第299話 借り物競争と刈り取られる者たち
「誰か! 誰か、教頭先生の毛髪を借りてきてくれませんかぁ!?」
どこのバカだ、そんなもん借りて来いって札作ったのは!!
教頭の毛髪と言えば、見ているだけで戦争映画を見終わったような哀愁の念を抱かずにはいられなくなる、花祭学園屈指のパワースポットの一つである。
その神聖な毛髪を借りて来いとは何事か。
では聞くが、借りた毛髪は事後、ちゃんと元に戻るのですか?
ふりかけのように頭の上にパラパラやって、根が生えるのですか?
教頭にとって更なる悲劇は、声の主が可愛らしい三年生だった事である。
そして、その三年生の女子は、自分の武器をよく知っていた。
「借りてきてくれた人には、私、ほっぺにキスしてあげるからぁ!!」
「おい、教頭どこ行った!?」「くそ、教員テントにいねぇ!!」
「探せ探せ! 見つけ次第捕まえろ!」「十本抜いてくるんで、口にお願いします!!」
立ち上がる非モテ系アクティブ男子諸君。
今回ばかりは教頭に同情を禁じ得ない。
どうか生きて下さい、教頭先生。
さっきあなたがトイレに行くのを俺ぁ確認していますが、黙っておきます。
「最近は尿の切れが悪くてねぇ。とは言え、桐島くんの頭の切れ程じゃないんだがねぇ」などとのたまっていた事は、忘れて差し上げます。
精々、長い小便で自己の貴重なアイデンティティを守って下さい。
「あっ、コウちゃん! マルちゃんも札取ったよーっ!」
「おう。もう、なんつーか、その辺にあるものであることを祈るよ」
『さあ、今回も借り物に苦戦している花祭学園の乙女たち! 誰が一番に抜け出すのでしょうか!?』
松井さんの実況、それにしても上手である。
的確な状況説明。
適切な観客の煽り方。
お見事と言っても良い。
これは、来年の風紀委員長の座が見えてきたな。
氷野さんもそうだが、命令を正しく伝える技術は必須である。
『えー、ここでお知らせです。教頭先生、いらっしゃいましたら至急職員テントまでお戻りください!』
松井さん、ヤメたげて!!
今回は借り物のハードルがグンと上がっているらしく、6人全員が苦戦中。
松井さんも実況する内容が減っており、ついには教頭をおびき寄せる決断をした模様。
教頭先生、これが日頃の行いですよ。
「あれっ? マルちゃんがこっちに来たーっ!」
「おう。ホントだ。……まさか、また俺、連れて行かれねぇよな?」
「桐島公平、ちょっと一緒に来て! お願いだから!!」
教頭先生、これも日頃の行いですよ。
「えっ!? また俺!? なに、今度はなんて書いてあんの!? ついに即身仏!?」
「違うわよ! あの、このカードに書いてあるものが……。私には手に入れ辛いものだから! ちょっと力を貸して欲しいの!! って言うか、貸しなさいよ!!」
氷野さん、白組のためにさこまで一生懸命に……!!
そして、この頼りないホワイトアスパラガスを頼ってくれた事実……!!
オーケイ、分かった。俺が出よう。
別に勝ってしまっても構わんのだろう?
「わーっ! コウちゃん、頑張れーっ! マルちゃんもファイトーっ!!」
毬萌の声援を背中に受けて、俺、借り物競争2度目の出陣である。
「んで、肝心の借り物は? アレかな? 男子の下着とか? ……分かった。ちょっと恥ずかしいけど、俺、脱ぐよ!!」
「はああっ!? は、恥ずかしいのはあんたの思考回路でしょう!? このバカ!!」
「おう。違ったか」
俺としたことが、これは勇み足。
「私の役職、分かっているでしょう?」
「最近中型バイクの免許を取った、死神ライダー」
「轢き逃げするわよ、あんた!!」
「いや、ごめん。慌てる氷野さんが可愛くてつい、いじわるを言いたくなったのさぁぁぁぁあぁああぁんひゃあぁぁぁぁぁああぁぁんっ」
お忘れだろうか。
氷野さんは、古き良きツンデレヒロインよろしく、ふざけた態度を取ると、普通にビンタしてくる。
ああ、覚えてた? じゃ、忘れてたのは俺だけか!
