第292話 地獄の茶道 ~あぐらもかけないこんな世の中じゃ~

 茶道室。

 実のところ、俺はここに数回しか来たことがない。

 そもそも茶道は選択授業であり、俺は書道を選んでいるため授業では使用しないし、茶道部に友人がいる訳でもないので訪ねていく理由もない。

 入学してから行われる新入生ガイダンスで2度ほど足を運んだ記憶があるだけだ。


 ただ、最近間接的にお世話になったことはある。

 台風で帰れなくなり、生徒会室で一晩過ごしたあの日。

 鬼瓦くんの手によって、畳を引っぺがして連れ去り、俺たちの安眠の役に立ってくれたのは、割と記憶に新しい。


 畳さんたち、お元気そうで何より。

 年末の大掃除の時には天日干しされると聞いたので、その時は俺も助力させてもらう所存。

 てめぇじゃ役に立たないどころか、邪魔だからヤメておけ?

 そこまで言わなくても良いじゃないの。ヘイ、ゴッド。



「冴木くん、準備は私の分かる範囲でしておいたのだが、これで不足ないだろうか!」

 天海先輩が「ご覧あれ」と手を広げた。


「花梨、花梨。なんか不備があったら、言って良いんだぞ。そいつを口実に、逃げ出せるからな。あるだろ、少しくらい不備が。重箱の隅を突いちまえ!」

 何と言う不届きな内緒話だろうか。

「……ごめんなさい、先輩。どこを探しても見つからないです」

「交差点でも!? 夢の中でも!?」

 花梨は悲し気に首を横に振る。


 こんなとこにあるはずもないのか。


「えと、天海先輩? あたしも制服ですし、セッスク先輩も初めてという事ですし、完璧な作法でなくともよろしいでしょうか?」

「ああ! 構わないぞ! 形だけでも実に嬉しい! セッスクくんもそれで良いな?」

「おけまるデース! プリティな日本ガールにお茶をたててもらえるだけで、テンあげでおじゃる!」


 とりあえず、これで花梨が責められることはなくなったか。

 一番の懸案事項はそこだったゆえ、少し肩の荷が下りる。


「オーウ! コウスケ、コウスケ! 聞いてくだされ、ビューネくん!」

「誰がビューネくんじゃい! 俺ぁ公平だ! ……なんだよ」

「花梨チャンはカワイイけど、たてるのはお茶だけダヨ! いつもみたいに、あっちもこっちも立てるのはノーね!!」



 君ってヤツは本当に、登場する度にゲスになっていくな!?



 どこで日本語覚えてきてんの!?

 もし日本にある教室だったら教えて。

 今すぐクレームの電話するから。

 クレーマー? ばっか! 正当な抗議だよ!! ヘイ、ゴッド!!


「それじゃあ、てていきますね。よろしくお願いします」

 正座で一礼する花梨。


「ああ! よろしく頼む! セッスクくん、我々も頭を下げるんだ!」

「かしこまり! よろしくお願いしまっする」

「……ごめんな、花梨」

 対面する俺たち3人も、行儀よくお辞儀。


「えっと、本来なら、お茶を点てる前に、なつめ茶杓ちゃしゃくを拭いたり、茶筅通ちゃせんとおしをしたりするんですけど、そこは省略しますね」

 茶の湯とは、必ずしも作法に従う必要はないらしい。

 特に、このような顔見知りのみで行う場合などは、ずっと気楽に構えて良いとか。

 千利休が言ったのかは知らんが、良い事を言うなぁ。


「オーウ! 花梨チャン! 花梨チャン!!」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「日本語でおけ、ネ! ちょっと何言ってるか分からんちんデース!!」



 セッスクくん! 礼儀作法くらいはイギリスにだってあるだろ!?



 確かに俺も何言ってんのかほとんど分からんかったけども!!

 わざわざ俺たちのために骨折ってくれてる花梨に対して失礼過ぎるぞ!!


「す、すみません。分かりにくかったですよね」

 いいや、花梨。

 君が責任を感じる事なんてまったくないぞ。

 俺もよく分かってないけど!

 君は全然悪くない! それだけはしっかり分かってるから!!


「ふむ! 冴木くん、ここは私が! セッスクくん、これは、ライブの前にアンプの掃除をして、ギターのチューニングをするようなものだな!」

「オーウ! なるへそね! とってもよく分かりマッスル!」

 話が付いたんなら良いんだけど。

 ねえ、大丈夫? 茶道をたしなむ皆さんから怒られるようなこと言ってない!?

 一応、不死鳥フェニックス土下座しとく?


 花梨は説明を諦めたらしく、無言でお茶を点て始めた。

 その様子を見ている天海先輩が、セッスクくんに「今は〇〇だな!」「そっちにあるのは〇〇だぞ!」と解説している。

 さすがは天海先輩だけあって、茶は点てられずとも知識は完璧。

 隣で聞いてる俺も実に勉強になる。


 それはそれとして、少し厄介なことになってきた。

 アレである。

 俺の体が貧弱な事は、もう学園の中では一年生から三年生、教職員、飼育小屋のウサギに至るまで知れ渡っているはずであるからして、言ってしまうが。



 足がすっけぇしびれて死にそう。



 実は、何を隠そう、この俺、桐島公平。

 正座が大の苦手なのである。

 ひいばあちゃんの法事で坊さんのソロライブ聴いてたら限界がきて、 般若心経はんにゃしんきょうの合間に「あぁぁいっ!!」とウルトラソウルみたいな合いの手を入れたのは語り草。

 それ以来、俺は親戚の法事から出禁を喰らっている。


 そんな俺の限界がすぐそこまで迫っていた。

 限界が手を振りながらこちらへ向かってスキップしてくる。

 AC部の作画みたいな限界が、奇天烈きてれつなスキップで迫る。

 来るな、来るなと念じる度に、限界の速度は増していく。


「オーウ! コウスケ、リラックスねー! 震えてるよー?」

「ばっ! おまっ! セッスクくん! 今、俺に触るんじゃねぇ!!」

「そう言われると、ボディタッチしたくなるのがイタリア人ね! OK!」



「お前イギリス人だろぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」



 ひいばあちゃん、天国でお達者ですか?

 俺はこっちで元気にやっています。

 その節は、ウルトラソウルの合いの手を入れてごめんなさい。

 その辺も、俺はこっちで相変わらず元気にやっています。


 栽培マンの自爆を喰らったヤムチャあとのみたいになった俺。

「どうした!? 桐島くん、急病か!? しっかりするんだ!!」

「あ、ああ、違うんです……。その、ちょっと、アレが、ナニしただけです……」

「そうなのか!? まあ、君ほどの男ならば、嘘は言わないだろうが」


「オーウ! コウスケ、正座リームーなら、足崩せばいいのデスメタル! ワタシ、とっくの昔に正座なんてヤメてるねー! フゥー!!」


 えっ。マジで?

 そんな驚愕きょうがくの表情を浮かべた俺が、花梨とアイコンタクト。

 彼女はこう言っている。


「先輩、それ、本当です。足崩してもいいんですよ」



 こうして俺は、また一つ賢くなった。

 元がバカすぎるから、それは進化の範疇はんちゅうには入らないって?

 痺れた足に響くから、今は優しくしておくれよ。ヘイ、ゴッド。

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