第288話 秋の夜長と夏の思い出
今年の夏は色々あった。
本当に色々あり過ぎて、俺の知るこれまでの夏はまやかしだったのではないかと今でも疑っている。
俺にとっては花火大会なども大変な重みのある思い出だが、じゃあその写真をここで披露するのかと言えば答えはノー。
そこまでバカじゃないわい。
そして、過日、俺の家にて学園生活のプール系イベントは編集済み。
ならば、今宵は夏のどこにフォーカスを当てるのか。
当然、海水浴にである。
「プールの写真、いつの間に編集したんですかー? あたし、毬萌先輩に教えてもらうまで知りませんでしたよ!」
「でもまあ、毬萌の監修なら、私は文句ないわよ。私の写真、敢えてプール掃除の時をチョイスしている辺り、やっぱりさすがね!」
まさかそのチョイスを俺がしたとは氷野さんも想像だにしないだろう。
しかし、その事実は俺と鬼瓦くんと毬萌の秘密なのである。
「その写真はね、コウちゃんが」
「ちょまぁぁぁぁぁっ!!」
「みゃーっ!? こ、コウちゃん、みんなの前だよぉー?」
そうだな! 皆の前で何を言おうとしとるんじゃい!!
俺は毬萌に
「コウちゃん、そーゆうのはまだ……さっ! 心の準備が……」
まだたわ言を抜かしておるアホの子。
お前、何のために俺たちの秘密会議に参加したのか忘れたの?
自分で言い出したのに。
天才の毬萌、帰って来てくれー。
「みんなスタイル良くてええですね! 花梨姉さん、モデルさんみたいやないですか!」
美空ちゃんの
見事、閉鎖的な主に俺が困る空間を切り裂いた。
「えー? 美空ちゃん、それは言い過ぎですよー!」
まんざらでもない表情の花梨。ちょっと可愛い。
美空ちゃんの剣
「マル姉さんも、ビーチバレーの選手みたいでステキやし、真奈姉さんはお嬢様みたいやし、毬萌姉さんもフリフリで可愛いし! ほんまに凄いです!」
美空ちゃんの無邪気な褒め殺しに、一同にっこり。
「やっぱり美空ちゃんは心菜の親友なだけあるわね。観察眼が優れているわ!」
「わ、私、なんて……。で、でも、嬉しい、な」
「にははっ、照れますなぁー! この水着、お気に入りなんだよーっ!」
この隙に、写真を適当に選んでおこう。
「鬼瓦くん。こいつとそっちと、おう、それも良いな」
「かしこまりました。配置します」
プロジェクターにて投影される水着の乙女たち。
本来ならば、スタイルにうるさい花梨が「こっちの写真にして下さい!」と口を尖らせるだろうし、氷野さんが「いやらしい目で見るな!」と拳をつくるだろう。
しかし、美空ちゃんが見せた稀代の名采配のおかげか、二人は静かである。
「美空ちゃん、心菜はどうです?」
「心菜ちゃんはなー! いつも学校で見てる通りやからなぁー」
「むすーっ! 美空ちゃん、ひどいのですー」
「ごめんて! ほなね、心菜ちゃんは……。せや、おっぱいが大きい!!」
美空ちゃん、踏み込みの激しい
これまで誰もが名言を避けてきた事実に真っ向から斬りかかる。
「ですよねー。心菜ちゃん、あたしより大きいですもん!」
「す、すごい、よね! う、うらやま、しいな!」
こちら、そこそこ持っている者の感想である。
やはり、発言に余裕がある。
「大丈夫、私と同じ遺伝子。大丈夫、私と同じ遺伝子。大丈夫、私と同じ遺伝子」
今メンデルの法則の話をしたら砂になって消えてしまいそうな氷野さん。
「みゃーっ……。コウちゃん、今、じっと心菜ちゃんの胸見てたーっ!!」
そして俺の油断を見逃さない者。
チラッとしか見てないから、ノーカウントだよ。
「ええよなー、心菜ちゃん! ウチもはよ大きくなりたいわー!」
「はわわ、美空ちゃん、恥ずかしいのですー!」
そして無邪気な二人。
二人には、そのまま大人になって欲しい。
「鬼瓦くん。チャンスだ。ビーチボールで遊んでるヤツ、貼っとこう」
「了解です。こちらの砂遊びもいかがでしょうか?」
「うむ。刺激が少なくて結構。貼っとけ、貼っとけ」
「承りました。……はい、こちらでどうでしょうか」
心菜ちゃんの胸部に皆の興味が移っている間に、俺と鬼瓦くんは更に暗躍する。
ビーチボールの写真は、氷野さんと心菜ちゃんが一緒に写っており、普段なら喜ばしい事だが、こと水着姿に関しては残酷な現実である。
砂遊びは花梨に勅使河原さんとスタイル良い組がど真ん中に居るのに、何故だか低刺激で収まっている。
多分、端っこに埋まっている鬼瓦くんの存在感が影響しているのかな。
「あと、鬼の兄貴の体、ヤバないですか? 銅でできた彫刻みたいです!!」
美空ちゃん、ついに鬼神まで料理をするらしい。
「僕はそんな、普通だよ。ちょっとだけ体が大きいだけさ」
「そんなことないですやん! 隣の公平兄さん見て下さいよ! シュッとしてて」
おや、まさか俺までお褒めに預かるとは。
なんだか照れるじゃないか。
「公平兄さん触ったら折れてまいそうですわ! 紙粘土で作った人形みたい!」
美空ちゃん?
これまで褒め殺しソードでバッタバッタとメンバーを斬り伏せてきた彼女であるが、なにゆえ俺だけ普通の刀で斬るのか。
なにゆえ俺だけ切れ味バツグンの言葉の刃に持ち替える必要があったのか。
考えるに、それも純粋さゆえの答えだろう。
いきなり背中から斬られたから、お兄さん、ちょっぴり泣いちゃいそうだよ?
「あら、いつの間にか写真が纏まってるわね。ふーん。悪くないじゃない」
「はわー! 心菜と公平兄さまの写真もあるです! ご飯の時のヤツです!」
「まあ、良かったわね、心菜! 紙粘土細工と一緒に写れて!」
氷野さん。落ちている刀を拾ってとりあえず試し切りするのヤメて。
荒くれ者の
「ぷっ、ふふ! あ、ごめんなさい、先輩! 別に、公平先輩のことを笑ったんじゃないんですよ!? ただ、鬼瓦くんとの対比が極端すぎて、つ、ツボに、あははっ」
「花梨……。ひでぇじゃねぇか……」
「あ、あたしだけじゃないですもん! ぷっ、真奈ちゃんだって!」
そんな馬鹿なと振り返る。
「……ふっ。あ、ごめ、んな、ふふふっ! すみませ、ふふふふっ」
あの儚げな表情に定評のある勅使河原さんが、顔真っ赤にして笑ってやがる。
「コウちゃん、コウちゃん!」
「おう? なんだ、慰めてくれんのか?」
やっぱり最後にたどり着くのは、長年連れ添った幼馴染だよ。
「紙粘土はね、薄く伸ばして水を多めに使うと丈夫になるよ! それから、ニスをスプレーするともっと頑丈になるのっ! 落としても欠けるくらいで済むよ!!」
誰かー。大至急、ニス持って来てー。
心に大きめのヒビが入りそうだからー。早くしてー。
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