第373話 氷野さんと恋バナ 時々 先輩カップルの未来
いつまでも同じ場所で空になった紙コップ抱えているのにもいい加減飽きたし、何よりちょっと寒くなってきたため、俺は腰を上げた。
楽し気にみんながはしゃいでいるキャンプファイヤーの近くへとこっそり移動。
朝礼台が良い
火が大きいため、結構暖かいし、キャンプファイヤーの雰囲気も味わえて、我ながらいい場所を見つけたものである。
「はい、そこ! 二年の高橋! 火に近づき過ぎ!! はあ? マシュマロ? 焚火じゃないんだから、焼けるワケないでしょ! 火傷したいの!?」
頭上から、氷野さんの声が拡声器に乗って飛んでいくものだから、驚いて見上げてみると、我らが風紀委員長様のお姿が。
なんと、ここは司令官の基地であったか。
「なにをしけた顔してるのよ、桐島公平! ……さては、何かあったわね? 火の監視しながらで良かったら、話、聞いてやっても良いわよ?」
頼れる姐御が手を差し伸べてくれる。
掴まない理由がなかった。
「……あんた、ついにそんな羨ましい事になってんの!? ああ、もう! 私が男だったら、闇に紛れてあんたを消して入れ替わるのに!!」
「なんつー物騒な事を言うんだ、氷野さん」
そして彼女は呟く。
「そうね、確かに、多様性が認められる現代において、男か女かなんて些細なことだわ。……消そうかしら?」
「消さんとって! 俺はまだ何もしてないのに!! キャンプファイヤーもまだ消えてないのに!!」
「そこよ。あんた、何もしないつもり!? 私だったら、その場で両肩掴んで唇を奪ってるわよ!! あーあー。意気地のない男ってホントに嫌ね!」
「そうは言うが、氷野さん」
「俺にはもう一人大事な子が……とか言うんでしょ! 知ってるわよ! ただ、散々迷った結果、なんとなく答えが出たみたいな表情してるけど?」
うわっ、俺の感情、顔に出過ぎ!?
と言うか、俺ごときの表情をそんなに見てくれているとは思わなんだ。
氷野さん、毬萌にしか興味ないと思っていたのに。
「まあ、あんたって毬萌の付属パーツみたいなもんだから。嫌でも目に入るのよ」
「なるほど。すごく分かりやすい
「だから、アレよ。付属パーツが辛気臭い顔してると、私の毬萌のポテンシャルが100パーセント発揮されないのよ。それってすごく困るの」
氷野さんなりの励ましだろうか。
温かい気持ちになるのは、キャンプファイヤーの近くに来ただけとは思えない。
「答えは、おう、もう出てる気が……する。けども」
「選ばなかった子が可哀想だよぉー、とか言うつもり? あんた、女子を舐めんじゃないわよ!」
「いてっ!」
背中をバシンと叩かれた。
愛の鞭だろうか。愛とか付随するとまた怒られそうである。
「あんたが思ってるより、恋する女子ってのは強いのよ! 選ばれないのが怖くて嫌なら、最初から想いなんて伝えてないっての!」
「……そういうもんなの?」
「そういうもんよ! むしろ、変に気を遣われて答えを
「……なるほどなぁ。氷野さんも乙女なんだね。忘れてたあべしっ」
「次に迂闊な事言うと、今度は頭を踏んづけるからね?」
「首元に手刀をキメてから言う辺り、やっぱり氷野さんは違うなぁ」
「ふふん。やっと私の魅力に気付いたのかしら? あー! そこ! そこの一年生カップル! イチャイチャするなら暗がりに行きなさい! 火の近くは危ないから!!」
氷野さんは相変わらず忙しそうである。
これ以上邪魔をしても悪いので、俺は軽く手を挙げて挨拶したのち、次の場所を求めてウロウロすることにした。
火の周りは暖かいが、暖かさは思考をまどろませる。
とは言え、離れすぎると寒くて最悪の場合、風邪を引く。
折衷案として次に俺が選んだのは、グラウンドのベンチだった。
先客が居る事に気付かないのは、俺のミステイク。
「おや。どうしました、こんな会場の隅で。本日の主役が来るにしては、いささか寂しい場所のように思えますが?」
「良いではないか! 彼だって疲れを癒すために一人になりたい時もあるのさ! なあ、桐島くん?」
よもや、土井先輩と天海先輩の甘いひと時の邪魔をするとは。