「これ、見なさいよ!」
「なんだ、案外短いじゃないか。なになに? ……Oh」
「私が注意を引き付けるから、桐島公平。あんた、実行犯やって」
「ええ……。嫌だなぁ。それ、下手するとえらい事になるじゃん」
「大丈夫よ! 悪くても停学で済むように、私が最大限の弁護を約束するわ!!」
「……副会長が停学処分とか、前代未聞じゃないか」
カードには何を借りて来いって書いてあったかって?
ヘイ、ゴッド、まずは思い出して欲しい。
先ほど、3年の女子が何を求めていたか。
そう、とても異常なものだったね。
ならば、氷野さんのカードだけ異常じゃないものが書かれていると思うかい?
そうだね、花梨みたく、身内にラッキーカードが続くなんてこともない。
もったいぶっても仕方がないから、言うよ。
氷野さんが借りに、いやさ刈りに行くのは……。
学園長の胸毛!!
この競技を担当したヤツは、ハッピーターンの粉でもキメてたのかな?
学園で一番偉い人の胸毛とか、二番目に偉い人の毛髪とか。
バカなんじゃないの?
「お願いよ、桐島公平! 私、毬萌の前で一等賞を取りたいの!!」
そして氷野さんは、かつてないほどの上目遣いで俺を見つめる。
照りつける日差しも相まって、俺の正常な思考能力は早々に羽ばたいて秋空に飛んで行った。
「……おっし! いっちょやってみっか!!」
このセリフのお題は「こんなカカロットは嫌だ」だろうか。
俺と氷野さんは、二人でゴールテープの前に居る学園長の元へ走る。
学園長は、当然答え合わせだと思い、手を挙げて俺たちを歓迎する。
そこに生まれる隙を見逃さない。
「氷野さん!」
「ええ! 学園長、失礼します!」
氷野さんがちょび髭のおっさんを羽交い絞め。
「あれあれ? なんだい、おじさん、女子高生に後ろから抱きつかれちゃったよー。……でも、あるべき柔らかさがないなぁ。分かった! さらし巻いてるんだ!!」
学園長、自分から氷野さんに残っていた僅かな罪悪感を刈り取る。
「桐島公平。……やんなさい」
「……はい」
「えっ、なに? サプライズかい? おいおい、おじさん心の準備がまだだよー」
「すみません、学園長! お覚悟を!!」
「えっ? なに、桐島くはぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁん」
その時の学園長の叫びは、天高くどこまでも続く秋空を昇って行った。
天国のひいばあちゃん、お元気ですか?
俺は今日も元気です。
『今、白組の氷野先輩、一着でゴールイン! そして、今回もアシストを決めたのは、生徒会副会長、桐島先輩! 運動が苦手でも、その知謀が冴え渡ります!!』
「マルちゃん、やたーっ! すごい、すごーいっ!!」
テントの下で喜ぶ毬萌に、だらしのない表情で手を振る氷野さん。
俺の手のひらには、じっとりと湿ったものが。
「桐島公平、ありがとう! 助かったわ!!」
「……おう。まあ、なんつーか、お役に立てて良かったよ」
氷野さんの100パーセントスマイルと言う、実に珍しいものを拝受。
そして彼女は続ける。
「それ、返しといてくれる?」
笑顔で言う事じゃないね!?
それでも一応学園長に胸毛を返したところ、この御仁は「ああ、うん。良いんだよ。盛り上がったなら、胸毛のひと
学園長の株価が俺の中で大幅に上昇した瞬間であった。
あと借り物競争の責任者出て来い。
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