第372話 毬萌とキスの約束

 さて、キャンプファイヤーと言えばフォークダンスである。

 実は、花祭学園には、後夜祭でフォークダンスを踊った男女は結ばれるという言い伝えが……ない。


 いや、まあ、去年キャンプファイヤーやってない時点で当然と言えば当然なのであるが、せっかくだからそういうジンクス的なものも作れば良いのに。

 定番じゃないか。

 文化祭で将来のカップルを示唆する、みたいな展開は。


 そもそも、フォークダンス自体をやっていないし、『オクラホマ・ミキサー』も流れる気配はないし、何なら流れている音楽もEarth, Wind & Fireの『セプテンバー』である。


 確かにダンスミュージックだけども。

 ノリノリでソウルフルな雰囲気になっても、手を取り合ってダンスする雰囲気にはならない気がする。


 それでも、火を囲む学友たちは楽しそうである。

 ならば、万事それで良い。

 俺、実は『セプテンバー』大好きだし。


 なに? お前はキャンプファイヤーの傍に行かないのかって?

 行かないね! 絶対行かない!!

 近づき過ぎて火が燃え移って、鬼瓦くん辺りが「ゔぁあぁぁぁっ!!」って言いながら鎮火する的な、お約束のオチが見えるからね!!

 ヘイ、ゴッド。俺だって学習するし、経験から予測だってするのだよ。



「みゃーっ! コウちゃん、こんなとこに居たーっ!!」

「おう。毬萌か。見つかってしまった」

「キャンプファイヤーの近く行かないの? 暖かいよ?」

「……お前。まず俺がキャンプファイヤーに近づく目的が暖を取るためって決めつけるんじゃないよ。お年寄りが焚火してんじゃねぇんだぞ」

「にへへっ! これはついうっかり!」

「違うな。今のお前はうっかりしてない」


 さっき甘いハーブティー飲んでいただろうに。


「ここから眺めるのも、なかなか綺麗ですなぁ!」

「おっ、やっと分かったか、この俺の風流な楽しみ方が」

「そんな事言って、ホントはおっきな火が怖いんだよねっ!」

「言い方! 俺は動物か!」


 毬萌は、「ぬふふーっ」と笑うと、人差し指をピッと立てる。

 ああ、これは何か天才的な事を言うなと、俺も察知。

 拝聴しましょう。


「野生動物は火が怖いんじゃなくてね、火を見るシチュエーションがないから、見慣れないものに警戒するんだよ! つまり、慣れたら平気なのだっ!」

「ああ、そうなのか? じゃあ、映画とかでたいまつ振り回して猛獣を撃退してるのは?」

「んーっ。きっと、熱いからだねっ! あと、普通はそんな事すると余計に興奮させちゃうから、コウちゃんもサバンナで野宿する時は気を付けてねっ!」

「お前は俺にどういう進路を歩ませたいの? そんな時は来ないよ?」


 「進路」という言葉を聞いて、毬萌が「にははっ」と笑う。

 さっきから笑ってばっかりだな。

 まあ、楽しそうで何よりだけども。


「もう文化祭、終わっちゃうねーっ」

「おう。今年のイベントもこれで一区切りだな。やれやれ、肩の荷が下りる」

「お疲れ様だよ、コウちゃんっ!」

「それを言うなら、毬萌もな」

「コウちゃん、進路希望表もう出した?」

「……嫌な事を思い出せてくれるなよ」


 文化祭の準備が始まったタイミングで、二年生は進路希望の提出を求められている。

 締め切りは二学期終了の一週間前まで。

 前述のセリフが示している通り、俺はまだ決めかねている。


「やっぱりまだだった! コウちゃん、のんびり屋さんっ!」

「そういうお前は決めたのかよ?」

「んーっ。実はまだなのだっ!」

「毬萌の成績なら、選び放題だろう?」

「そうかもだけど、わたしはやっぱりコウちゃんと同じ大学に行きたいなっ!」

「また……。お前、高校選ぶ時も、制服が可愛いとか言ってここに決めたろ? ちゃんと選ばねぇと、後で後悔するぞ?」


 まだてめぇの進路も決めていないのに、なんと偉そうな俺。

 少々お恥ずかしい。


「コウちゃんっ! 学ぼうと思えば、人はどんな環境でも学べるのだよっ! 大事なのは、どこで誰と何をしたいか、なのだっ!」


 また、こいつは急にそれっぽい事を言う。

 ならば反撃だ。


「それは、アレだろ。大学で、俺を使って、いかに楽をするか。そう言う話じゃねぇのか?」

「にははーっ。そこに気付くとは、コウちゃんもやりますなぁー」