思考の迷路に迷い込むのは俺の勝手だが、人様のストロベリーゾーンに足を踏み入れるのは勝手では許されない。
「こ、こいつはすみません! とんだ失礼を!!」
下手をすると、本日最大の失礼を働いた瞬間であった。
しかし、お二人は笑ってくれる。
「別に我々も、ここで逢引きしていた訳ではないからな! 去年はなかった催しを、少しばかり遠巻きに眺めていただけなのだよ!」
「おや、わたくしはてっきり逢引きだと思っておりましたが」
「はっはっは! よせよ、土井くん! 桐島くんの前で、照れるじゃないか!」
「ふふっ、これは失礼いたしました。照れたお顔も可愛らしいので、つい」
相変わらず、優雅な関係である。
思わず漏れるため息。
そして、お二人は愚かな後輩の些細な変化を見逃さない。
「何かお悩みですか? わたくしどもでよろしければ、お話を伺う事くらいはできますが?」
「物憂げなため息ではないか! 私たちの口の堅さは保証するぞ!」
先ほど氷野さんにソッコーで心模様を看破されたのに、先輩たちにもソッコーで悩みが露見する。
俺はそんなに分かりやすい人間なのだろうか。
「気にする事はございませんよ。相手に感情を先読みされるのは、それだけ深い絆で結ばれているということでございますゆえ」
やっぱり、俺は分かりやすい人間らしかった。
そして、俺は恥知らずにも、恥の上塗りを選択する。
知らないのに重ねて塗ることが出来るなんて、恥ってヤツも器用である。
「あの、お二人は、あー。すんません、こんな立ち入った事を聞いて良いのか分からないんですけど。お二人は将来についてお考えをお持ちですか?」
我ながら、立ち入り過ぎる質問であった。
恥がもう一匹向こうから元気にやって来て、重なる。
上塗りの上限ってあるのだろうか。
「おやおや、これは」
「はっはっは! 桐島くんにしては切り込んで来たな!」
「す、すんません」
「いや、なに! 別に隠す事でもないからな! そうだろう? 土井くん!」
「ええ、そうですね。わたくしは、海外留学を考えております。天海さんは東京の大学へ進学する予定ですので、進路としては別々になりますね」
「えっ!? そうなんですか!? てっきり、同じ大学に行かれるものかと」
「そう言う話もあったのだがな! もっと先の将来の事を考えると、一時の寂しさを我慢する方が良いと判断したのだよ!」
「もっと先、ですか?」
「口に出すのは少々恥ずかしいですが、天海さんの家が土地を所有しておられまして、ゆくゆくはそこにお店を出せたら、と、わたくしどもは愚考しております」
詳しく聞くと、天海先輩は元々、アパレル関係に興味があったらしく、大学で経営について見識を深めたのち、起業する予定なのだとか。
そして、それを支援すべく、海外で人脈と、天海先輩とは違った方面のスキルの習得に動くつもりなのが、土井先輩。
「あの、最後に、むちゃくちゃ
俺の働いた失礼の数と、上塗りした恥の数を数えると、いくつになるだろう。
それでもお二人は柔和に笑う。
「ええ、もちろんですよ。何でも、いくらでも」
「そうとも! 何を遠慮する必要がある!」
「では……。お二人は、将来的に一緒に、ああ、ええと、なんつーか、ご結婚、されるおつもりなんですよね?」
「はい」
「そうなるだろうな!」
淀みのない即答であった。
同じ場所にずっといなくても、想いが同じならば、やがては一緒になる。
それも一つの愛の形だと、お二人は語る。
「ありがとうございます。参考になりました」と頭を下げる俺に、土井先輩がさらに気前よく、貴重なアドバイスをお土産にくれる。
「桐島くん。想いに応える事のできる相手は一人ですが、想いと向き合う事は寄せられる気持ちの数だけ出来ますよ。あなたが悩み考えた末の答えを相手に伝えるその時に、後悔のないよう、今は自分と向き合って下さい。あなたにはそれが出来ます」
自分が分かりやすい人間であろうとなかろうと、尊敬する先輩に心を見透かされるのは嫌なものではない。
気付けば、俺の心中も、ずいぶんと穏やかになっていた。
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