第290話 アルバムの完成とこれからの余白

 その晩は遅くまで全員でトランプに興じた。

 まず七並べで心菜ちゃんと美空ちゃんを中心に援護しながら戦うと言う縛りプレイを自分に課して、普通に最下位になる。

 そののち、大富豪で氷野さんを狙い撃ちして革命を起こしたところ、鬼瓦くんに革命返しをされると言うフレンドリーファイアを喰らった。


 こうなったら勝てるまでやってやると、子供みたいな誓いを立てようとしたところ、心菜ちゃんが「そろそろ眠くなってきたのですぅ」と言うので、即撤収した。

 知らなかったのか? 天使からは逃げられない。



「コウちゃーん。起きてるー?」

「おう。起きてるぞ」

 お忘れかもしれないが、俺は左右を毬萌と花梨。

 上下を心菜ちゃんと美空ちゃんに囲まれる布陣のど真ん中にいる。



 こんな状態でそうやすやすと寝られてたまるか!



 ちなみに、鬼瓦くんと勅使河原さんは、少し離れたところで仲良く布団を敷き直していた。

 おい、くっ付いて寝るって話はどこ行った。

 もういい加減ツッコミ役をするのも無粋に思える。


 付き合ってるんでしょ?

 もう、お願いだから認めてくれないかな?

 そっちの方が、俺、楽になれるんだ。


 そして、そんな心菜ちゃんの隣に布団を敷いて目を光らせているのが氷野さん。

 たかかな?

 恐らく、天使たちに触れると猛スピードで襲い掛かってくると思われる。

 鷹かな?


 急遽開催されたお泊り会は、こうして夜が更けていく。

 ただ、この手のイベントでは割と最初に寝る毬萌が起きている。

 ならば、まだ夜は終わらない。

 大事な幼馴染を放っておいて、てめぇだけ先に寝れるか。



「アルバム、できたねー」

「そうだな。俺が発案者だから今まで言わんかったが、これ、結構いいアイデアだったよな?」

 てめぇの功を誇るのは男の恥。

 しかし、親の顔より見てきた毬萌になら、恥の一つや二つ。


「あー。公平先輩、自分でそれ言っちゃうんですねー」

 ヤダ。花梨も起きてた。

 そうなると話が変わってくる。

 俺が恥ずかしい自画自賛マンになっているので、ちょっと時を戻して。

 無理? 役に立たないなぁ、ヘイ、ゴッド。

 ぺこぱの派手な方なら戻してくれるのに。融通が利かない。


「でも、コウちゃんが自分から言ってくれて、わたしはちょっぴり安心したのだ」

「……おう。なに、どういう事?」

 俺、そろそろ発言権もろくに持てなくなりつつあるのかな。


「だって、コウちゃんってば、いっつも誰かの事を優先するからさー。自分のやりたい事って、なかなか言わないから。わたしは嬉しかったんだよー」

「そうか? 割と普段から気ままに生きてるけど?」

 すると、今度は反対側から反対意見が飛んでくる。

 花梨のターン。


「公平先輩の場合、基本的に誰かに気を遣っているのがベースになってますからねー。ご自分じゃ気付けないかもですけど」

「マジかよ。俺、そんなに気が利く男だったのか。アンパンマンくらい?」

「あ、すみません。気は利かないです。ごめんなさい」

 桐島アンパンマン、顔面に放水を浴びる。


「だって、先輩。何をする時でも、まず誰かが困っていないか確認するでしょう?」

「……んー。……するかもしれん」

 そう言われてみれば、のレベルではあるが。

 だって、誰かが困ってんのに放置して出発進行とはいかんだろう?


「コウちゃんは昔から、そーゆうとこがあるんだよー」

 またまた反対側から、今度は賛同の意見が。

 ナチュラルに心を読まれながら、一応発言者の方へクルリ。

 なんだかすげぇ寝返りうつ人みたいになってきた。


「わたしはねー。コウちゃんのやりたい事、もっとたくさんしたいな」

「当然、あたしも同じ意見ですよ。公平先輩」


 これは困った。

 同時に呟かれると、どっちを向いたら良いのか。

 優先順位なんてこの二人に付けられるわけもなし。

 つまり、あお向けにならざるを得ない。


 うつ伏せでも良いだろうって?

