アルバム編

第273話 入学式とクリーチャー

 アルバムを作ろう。

 俺が発案してから数日が経った。

 そして、俺たちは忙しい仕事の合間を縫って、各々が保存している写真データを整理したのち、持ち寄った。

 本日が、記念すべきアルバム制作の初日である。


 例えるならば新年の書初め。

 その1年をより良いものするため、一筆入魂。

 筆に墨を付けたらば、えいやと勢いそのままに半紙の大海原へ飛び込むのだ。



「まずは入学式だよねーっ! 花梨ちゃんと武三くんの初登校!」

「もうずっと昔の事みたいに感じますね!」

「僕もです。まさかこんな高校生活が待っているなんて思いもしませんでした!」

「そんじゃあ、入学式の写真を纏めてみるか!」

 鬼瓦くんが手際よく、それぞれが提供した写真データをパソコンで吸い上げ、スクリーンに投影する。


「おお! 良いじゃないか! やっぱ、最初だけあって結構な量があるな!」

「あのー、公平先輩? なんで先輩だけ1枚も写真がないんですか?」

「……Oh」

 半紙の上に墨がポタリと垂れて書初めが台無しになる瞬間であった。


「それはね、コウちゃんはこの時、わたしのスカートの下に居たんだよっ!」



 言い方!! 間違ってないけど、大きな間違いを生むから、その言い方!!



「ああー。そういうことでしたかぁー。公平先輩ってば、へぇー」

「ちょっと!? 花梨!? 花梨さん!?」

 何でしょうか、そのジト目は。


「いえー。公平先輩って、脚フェチなのかなぁー、とか思ったりしちゃいましてー」

「おい! 濡れ衣だ! そもそも、花梨に頼まれて講壇こうだんに潜った事もあったろ!?」

「あはは! ごめんなさい、イジワルしちゃいました!」

「ヤメて、マジで! この事実が学内に広がったら俺、死んじゃう!」


「平気だよーっ! その時は、わたしが守ったげるねっ!」

「あー! 毬萌先輩、ズルいです! あたしも守りますよ!!」

 俺が思うに、この事実が漏れるとしたら、君らのどっちかだと思うんだ。

 もうこの話題はヤメにしよう。

 お願いだから。


「この写真は良いですね。冴木さんの新入生代表挨拶のシーンです」

「お、おう! そうだな! 凛としていて、良い表情だぞ!!」

 鬼瓦くん、ナイスなハンドリングである。

 峠最速の称号は君に進呈しよう。

 鬼神ドリフト。頭文字イニシャル鬼神。


「えへへ。なんだか、こうして見られるとちょっと恥ずかしいですねー」

「いやいや、挨拶も堂々としていて良かったぞ!」

「ホントですかー? だって公平先輩、見えてないんじゃ?」

「んーん。コウちゃんも見てたよ! 講壇の隙間からっ!」



 ヤメて! なんか覗きみたいに聞こえるから、その言い方!

 いや、実際覗いていたのだけど! だからなおさらヤメて!!



