第291話 襲来! 天海先輩とセッスクくん!!
その日は朝から雲行きが怪しかった。
昼飯を食う頃には暗雲が立ち込めており、放課後になっても回復せず。
空は今にも泣き出しそうであった。
「みゃっ!」
ゴロゴロと黒い雲の合間で雷鳴が響くたびに、毬萌が震える。
こいつは雷が苦手であるからして、どうにかしてやりたいのだが。
あいにくと俺には天候を操る術はなく、ならば、せめて
「失礼するぞ! 生徒会の諸君!」
天海先輩のご入来。
まったく同じタイミングで俺のスマホに「ぬかったわ! そっちに天海先輩が行ったわよ! 後は任せるから!」と氷野さんからのラインが。
普段、風紀委員ネットワークと俺と氷野さんの三点包囲網で、天海先輩と毬萌の接触は避けられている。
しかし、365日それを完璧に行えるかと言えば、もちろん答えはノー。
総理大臣のSPじゃあるまいし、ただの高校生の集団にそんな高度な要求をするのは酷と言うもの。
とにかく、来てしまったものは仕方がない。
いつものように、俺が間に立とう。
なに、天海先輩だって悪人ではないのだ。
毬萌大好きな先輩には申し訳ないけども、どうにか誘導して、うちの大事な幼馴染から引き離そう。
「
リミットが速い!
出会って5秒で時候の挨拶!!
しかも今日の天気をガン無視! なんて白々しい!!
こりゃもうダメだ。衛生兵ー! 衛生兵、ちょっと来てー!!
「はっはっは! 神野くんの態度にはいつも感服させられる! ところが、今日は君のステキな顔を見に来た訳ではないのだ! すまないな!!」
鬼瓦くん一等衛生兵が現着し、毬萌をその体で天海先輩からフレームアウト。
そのまま今日のお菓子のスフレを食べさせている。
が、俺の聞き間違いか。
天海先輩が、毬萌に会う以外で生徒会室を訪れるとは。
「いや、なに! 今日は桐島くんの力を借りたくてな! 実は、とある人物が茶道の体験をしたいと言うのだが、桐島くんは大層な腕らしいじゃないか!!」
「えっ!? さ、茶道っすか!?」
ちょっと待ってくれ。
話が見えてこない。
俺が茶道?
冗談じゃない。お忘れか? 俺は苦いのがダメだってことを。
抹茶なんか飲めるはずないだろう。
伊右衛門が俺の限界地点だよ。抹茶オレだってキツい。
誰が一体そんな悪質なデマを流したんだ。
「また、君と言うヤツはすぐに謙遜をする! なんでも、目を閉じていてもお茶の種類を言い当てられるとか! 彼が言っていたぞ! なあ!」
そして、諸悪の根源が姿を現した。
「はいどうもー! コウスケ、おひさね! ユーのフレンド、セックスです!!」
——お前かぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっ!!!
お忘れだろうか。
きっと忘れているだろう。
イギリスからの留学生。セッスク・アドバーグくんである。
留学生の中では日本語が
そして思い出して来た。
そう言えば、直近の朝礼の前、彼と雑談をした。
「爽健美茶って昔と味変わったと思うんだよ。えっ? 違い? 分かる、分かる! そんなもん、目ぇつぶってても分かるよ!!」
確か、こんな他愛のない話をした記憶がある。
そして、前述の天海先輩のセリフ。
……嫌だなぁ。点と点が線になっているじゃないか。
「コウスケ、お茶のマイスターね! 今日はよろしこでござりまする!」
それ、爽健美茶の話な!!
しまった。
爽健美茶って言ったって、イギリス人のセッスクくんには伝わらないのか。
きっと、お茶と言えば茶道を思い浮かべるし、〇〇茶と言えば、全て抹茶と考えるのだろう。
そう考えると、今回はセッスクくんも悪くない。
「コウスケの好きな綾鷹、しっかり買ってきてありまっする! オーウ! ハト麦ゲンマイ、月見Soh!!」
こいつ、理解してるじゃん!!
最近見かけなくなった爽健美茶のCMソング歌ってるもん!
それで、お前が持ってんの十六茶な!
何もかもがズレてんだよ!!
でもハッキリと感じる悪意! ヤダ、もう帰ってくれない!?
「そういう訳で、今日はセッスクくんに茶道の体験をさせてやりたくてな! どうだろう、桐島くん、力を貸してくれないか!!」
「うっす。……微力ながら、尽くさせて頂きます」
ここで取り得た選択肢は2つあった。
1つ目は、たった今チョイスした方。
俺が
もう1つの方は、選択肢として存在していただけで、選ばれる事は絶対にない。
毬萌を巻き込んで、事を
せっかく今回、毬萌に被害が及ばないのに、わざわざ大事な幼馴染を戦火のど真ん中に連れて行くヤツがあるか。
「オーウ! コウスケ、とってもやさしーね! いっそセクシーね!」
や・め・ろ!
俺のお気に入りのセリフを勝手に使うな!!
お前それ、俺がコツコツ積み重ねてきた歴史のあるセリフなんだぞ!?
なのに大して人気がねぇんだから、余計にヤメろよ!!
「いやはや! まったく、桐島くんの人の好さは美徳だが、そのうち悪い
今されてるんですよ!
あなたの隣にいるセックス野郎に!!
天海先輩の相手を常に信じる性善説絶対主義も俺は結構好きですが、今、まんまと利用されていますよ!
「やれやれ。参ったな……」
「オーウ! コウスケ、すぐ固くなるデース! 良くない
何が腹立つって、こいつ会う度に日本語が達者になっていってるとこ!!
もう、カタコトじゃなくて、普通に喋れるのにキャラ付けでそのスタイルを貫いてるんじゃないの!?
とは言え、もはや賽は投げられたのだ。
どうせ出た目は地獄だろう。
良いさ。
地獄に俺一人で観光旅行して来れば全てが丸く収まるってんなら、それで良い。
「じゃあ、みんな。ちょっと俺ぁ……。逝ってきます」
愛する仲間にサヨナラ。
俺は今から死地へと赴く。
もしも無事に帰ってこれたら俺、増水した川の様子を見に行くんだ……。
そんな俺の腕を、小さな手が掴んだ。
その手は確かに小さいけれども、とても優しく、温かかった。
「公平先輩! あたしに任せて下さい!」
「か、花梨!?」
「あたし、茶道の心得がありますので! 先輩のお役に立ってみせます!!」
「か、花梨!!」
「おお! なんと冴木くんまで来てくれるのか! ならば、行こう! もう茶道室の用意は出来ているからな! いやぁ、楽しみになってきたな!」
「コウスケー。プリティガールとお昼からネットリしくよろネ! このドスケベ!!」
これより先は修羅の茶道。
骨の一本も残らない覚悟の上、足を踏み入れられたし。
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