第287話 柔らかい幸せと柔らかいお布団

 花梨の家はもはやアミューズメントパークである。

 大変美味しい昼ご飯を食べたら、自由に過ごす。

 お泊り会と銘打っている以上、本番は夜である。

 俺はトレーニングルームにある卓球台で、中二コンビとしばし戯れることにした。



「はわー! 心菜、公平兄さまと一緒のチームがいいです!」

 うん。可愛い。

 もう発言からして天使。


「あー、心菜ちゃんズルやで! ほんなら、ウチは鬼の兄貴と組むし!」

「ゔぁっ!? み、美空ちゃん、僕が怖くないのかい?」

「はい? 全然怖ないですけど? 一緒に卓球しましょ!」

「ゔぁあぁあぁっ! 桐島ぜんばい! 僕は負けませんよ!!」

 勅使河原さんにライバル登場だろうか。

 彼女が無言でパワーを溜めていないと良いのだが。


「た、武三、さん! 頑張って! ファイト、だよ!」



 これが正妻の余裕……っ!!



 他の連中はいないので、勅使河原さんに審判を頼む。

 彼女は二つ返事で引き受けてくれたが、顔は完全に鬼瓦くんサイドを向いている。

 相当なアウェー判定が予想され、俺は本気を出す事を決意。


「おっし、心菜ちゃん、やるからには勝とうぜ!」

「はいですー! むふーっ、頑張るのです!!」

 うん。可愛い。


「鬼瓦くんも、手加減無用だからな? ガチンコでやろう!」

「ゔぁい! かしこまりました!!」

「おおー! 鬼の兄貴、カッコええわー! ウチも頑張ります!」

 そして試合が始まった。


「ちょれぇぇぇぇぇいっ!!」

 俺のサーブからスタートである。


「あ、あの、桐島、先輩? 球が、その、後ろに飛んで……行きまし、たよ?」



 うん。知ってる。



 今のは不死鳥フェニックス強打フルスイングである。

 一度ひとたび繰り出されると、全てのピンポン玉は後ろへと飛んでいく。

 相手を翻弄する効果があるものの、俺の動揺も半端ない、危険な必殺技である。


「……はわ! 分かったのです! 兄さま、敵を油断させたのです!」

「お、おう! そうだよ、さすが心菜ちゃん、よく分かったね!」

「むふーっ。公平兄さまが空振りなんてするはずないのです!」



 急に追い詰められた。

 俺は天使の期待を裏切るのか。

 バカな。そんな事があって良いはずがなかろう。



「よ、よし。心菜ちゃんがサーブしてごらん?」

「はわわ、上手くできるか心配なのですー」

「大丈夫、みんな最初はへたっぴさ!」

 ゴッド! 今は黙ってて! 言いたいことは分かるけども!!


「むふーっ! 行くのです! えいっ!」

 心菜ちゃんの打球は勢いこそないが、ちゃんと相手のコートに入っている。

 見事なサーブと呼んでも良い。


「心菜ちゃん、甘いで! それ!」

 そして美空ちゃんがこれまた見事なレシーブ。

 次は俺の番。

 しかし、公式ルールではないので、心菜ちゃんも打ちに行く姿勢をとる。


 次の瞬間、ぽよんと何やらこの世のものとは思えぬ柔らかさが腕に。


「はわー! また返せたのです!」


 俺の気のせいでなければ、今のは天使の胸部だろうか。


 いや、それはまずい。

 別に俺にはやましい気持ちなんてこれっぽっちもないけれど何と言うかその感触は大変に心地が良く俺の腕がリフレインさせてくるからもう何が何やらよく分からないけどもうとっても右腕が幸せで——


「先輩、お覚悟を! ゔぁあぁぁっ!!」

「ああああああああああああああああああああああいっ!!」


 鬼神オーガ強打インパクトを顔面に喰らった俺は、そのまますっ飛んだ。

 すっ飛びながらも、俺は幸せだった。



「さあ、皆さん! お布団を敷きましょう!」

 時間もすっ飛ばすな?

 そうは言うけども、俺が心菜ちゃんに優しい看護された話したら、きっとヘイトを買うんでしょう?

 じゃあ、その話はもう俺の心の中でじっくりコトコト煮詰めるよ。

 つまり、飛ばされた時間は戻らない。

 現在午後9時過ぎである。


「わぁーっ! なんだかすっごいフカフカだねーっ!」

「やっぱり、お泊り会と言ったらお布団ですから! パパに頼んで用意してもらいました! はい、公平先輩も!」

「おう。……この肌触り。きっと高いんだろうなぁ」

「……桐島公平。そう言う事考えた時点で負けよ。無心になりなさい。無心に」

 なるほど、氷野さんは良い事を言う。


 ならばと俺は黙々、お布団整えマンと化す。

「じゃあ、わたしコウちゃんの隣、取ったーっ!」

「おい、バカ。そりゃまずいだろ」

 軽い気持ちで注意したのだが、このような事になろうとは。


「じゃあ、あたしは反対側をもらっちゃいますねー! えへへー」

「花梨まで。……なんか合宿の時を思い出すから、ヤメようぜ?」

 しかし花梨はニコニコしながら布団を敷いていく。

 アレかな? ラブコメの主人公になったのかな? 補聴器が要るな。


「はわわー! 心菜も一緒がいいのです! 一緒なのです!!」

 嗚呼、可愛い。


 違う。バカ野郎、俺。

 俺の頭側に心菜ちゃんが布団を敷き始めてしまった。

 これは大変よろしくない。

 安眠ができない事だけが確定する、よくない布陣である。


「ほんなら、ウチもー! しゃあないから、反対で我慢します!」

 なにゆえ美空ちゃんまで。

 気付けば俺の上下左右が乙女に囲まれている。

 なにこれ、インペリアルクロスかな?


「きーりーしーまーこーうーへーいー」



 その流れを待っていた。



「そうだ、もういっそ、みんなくっ付こう! なっ! 氷野さんも、鬼瓦くんも勅使河原さんも! なっ!? マジで、お願い!!」


「はあ? ……まあ、そうね、私が心菜の隣にいれば、間違いは起きないか」

 氷野さんが理解を示すと、あとは簡単。


「僕は桐島先輩に従いますよ。真奈さんもいいよね?」

「う、うん。桐島先輩、いつも、判断、正しいもん、ね!」

 鬼瓦夫妻からの無償の信頼で少々胸が痛いけども、これでどうにかなった。

 だって、これ、アレだからね。

 毬萌が寝相悪いもんだから、気付いたら俺にくっ付いていたり、花梨がそれ見てよく分からん対抗意識でくっ付いてきたりするヤツ。


 知ってるんだ、俺。


 そして、何かの間違いで心菜ちゃんの柔肌に触れたりしたら、氷野さんがすぐに天罰を与えてくれる。

 天使には触れてはならぬのだ。

 イエスエンジェル! ノータッチ!


 さっき触れただろうって? そうさ、だから滅びた。



 とりあえず、寝るにはまだ早い。

 ならば、やるべき事は。

 時間の有効活用である。


「せっかく全員揃ってんだから、夏の写真をまとめるか!」

 俺の提案に異議を申し立てる者はいなかった。

 鬼瓦くんがパソコンを準備している間に、花梨がプロジェクターを持って来る。

 そんなものもあるのかと驚くのが野暮である。

 そりゃあ、あるよ。



 楽しかった夏の思い出を紐解く時がやって来た。

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