「こちらも素晴らしいですね。毬萌先輩のスピーチの写真です」

「お、おお、おう! 毬萌にしちゃあ堂々としてて、良いんじゃねぇか!?」

 鬼瓦くん、もはや芸術の域に達したアクセルとブレーキの操作。

 さてはサーキットでもイケるくちか。

 鬼神ヒール・アンド・トゥ。


「とりあえず、最初のページは生徒会の美少女二人に飾ってもらうか!」

「もぉー! 公平先輩、そんな、美少女とか言わないで下さいよ!」

「そ、そうだよ、コウちゃんっ! 恥ずかしいじゃん!」

 そして俺もこの峠の癖を覚え始める。

 この子ら、とりあえず褒めとけばどうにかなる日だ。今日は。


「だけど、男の子がいないのは寂しいねーっ」

「そうですね。せっかくの1ページ目なんですから、みんな一緒が良いです!」

「そうは言ってもなぁ。……ふむ。ちょいと学園の撮った写真も見てみるか」


 花祭学園では、生徒指導の教員がイベント事の際、カメラマンも兼任する。

 そこで撮った写真は、翌年の学園案内に使われたりもする。

 ちなみに、今回は浅村先生にお願いして、その膨大な量の画像も借りてきている。

 本来ならば手に入らないものだが、そこは生徒会特権。

 使える権利はガンガン使うのが俺たちの流儀。


「あーっ! この写真、見て!」

 毬萌が見つけた写真は、椅子に座って緊張した面持ちの新入生たちを撮ったカットであった。

 一見するとみんながみんな、同じ顔をしているように見えるが、見る者が見れば、一目でそれと分かる写真でもあった。


「おお。鬼瓦くん、ものっすごい目立ってんな。こりゃあもう、君のための写真みたいな構図になってんじゃねぇか」

 集団の中で頭2つ分ほど飛び出している新入生。

 その表情は緊張からか強張っており、さながら金剛力士像。


「鬼瓦くんは大きいですからねー。実はあたしも挨拶しながら、うわぁ、すごく大きい人がいる……って、気になって仕方がなかったんですよ!」

「最近はこんな顔しなくなったけども、そう言えば、出会った頃はこんな感じだったな!」

「ゔぁあぁぁっ! 恥ずかしいです! ヤメて下さい!!」

「にははーっ。これはこれで、立派な写真だよ? だって、これからアルバムの中で武三くんが成長していくんだもんっ!」

 毬萌のヤツが良い事を言う。

 カリスマスイッチが入ったか。


「そうだぞ、鬼瓦くん。こいつぁ俺たちの成長と交流の記録だからな! 恥ずかしい写真なんてあるもんか!」

「き、桐島先輩……! ゔぁい! 僕はこの写真から始めます!」

 俺も毬萌に乗っかって、カリスマっぽいセリフを吐くことに成功。

 その後も入学式のページが次々に埋まっていく。


「真奈ちゃんを見つけられたのは良かったですね! 鬼瓦くん、お手柄です!」

「ははは、真奈さんも一年生だから、絶対に写っていると思ったんだよ」

 勅使河原さんも俺たちの仲間であるからして、当然採用。


「こっちのマルちゃんも入れたげてーっ! ビシッとしてて、カッコいいよ!」

「おう。ビシッつーか、鬼軍曹みてぇだな。この頃の氷野さん」

 そう言えば、「男なんて世界に必要かしら?」とか、種の生存本能への冒涜みたいな事を言ってたのもこの頃か。



「おーし。これで1ページ目は完了だな!」

「何言ってるんですか! 公平先輩がいないじゃないですか!!」

「いや、まあ、そりゃあ、な?」

 俺はこの時、講壇の中に潜んでいた訳だから。

 そりゃあどこ探してもいないよ。

 交差点でも夢の中でも、そんなとこにいるはずないから。


「では、こうするのはいかがでしょうか?」

 鬼瓦くん、パソコンスキルをフルバースト。

 どこからか持ってきた俺の顔を、毬萌がスピーチをする講壇と合体。

 鬼瓦くんの合成スキルが高すぎるせいで、講壇と俺が完全に一体化。



 いかがですか、じゃないよ。

 どこに出しても恥ずかしい、茶色いクリーチャーである。

 恥ずかしい写真、しっかりあるじゃないか。



「わーっ! コウちゃんもこれで一緒だねっ!」

「えっ、ちょっ」


「ですね! 公平先輩なしの1ページ目なんて考えられません!」

「いや、待っ」


「では、この形で保存しておきます」

「ねぇ、ホントに」



 こうして記念すべきアルバムの1ページ目が完成。

 二人の天才美少女と秀才美少女。

 緊張する姿が初々しい鬼瓦くん。

 そして講壇に封印された魔物みたいな俺。



 この書初めは出来損ないだ。とても正視できないよ。

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