第361話 毬萌と食べ歩きデート

「さてと、そんじゃ、二人ずつ休憩とることにしようぜ!」


 屋台はりんご飴の販売のみに移行。

 前回も言ったが、お客さんたちの帰り際、お土産用に温かい食べ物は温存しておきたい。


 そして、そうなると4人で行儀よく屋台に留まる理由もない。

 楽しまなくては。俺たちだって文化祭を。


「どうする? 鬼瓦くん休憩行っちゃう?」

「あ、いえ。僕は残ります。……と言うか、先輩。氷野先輩にあれだけボコボコにされたのに、平気なのですか?」

「おう。全然平気。正直、ちょっと体がほぐれて気持ちいいまであるな!」

「ゔぁぁあぁぁぁっ!! 僕の先輩はやっぱり凄い人だぁぁぁっ!!」


「毬萌先輩、先に良いですよ?」

「ほえ? 良いの!?」

「はい! だって、先輩ずっとポテト揚げてくれてたじゃないですか!」

「えーっ? 花梨ちゃんだって揚げてたじゃん!」

「いえいえ、あたしの方が公平先輩とお喋りしてましたから! どうぞどうぞ!」

「……そっかぁ。にへへっ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかなっ!」


 俺が鬼瓦くんに抱きつかれている間に、女子たちは何やら内緒話。

 とりあえず、誰か彼を引き離してくれないか?

 鬼瓦くんの感動で、俺の胴体が真っ二つになりそう。


「コウちゃん!」

「おう。どうした?」

「あの、ね! えっと、みゃーっ!!」

「痛い痛い! 何してくれんだ、お前……。急に飛び掛かって来るなよ」

「……だってぇ」

「一緒にその辺を見て回りてぇんだろ? わざわざ言わんでも分かるわい」


「みゃっ!?」


「うー! 今のはズルいです! あたしも言われたかったです! 鬼瓦くん、りんご飴下さい! 2つ、いいえ、3つ下さい!」

「えっ? 冴木さん、また太るんじゃゔぁあぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁ」



 花梨さん、鬼瓦くんの顔面に塩ぶっかけちゃいかん。

 鬼が浄化されちゃう。

 鬼滅の鬼神。



「じゃあ、ちょいとブラブラしてくるわ」

「はーい! 行ってらっしゃい!」

「ゔぁあぁぁ……」


 毬萌とぶらり文化祭歩きが始まった。



「会長、可愛いー!」「メイドコス! んほー!!」「神野さん、こっち向いてー!」


 さて、ちょっと中庭を歩いただけでこの騒ぎである。

 お忘れかもしれないが、本日の毬萌はメイドさんである。

 しかも、本格的なヤツじゃなく、いわゆるメイド喫茶とかで見る、コスプレ寄りのメイドさんである。

 大変よく似合っているが、それゆえに目立つ。


「ピコ太郎だ」「お、ピコ太郎」「ピコ太郎」「ピコ太郎、追いはぎに遭ったん?」


 俺は俺で、中途半端なピコ太郎と言う格好が何故か注目されている。

 普段は俺の事なんか誰も気にしないくせに。

 後で分かった事だが、どうもハロウィンの時の俺のコスプレが学園の様々なグループライン等で配信されたらしく、その認知度が急騰していたそうな。


 ピコ太郎もどき>普段の俺と言う、切ない証明が完了していた。


「毬萌! とりあえず、端の方に行こう! ここじゃ落ち着かん!」

「みゃっ!? コウちゃん、メイド好きだったんだ……。う、うん、良いよ?」

「アホか! 頬を赤らめてんじゃねぇよ!! グラウンドの人気の少ない方へ行ったら、少しはゆっくりできるだろって言ってんだよ!」

「なんだぁー。……じゃあ、コウちゃんはメイドさん嫌い?」



 何なん、この子!? 好きに決まってんじゃん!!

 世の中にミニスカのメイドが嫌いな男子高校生なんていねぇよ!!



 俺は、黙秘権を行使して、毬萌の手を引っ張ってグラウンドへ。

 ちなみに、黙秘が無言の肯定になっている事くらいは知っている。

 毬萌がにんまりニコニコモードなのがその証拠である。


「この辺はさすがに人が居ねぇな。……テントがねぇからなぁ」

 グラウンドは基本的にゲームや体験型の模擬店が並ぶため、飲食店は少ない。

 少ない、と敢えて言ったのは、少ないながらも存在するからである。


 いわゆる、ハズレ立地店である。


 とにかく模擬店の希望が多いため、このように不人気な立地を割り当てられても、「それでも負けない!」と頑張る部活は多い。

 が、土埃つちぼこりが舞い、テントもないと言う過酷な環境のため、お客がほとんど来ない。


「どうする? やっぱ、こんなとこじゃ、お前もつまんねぇだろ?」

「んーん! わたしはコウちゃんと文化祭、一緒に回れただけでも嬉しいよ? 約束守ってくれたんだもんっ! ありがとー、コウちゃん! にひひっ」


 ちくしょう。可愛いなぁ、おい!