 ちょっとだけ良い話の空気なのに、なんで俺はそんな食色悪い姿勢取るの?

 絵的に面白いから? 今そういう空気じゃないでしょ、ヘイ、ゴッド。


「だから、これからはもっと……自分を出して、さ……ふぁ……」

 あくびをしながら、俺の手を握る毬萌。


「そうです……。公平先輩だって……色々、やって良いんです、よ……すぅ……」

 花梨が反対の俺の手を取って、寝息を立て始める。


 まったく身動きが取れなくなった。

 そして乙女たちが眠れる姫にクラスチェンジ。

 やれやれ。

 こんな状態で寝られるほど、俺の神経は図太くできちゃいないってのに。


 俺は、幸せそうに眠る毬萌と花梨を見て、誰にも聞こえぬように呟く。



「俺のやりてぇ事はな。お前らと色々バカやって。スキ見せるヤツに手を貸して」

 しまった。もっと短く纏めた方が格好ついたのにと後悔。

 よし。時を戻そう。



「俺のやりてぇ事なんて、生徒会に入った時点でもう、ほとんど叶ってんだよ」



 言いたい事を言った途端に眠気が襲ってくる。

 むしろ、言いたい事を言う間、待っていてくれた眠気。

 分別を弁えた良い眠気とジャズりながら、俺も眠りの森へといざなわれる。




「あんた、何してんのよ!!」

「あだっ!? 痛ぇ!? 痛い痛い痛い! ちょっと、氷野さん、たんま! ストップ!!」

 朝一番に繰り出される手刀による突きは、猛禽類もうきんるいのくちばしか。

 たかだな。


「なんで、あんたが毬萌とくっついて寝ているのかしら!?」

 そう言われてみると、右手が痺れている。

 ああ、なるほど、この姿勢のまま動かなかったから血の巡りが悪くなったのか、と、科学的な原因は解明。


 ん? そう言えば、痺れているのは右手だけ。

 左手はどうなった。


「先輩、ごめんなさい!」

 どうやら、俺より早く、そして鷹より早く目覚めた花梨は、脱出したらしい。

 何を謝ることがある。

 むしろ、罪が二つにならずに済んで、こちらこそありがとう。


「いだだだだだっ! ち、違う! これは毬萌が勝手にだな!」

 依然として猛禽類に襲われる愚かなネズミ。それは俺。

「あんたの言い訳はワンパターンなのよ! 制裁を与える身にもなりなさい!!」

 確かに気を遣い過ぎとは言われたけども。



 制裁を与える側に立って、てめぇに制裁が加えられるのを見るのは無理だね!

 そんな高等テクニック、俺には備わっていないもの。




 俺が鷹に襲われている間に、全員が起きた様子。

 起き抜けで申し訳ないが、全員に言っておくことがある。


「なあ、みんな。アルバムはとりあえずここまでで完成だけどよ」

 一度言葉を区切るのは、大事な事を言う前触れである。



「残りの余白も、みんなで埋めていけたら。おう、俺ぁ嬉しいんだが」



 少しの沈黙のあと、笑い声と共に返事が飛び交う。


「公平先輩ー! 当たり前の事言わないで下さいよー!」


「まったく、締まらない男ね! まあ? 付き合ってあげるわよ!」


「心菜、もっと兄さまたちと遊びたいのですー」


「ウチやって! 色々やりたいことありますー!」


「ゔぁい! 僕は桐島先輩について行きます!!」


「わた、私は、武三さんの、慕う、桐島先輩も、尊敬、して、ます!」



 なにこのみんな揃っての全肯定。

 ヤダ、ちょっとだけ泣きそうなんだけど。



「コウちゃん!」

「……おう?」


「やりたい事、やっていけそうだね! ……良かった! にへへっ」

「……おう!」



 思い出の数だけアルバムは増えるのだ。

 余白のページ数なんて決められていない。

 ならば、贅沢に、欲張りに、横柄に。

 その余白。全部使わせてもらおうか。



 ——これが俺の、やりたい事。

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