第298話 花梨と借り物競争 ~借りられる公平~
「コウちゃーん! 見てたー!? 私、一番だったよーっ!!」
毬萌が鼻歌交じりにテントへ帰って来た。
200メートルを全力ダッシュした上で、なにゆえその笑顔が出せるのか。
俺だったら多分、担架が必要になると言うのに。
「おう。見てたぞ。すげー、すげー」
「もうっ! もっとちゃんと褒めてよ!!」
「おー。よしよし、これも普段から朝ギリギリに起きて学校まで走っている成果だな! つまり、半分は俺のおかげだ! よーしよし!」
「むむーっ、なんか微妙に引っ掛かるけど、まあいっか! コウちゃん、最近は花梨ちゃんばっかりナデナデするんだもんねーっ!」
「そうか? そんじゃ、徹底的に撫でてやる! おらぁぁぁっ!!」
「みゃーっ! にへへっ、髪がぐちゃぐちゃになっちゃうよぉーっ!!」
不意に、誰かが俺の肩を叩く。
それは氷野さんであり、俺に顔を最接近させて、叫んだ。
「ひ・と・め・を・見ろ!!」
「おう。は・か・た・の・塩! と同じテンポだ!」
「そうじゃないのよ! バカなんじゃないの!? テントでイチャつくなっての!!」
そして気付く、周囲の微笑ましいものを眺める瞳。
「おう。これは俺としたことが」
「にははっ、やっぱり怒られちゃったねーっ!」
「気付いてんなら言えよ!!」
「いや、あんたはまず気付きなさいよ! 桐島公平!!」
おう。ごめんなさい。
「じゃあ、私、次の競技に出るから。しっかり応援してなさい!」
「そうだったのか。頑張ってくれ、氷野さん。……あれ? 花梨は?」
「冴木花梨も出るのよ! とっくに入場門に行ったわよ!!」
「マルちゃんも花梨ちゃんも頑張れーっ!!」
言われて見れば、入場門には花梨の姿が。
トップバッターか。これは応援してやらねば。
俺が手を振ってみると、花梨はその倍の勢いで手を振り返す。
つまり俺が手を振った分だけ、花梨が疲れる!!
これはいかんと、俺は着席。
毬萌も隣で応援していくらしい。
「んで、次は何すんの?」
「もうっ! コウちゃん、プログラムも見てないのーっ?」
「だって、最初の辺は女子の競技が多いって聞いたから」
「実行委員じゃないからって、気を抜きすぎだよぉ。次はね、借り物競争だよっ!」
「ははあ。定番だな」
「うんっ! あ、始まるね! 花梨ちゃん、頑張れーっ!!」
よーいドンで、5人の女子が一斉にスタート。
「そう言えばね、この競技から、実況が始まるんだよっ!」
「ほへぇー。去年はそんなのなかったじゃねぇか」
「うんっ! 今年はね、手の空いた実行委員が担当するんだーっ! でもね、適役が一人いるのだ!!」
耳をすませば、流れるように見事な実況が聞こえる。
しかも、聞き覚えのある声である。
ちょいと身を乗り出して実況席を見てみると、そこには1年の風紀委員、花梨のクラスメイトの松井さんが。
ああ、あの子よく通る声質だったわね、と思って見ていると、小さくこちらに手を振ってくれた。
なんて良い子なんでしょう。
ちょっと、実況に集中してみよう。
『さあ、各選手、一斉に借り物の書かれた紙の入っている封筒に手を掛けます! あっと、白組の岡田さん、封筒が開かない! どうやらハズレのようです!』
松井さんの実況は的確に状況を捉えており、見事と評価すべきと思われた。
ところで、気になったんだけども。
ハズレって何だよ!?
「今年はね、ただ借り物をするだけじゃないんだよっ! 運も試されるのだっ!」
「なにそれ!? すっげぇいやらしいシステム!! うわ、ハズレ引いたらもう一周走るの!? ひでぇこと考えるヤツもいるなぁ」
「……にへへっ」
お前かよ!!