 こうなると、何が何でも何かせねばと思うのが人情。

 しかし、マジで活気がない。

 屋台はあっても、部員が放棄して開店休業状態の店ばかり。

 何でもいいから、どこか営業している模擬店はないのか!?

 うちの可愛い幼馴染になんか食わせてやりたいのよ!!


「あーっ! コウちゃん、コウちゃん! あそこ、お店やってるーっ!」

「なに!? よし、行こう!」

「みゃっ!? コウちゃん、引っ張らないでぇー」


 見るとそこは、喫茶店のようだった。

 粉じん対策だろうか。ブルーシートで覆われている。


 ホームレスの人の家みたい!


 しかし、とにかく「営業中」と看板が出ているのだから、是非もなし。

 俺は、暖簾のれんをくぐって、開口一番オーダーを述べる。


「この店で一番上等のメニューを2人前頼めるか!?」

「わあーっ! なんだか秘密基地みたいだねぇー!!」

「おう。とりあえず座ろう。ほれ、毬萌、ハンカチ尻の下に敷いとけ」

「はーいっ! 何が出るかなぁ?」


 と言うか、店員さん!?

 お客が来たんだぞ!? 出て来いよ! 恥ずかしがり屋さんかよ!!


「おいおい! 見ろよ、副会長が会長とお忍びデートしてやがるぜ!」

「こんな場末の喫茶店を選ぶなんて、どうかしてらぁ!」

「けっひっひ! 初めてのお客だ、こいつは良いぜ!」


「おう!? なんだ、君らの店だったのか!」

「ほえ? コウちゃん、知ってるの?」

「おう。園芸同好会のヤツらだよ。しかし、そうかぁ。ハズレ引いちまったかぁ」


「おいおい! お前、早くメニューだしちまえよ!」

「バカ押すんじゃねぇよ! 手が震えてやがらぁ!」

「けっひっひ! 初めてのお客だ、仕方がねぇぜ!!」



 恥ずかしがり屋さんじゃねぇか!!



「緊張する気持ちは分かるが、接客しねぇと始まらねぇぞ?」

「頑張れーっ! わたしはね、おいしーのが食べたいなっ!」


「おいおい! うちは怪しい草のお茶と怪しい草のケーキしかないぜ?」

「とりあえず出しちまえ! そしたら金を踏んだくれる!」

「けっひっひ! よく冷えてやがる、こいつは良いぜ!!」


「よく見りゃ、メニューは壁に書いてあるんだな。えーと、厳選ハーブティーと、冷製ハーブマフィン? 美味そうじゃんか!」

「みゃーっ……。ハーブって苦いよねぇ……」


 ガタガタとカップが震え出したものだから、地震かと思えば、田口くんの手がバイブレーションしていた。

 どうにかカップを置いた長男坊に続いて、井口くんが更に震えながら、皿に乗ったマフィンを目の前に出してくれる。

 正直、こぼれ落ちやしないかと、こっちまで震えそうになる。


 最後に、三男坊の山口くんが、毬萌のカップに震える手で、何やら粉末を入れて、3人が動かなくなった。

 察するに、「お召し上がりください」と言う事だろうか。


「まあ、頂いてみようぜ。茶、苦かったら俺が飲んでやるから。ちょっとだけ口付けてあげような」

「うんっ! ……みゃーっ。みゃっ!? なにこれ、すっごく甘い! おいしーっ!!」

「マジで? 俺の普通にちょっと渋みがあるんだけど」


「おいおい! お前、怪しい草の良いヤツ入れたな?」

「ステビアって草だぜ! むちゃくちゃ甘いんだぜ!」

「けっひっひ! 会長が喜んでやがる! こいつは良いぜ!!」


「おっ! マフィン、うめぇ! チーズケーキみたいな食感だな! 熱い茶と相性も抜群じゃねぇか! やるなぁ、君ら!」

「いい匂いがするだけで、全然苦くないよ! おいしーっ!!」

「毬萌がハーブ系の食い物を褒めるのってマジで珍しいからな! すげぇぞ!」



「お、おお、おいおい! ただの草なのにありがたがってやがる!!」

「しし、し、しかも、褒めちぎってきやがるぜ!」

「けっひっひ! こいつは良いぜ!!」


「「「あああ、ありがとうごぜいやーす!!」」」



 ヤダ、この子たち、恥ずかしがり屋さんな上に感情表現がド下手!!



 この後、毬萌はマフィンのおかわりをして、大層満足気であった。

 ここを出たら、園芸同好会の喫茶店、宣伝してあげよう。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


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目次 またの名をお品書き

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