃないけど手伝いなさい! 薪組みを片づけやすいように粉々にするのよ!! ああ、勅使河原真奈は危ないから、下がってなさい! この新婚カップル!!」


「ゔぁあぁぁあぁっ! ゔぁ、ゔぁずがじい恥ずかしいでず!! ゔぁらららららららい!!」

「た、武三、さん! まだ、火がついてる! 危ない、よ!!」



 こうして、文化祭は終わる。

 俺の心にたくさんの思い出と、抱えきれない宿題を残して。


「おう、鬼瓦くん。落ち着くんだ。大丈夫、みんな薄々、と言うか、普通に、君らいつ付き合うんかなぁと思ってたから!」

「ゔぁあぁぁっ!! ぜんばい! 僕ぁ、僕ぁぁぁぁぁっ!!」


「にははーっ! やっぱりコウちゃんが居ると、みんなが安心するんだねーっ!」

「そうですね! 公平先輩、やっぱり頼りになります!」


「お、鬼瓦くん、抱きしめるなら、勅使河原さん、を……」

「ゔぁあぁあぁぁっ!!」


 その前に、力加減を覚えた方が良いかもしれん。

 分かったよ。俺の華奢きゃしゃな体で存分に覚えなさいな。


「あんたたち! 遊んでないで、まずは火を消す! 桐島公平! あんたはしっかり先導しないとダメでしょうが! ったく、いつまで経ってもグズなんだから!!」



 そうは言っても、氷野さん。

 この炎が消えたら、祭が終わってしまうじゃないか。


 もう少しだけ眺めていたいと思うのは、贅沢が過ぎるだろうか?




 ——第六部、完。




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