「誰かー! アンモナイトの化石をお持ちの方いませんかー!?」
ああ、ちくしょう。
ツッコミが追いつかねぇ。
誰もお持ちじゃねぇよ!!
『赤組の坂本さんのために、男子数人が理科室へと走ります! ここは頼れる男子のアピールポイント! 頑張ってください!!』
おう。普通に松井さんが実況してるってことは、これ、封筒の中身、だいたいアレな内容だな。
「今回の借り物競争のテーマは、『全員参加』なのだっ! 選手のために、難しい借り物を学園内から探し出すんだよ! 面白いでしょー?」
「……俺ぁ絶対に出んからな」
「おーい! 消火器持ってる人いるー!?」
女子の借り物に化石とか消火器とか、どんな判断だよ。
「相撲部の人ー! まわし貸して下さーい!」
そこは剣道部の竹刀くらいにしとけよ。
ほらぁ、相撲部員が頬を赤らめながら
てめぇのまわし女子に持たせようとか、どういう特殊性癖だよ。
『さあ、各選手、一斉に応援席の生徒に協力を要請しております!』
おかしいと思ったんだ。
だって、出場選手がたったの20人しかいねぇんだもん。
つまり、4レースしかしないって事だろう?
でも納得。1レースにこれだけ時間がかかるんじゃ、それが限界だよな。
『あーっと! 白組の冴木さん、どうやら、ラッキーカードを引き当てた模様です!!』
ちなみに花梨さん、2回続けてハズレを引く悲劇に遭い、最後尾でやっとまともな借り物の書かれた封筒をゲットした模様。
しかし、ラッキーカードってなんだ。
そこはかとなく嫌な予感がするのは気のせいか。
そして、ほんの少し悩んだ様子を見せたものの、一直線に俺の元へ走って来る花梨。
何だろう。冷えた麦茶なら、売るほどあるんだけど。
「公平先輩、一緒に来てください!」
「おう。……おう!? 俺!? 麦茶じゃなくて!? って言うか、俺、人だよ!?」
「良いんです! さあ、早く、早く! こっちです!」
花梨に手を握られて、俺はゴールテープへと走って行く。
ちなみに、ゴールテープの前に立ちはだかる『判定員』と言う名の門番は、学園長。
ちょび髭のおっさんがOKと言わないと、ゴールは認められない。
「やあやあ、冴木さん。一番乗りだね。そして桐島くん、お疲れ様。では、カードを拝見! むむむ、これはこれは……!!」
ちょび髭を撫でながら、にんまりと学園長。
『おっとー! 学園長の判定が出るようです! 出ました! OKです! 1着は、白組の冴木さんです! ちなみに、なぜ副会長だったのでしょうか!』
それは確かに気になる。
「おう。花梨。なんて書いてあったんだ?」
「えへへ。これです!」
そこには『真実の愛』と書かれていた。
「他の選手は、まだもたついているようですので、冴木さんの借り物を確認しに行ってみましょう!」
おい、嘘だろ!? 実況者、移動すんの!?
天下一武道会方式なんて、聞いてねぇぞ!?
『えー、冴木さんのカードは! ……あっ』
俺は、小声で叫び倒した。
こんな器用なマネができるのは、学園広しと言えど、俺くらいである。
「お願い、お願い、ヤメて松井さん! それ発表されたら、俺死んじゃう!!」
花梨ファンの男子生徒に袋叩きだよ。
まだ競技に参加してもいないのに、俺の残機がなくなっちゃう!!
『あー、えー! そう、尊敬する先輩! 尊敬する先輩だった模様です! これは冴木さん、ラッキーカードの恩恵をしっかりと受けました!!』
ありがとう、松井さん。
このお礼は、いつか必ず形のあるものでお返しします。
「ふむふむ。若いっていいねぇー!」
黙れ、ちょび髭。
俺は、学園長に八つ当たりしたのち、花梨とウイニングランをしてテントに戻る。
そして、15分後。第二走者が。
さらに15分後、第三走者、氷野さんのいるグループである。
嫌な予感しかしないのは何故か。
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