「気付くわい! 一体、何年毬萌と一緒にいると思うんだ」


「ねね、これから先さ、わたしたち、どれくらい一緒にいられるかな?」


 不用意な発言をした俺も悪いが、急にそんな事言う毬萌はもっと悪いと思う。

 このセリフに即答できるのは、恋愛マスターか高田純次くらいだよ。

 そして俺はどちらでもない。桐島公平だ。


「……そんなもん、分からねぇよ」


 そして出てくる、ふやけた答え。

 まったく、俺ってば、まるで成長していない。


「わたしはね、ずーっと一緒にいたいと思ってるよ? 具体的にはね、同じ大学行って、同じ会社に入って、同じ場所に住むの!」

「……俺の人生にずっとくっ付いてくる気なのか」

「そだよーっ! ……コウちゃんは、嫌かな?」



 本当に、即答しかねる質問を連呼してくれるなよ。



「嫌とか、そう言う話じゃないだろ? 現実的にそりゃあ無理があると言うか」

「コウちゃんっ! 理想を語る時に、実現可能かどうかを含めるのは良くないと思うっ! それって可能性を減らすだけだもんっ!」


 ちくしょう。

 園芸同好会の連中、毬萌の茶にどんだけステビア混入させたんだ。

 久しぶりにぐうの音も出ない展開じゃないか。


「コウちゃん、コウちゃん!」

「なんだよ? またお前、俺を困らせる気だな?」

「むーっ! なにそれ、すっごく失礼なのだっ!」

「じゃあ言ってみろよ! 聞いてやるから!!」


 不用意な発言は控えるべきである。

 俺は人生で何度、この数分ですら何度、同じミスを犯してきたのだろうか。



「コウちゃん、チューしてあげよっか?」



 困るとかそう言うレベルの話じゃなかった。


「ばっ! お前、また、アレだな? 今年の春先、始業式のあとに言ったみてぇに、お、俺の純情をからかって、アレだろ!?」

「んーんっ! ホントだよっ! ホントの質問っ!」

「なっ……ばっ……!」


 言葉をなくす俺に、毬萌は畳みかけてくる。


「花火大会の時、コウちゃん、わたしにチューしたじゃん!」

「……あれは、まあ、その、おう」

「わたしね、チューの意味について、ずっと考えてたのだ! それでね、最近、やっと答えが出たんだよぉー! 聞いてくれる?」

「……おう。まあ、聞いてやるよ」



「ずっと一緒に居て下さいって言う、お願いの儀式なのだっ!」



 欧米では挨拶代わりに行われているキス。

 それを、こともあろうにそんなおごそかな儀式に奉るとは。


 いや、違うな。

 行為の意味を決めるのは当人であり、そこに文句を言う権利など、世の中の誰にも認められていない。

 相手が俺にとって大事な、大切な幼馴染であれば、それはなおの事。


 なんと言葉に出したものかと逡巡していると、うちの天才な幼馴染は、さらにこう付け加えた。


「にははっ! 別に、今すぐチューしよって言う訳じゃないよ? ただね、わたしは、コウちゃんとチューする気持ちの準備、出来てるからっ!」



「だから、もしね、もし、コウちゃんがわたしとずっと一緒に居てくれるなら、いつでも良いから、その時はわたしとチューしてくださいっ! にへへっ」



「……おう」



 俺に出来る精一杯の意思表示は、天才な幼馴染の提案を受諾すること。

 俺だって、いつかは決断しなければならない日が来るとは覚悟していた。


「コウちゃん、いっぱい悩んでいいからねっ! わたしは不意打ちなんてしないのだっ! 誰かさんと違って! じゃあ、マルちゃんたちのとこに戻るねーっ!」

「おう。暗いから、足元に気を付けろよ!」

「はーい! コウちゃん、いつもありがとっ!」


 いつものように、いつものセリフで会話は終わり、毬萌は駆けて行く。

 足をもつれさせて転ばなければ良いが。


 かつて、恋する乙女は爆弾魔などと、気の利いているようで特に意味のない比喩をしたことがあった。

 そんな事をするものだから、本当に巨大な爆弾を用意されてしまう。



 導火線に火が付いた、とても大きく大事な爆弾を前に、俺は一体何を思えば良いのだろうか。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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