第289話 月夜の記憶と闇夜の公平

「心菜ちゃんのパジャマ、可愛いですね!」

「はわわ、恥ずかしいのです!」

 うん。確かに可愛い。

 いっそ尊い。スマホのカメラ起動させちゃダメかい?


「花梨ちゃんのだって可愛いと思うよっ!」

「あら、毬萌だって、体操服が良く似合っているわよ」

「にははーっ。照れますなぁー」

 それは褒められているのか。

 照れて良いのか、毬萌よ。


「み、美空ちゃん、も! フリフリで、可愛い、よ!」

「ほんまですか!? 真奈姉さんだって、清楚な女性って感じでステキです!」

 うんうん。二人とも、よく似合っている。


「マルちゃんはね、マルちゃんっぽくて良いと思うっ!」

「そうですね! マルさん先輩らしさが出てます! クールですね!」

「ウチも、マル姉さんのパジャマ、いっつもカッコええなぁって思ってます!」

「はわー。姉さま、すっごく褒められてるのです!」

 純粋な心菜ちゃん、可愛い。


 でもね、女子の寝間着って、やっぱり可愛くあるべきだと思うんだ。

 毬萌の体操服ですら、よく似合っていて、まあ可愛いの範疇はんちゅう

 それでだよ。氷野さんのそれはね、確かに似合っているけども、うん。

 可愛いかと聞かれると、返答に困るよね。

 勅使河原さんだけ黙ってるのも、そういうアレでしょう?



 背中に『天下無敵』って書かれた真っ黒のTシャツだからね!!



 どこかの時空からタイムスリップしてきたレディースかな?

 それとも、どこか有名なラーメン屋の制服かな?


 似合っている。

 似合い過ぎているが、可愛くはないかな。

 あと、控えめな胸部にフィットしてて、動きやすそうではあるね!


「ちょっと、桐島公平! なにジロジロ見てんのよ!? さては、性懲りもなく私をいやらしい目で見てたわね!?」


 半分正解。ジロジロは見ていたかもしれない。

 残りは誤解だ。全然いやらしい目でなんて見てないもの。


「氷野さんの事をいやらしくなんて見れねぇよ」

「あああっ!?」



 いっけね。言葉足らずと言うか、本音が飛び出たと言うか。

 何にしても、日本語って難しいや!



 氷野さんにヘッドロックをひとしきりされたところで、鬼瓦くんが俺を呼ぶ。

「桐島先輩。準備が整いました。……ご無事ですか?」

「おう。平気、平気。頭取れてない? 取れてなかったら、全然平気」


 ついに今回のアルバム作りの最終工程。

 このメンバーで行った、直近のイベント。

 お月見の写真を選ぶのだ。



「おおーっ! いつの間にか写真が変わってるーっ! やりますなぁ、二人とも!」

「まあな。男は黙って仕事して、背中で語るってもんさ」

「公平先輩、カッコいいです! 仕事の出来る男の人ってステキです!!」

「あんたたち……。あのね、私が言うのもアレなんだけど、この男、さっきまで私に頭締められてヒーヒー言ってたわよ?」


「姉さまと公平兄さま、仲良しなのです!」

「せやね! ウチらも高校生になったら、男子とあんな事するんかなぁ?」


「氷野さん。純粋な中学生が、先ほどの残虐超人による必殺技をすごく奇麗な見方をしているけども。これは放置しといて良いものかな?」

「誰が残虐超人よ! ……でも、そうね。良くない。実に良くないわ」


 氷野さんは、ひとつ咳払いをして、中二コンビの頭を撫でる。

 その姿は、とても優しいお姉さんに見える。なんてイリュージョン。


「あのね、二人とも。ああいう事は、なんて言うか、ね! そう、公平兄さまにだけやって良いのよ! 間違っても他の男にしちゃダメ! いいわね?」

「分かったのですー! 高校生になったら、よろしくお願いしますです、兄さま!」

「あ、心菜ちゃんだけズルいで! ウチもお願いしますー!」

「ゔぁあぁぁああぁぁっ」


 氷野さんの企みが破れ、なんか知らんが俺のボーナスステージが確定した瞬間であった。

 あと一年半か。

 地球に住まう全人類の皆様方。

 向こう二年は平和に暮らしましょう。


「そ、それに、しても、随分、キレイに撮れてる、ね!」

「ああ。写真かい? これはね、桐島先輩の指示だよ。思い出に残るようにって、ナイトモードで写真を撮っておいたんだ」

「そう、なんだ! 桐島先輩、この時、から、アルバム、考えてたの、かな?」

「きっとそうだよ。なんて言っても、桐島先輩だからね!」


 俺が知らないところで俺が褒めちぎられている。

 実のところ、写真撮って後日みんなに配ろうくらいしか考えてなかったけども。

 そんな風に思って貰えているならば、敢えて訂正する事もないと思う。


「あ! 鬼瓦くん! これです! この写真、アップにして下さい!!」

「えっ!? わ、分かったよ、冴木さん。分かったから、そんなに揺すられると!」

 花梨がえらいテンションの上がりっぷりである。

 宇宙人でも写っていたのだろうか。


「わーっ! すごいっ! よく見つけたね、花梨ちゃん!! ホントにすごーいっ!!」

「えへへ。見つけちゃいました! 奇跡の一枚!!」

 大写しになったのは、暗闇にたたずむ一人の男。



 俺である。



「すごいじゃない! 桐島公平が、まともにカメラで撮影されるなんて!」

 俺はスカイフィッシュのたぐいじゃないよ、氷野さん。


「これは……。驚きました。僕も見落としていたようです。ずびばぜん!!」

 鬼瓦くん、そんな感情をたかぶらせるような事でもないと思う。


「き、きっと、暗闇に、紛れること、で、逆に、目立った、のかも、です!」

 勅使河原さん、そういうの、追い討ちって言うんだよ。


 俺は自分でも知らなかった事であるが、その真実が今、ここで明らかになる。

 毬萌と花梨が興奮しながら鬼瓦くんにプリントアウトをせがんでいる。



 俺はどうも、闇に紛れると普通にカメラに写れるようであった。



「普通じゃないよぉーっ! コウちゃん、いつもよりカッコいい!」

「ホントですよ! なんで普段からこうやって写ってくれないんですかぁー!」

「そ、そこまで違いやしねぇだろう?」


「違うわよ。分からないの? 桐島公平!」

「公平兄さま、いつもよりイケメン、なのです!」

「ほんまですよ! モデルさんみたいですやん!」

「き、桐島先輩、じ、自信持って、下さい!」

「ゔぁい! 人数分、プリントアウトします!!」



 しかも、暗闇に紛れると、俺は5割増しくらいイケメンになるらしい。



 そして、あろうことか、お月見のページのど真ん中を飾る写真が、くだんの俺となった。

 満場一致の決定であると付言しておく。

 そんな俺の周囲をいろどるのは、うちのグループ自慢の可愛いウサギたち。

 俺は、ついに表舞台に立つ日が訪れたのかもしれなかった。



 明日からもう、夜間以外は出歩かないようにしよう。

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